第30話 真実のパレードと、王(キング)の値打ち
夜明け前の王都『ソル・グランデ』は、冷たい朝霧が石畳を濡らし、静寂に包まれていた。
だが、その張り詰めたような静けさを切り裂いたのは、優雅な貴族の馬車の馬蹄の音ではない。ガタガタ、ゴトゴトと、車輪の立てる無作法な音とともに揺れる、一台の無骨な荷馬車やった。
その荷台に山のように積み上げられているのは、先ほどグレミオ公爵邸の地下から引きずり出した、三つの巨大な「ゴミ袋」。
中身は、あの傲慢な公爵が長年隠し持っていた裏帳簿の山と、魔族領から密輸された禍々しい呪具の数々や。分厚いポリマー袋越しにでも、カネと欲望の腐った悪臭がプンプンと漂ってきよる。
馬車の横を歩きながら、カイルが「静江さん、せっかく地下でアイテムボックスに仕舞ったのに、どうしてわざわざ外に出したんですか?」と不思議そうに首を傾げたが、うちはニカッと笑って首を振った。
「アカン、カイルちゃん。掃除っちゅうのはな、終わった後に近所の皆さんに『あそこは綺麗になりましたよ』って見せるまでが仕事やねん。……これ、馬車の荷台の一番目立つところに積み上げなはれ。エルゼちゃんの公印をこれ見よがしに貼り付けて、誰がどう見ても『汚れもんの山』やと分かるようにして、王宮までパレードや!」
これこそが、おばちゃん流のエグい追い込み……権力者に対する究極の『社会的処刑』の始まりや。
ルミナ伯爵家の気高い紋章が入った馬車が、悪臭漂う特大のゴミ袋を山積みにして、王都のメインストリートを堂々と突き進んでいく。
早起きして仕込みを始めていたパン屋の親父や、ネオン街からフラフラと朝帰りしてきた酔っ払いたちが、「なんやあれ!?」「ゴミ袋に伯爵家の封印が……!?」と驚き、目を丸くして指を差す。
その馬車の御者台のド真ん中で、うちは銀色のスカジャン――背中の『必勝』の金糸が、昇り始めた朝日にギラリと反射するのをこれ見よがしに見せつけながら、どっかと胡座をかいとった。
すれ違う貴族たちの豪華な馬車が、うちのスカジャンと、荷台のゴミ袋の異様な光景を見て、慌てて窓のカーテンをシャッ! と閉める。その滑稽で臆病な姿を見るだけで、おばちゃんの胸はスカッとしたわ。
「……静江さん。みんな、完全に僕たちを避けていますね」
護衛として横を歩くアレンが、少しだけ緊張した面持ちで周囲を見渡す。
「ええねん。悪いことしてへんのやから、堂々と胸張って歩きなはれ! エルゼちゃんも、ええ顔しとるやないの」
馬車の中から外を眺めるエルゼは、真紅のドレスを纏い、漆黒の扇子で口元を隠しながらも、その瞳には「してやったり」という冷徹な女帝の笑みが浮かんどった。
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やがて、パレードは王宮の正門を堂々と通過し、うちらは捕らえた黒魔術師を、王宮地下の冷たい牢獄へと放り込んだ。
地下牢の湿った空気の中、カイルが静かに鉄の椅子を引き、魔術師の正面に腰を下ろす。
普段の彼が見せる、人を食ったような爽やかな貴公子の笑みは、そこには微塵もなかった。あるのは、侯爵家の次男として権力闘争の泥水をすすり、人間の裏表を骨の髄まで見てきたインテリ特有の、氷のように冷徹な素顔やった。
「……さて。君がグレミオ公爵に命じられていたのは、ただの呪殺などという可愛いものではないな?」
カイルの声は、静かでありながら、鋭い氷の楔のように魔術師の心臓を突き刺す。
彼は、静江がゴミ袋に放り込んだ証拠品の山の中から、一枚の汚れた紙片を二本指で摘み出し、魔術師の目の前で弾いた。
「この帳簿の暗号……ただの横領記録じゃない。北の魔族領への定期的な送金記録だ。君たちは、この王都の民から搾り取った『生命力』を魔族に切り売りして、代わりに不老の秘術でも得ようとしていたのか? 占うまでもない、あまりに短絡的で、そして底抜けに愚かな計画だ」
「な、なぜそれを……!?」
魔術師は、顔を真っ青にして絶句した。それは静江の占術ではなく、カイルの卓越した鑑定眼と、貴族社会の裏を知り尽くした知識が見抜いた残酷な真実やった。
「静江さん。どうやらグレミオ公爵は、ただの汚職政治家ではありません。その背後に、さらにデカい『不法投棄の主(親玉)』が潜んでいるようです。それも、この王宮のかなり深い場所に」
カイルが振り返り、眼鏡を中指で押し上げて報告してくる。
その言葉を聞き、うちは「……やっぱりな」と舌打ちをした。
だが、その瞬間だった。
ズキンッ……!!
急激な立ち眩みが、うちの頭の奥を激しく殴りつけた。
指先の感覚がフッと消えるような冷たさを超え、視界の端に「ザザッ」と砂嵐のようなノイズが走る。
(……あれ? うちは、なんでこの世界に……。……あ、そうや。今日は特売の……たまご、一個十円、お一人様一パックまで……やったっけ……)
一瞬だけ、王宮の重厚な石壁が、大阪のスーパー『玉出』のド派手な黄色と赤のネオンサインと、安っぽい入店BGMが流れる陳列棚の風景にオーバーラップした。
廊下の姿見に映る自分は、相変わらず銀色のスカジャンを着た、ピチピチの二十代のギャルの姿や。
けれど、その鏡の向こう側から、腰の曲がった、白髪混じりの、どこにでもいる58歳のうちが、「あんた、いつまで遊んでんの。夕飯の支度せなあかんやろ」と、呆れたように笑いかけてきた気がした。
「……静江さん!? 大丈夫ですか、顔色が……!」
後ろに控えていたアレンが慌てて駆け寄り、うちの肩をしっかりと支えてくれる。
うちは一瞬だけ強く目を閉じ、頭を振ってノイズを無理やり振り払うと、ニカッと笑って、アイテムボックスから取り出した「ヒョウ柄のニット帽」を深く被り直した。
「……あー、ごめんごめん。ちょっと霊視のしすぎで、知恵熱が出ただけやわ。おばちゃんのすっぴん魂、あんまり見んといてな。惚れてまうから」
冗談で流したけど、アレンの瞳には隠しきれん心配の色が宿っとった。
カイルは何も言わんかったけど、その鋭い観察眼は、うちが見せた一瞬の「隙」に、この世界の理から外れた何かを感じ取ったようやった。
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数刻後。
うちは、アレンやエルゼたちを廊下に残し、国王一人だけが待つ、重厚な扉の奥の書斎へと呼び出された。
王妃の姿もなく、護衛の近衛兵もいない、完全な密室。
部屋を包むのは、暖炉で焚き木がパチパチと爆ぜる音と、古びた羊皮紙の匂いだけやった。
国王は窓の外、朝日に照らされる王都の街並みを無言で見つめたまま、低く、威圧感のある声で呟いた。
「……静江。お前が今日、ゴミ袋に詰めてパレードしてきたものは、単なる一貴族の汚職の証拠ではない。この国が数百年かけて積み上げてきた、『必要悪』という名の不浄だ」
国王がゆっくりと振り返る。
その瞳は、昼間に玉座の間で貴族たちを前にして笑っていた時のものとは、完全に別人やった。自分の領土を守るために、何千人もの命を天秤にかけ、値切り、非情に切り捨ててきた「真の統治者」としての冷徹な目や。
「お前が何者かは問わぬ。だが、お前がその『掃除』を完遂するというのなら、私はこの国そのものを、掃除の対象にせねばならなくなる。……お前に、その『覚悟』があるか?」
国の根幹を揺るがす、最大の問い。
だが、うちはそんな重圧を前にしても、パイプ椅子を広げることすらなく、銀色のスカジャンの胸元をシャカッとなぞり、不遜な笑みを浮かべた。
「覚悟、ねぇ。……陛下。うちはな、スーパーで特売のチラシを見てる時に『今日のこの肉は高いわ、やめとこ』って言うのと同じ感覚で、この国の腐敗を指摘してるだけやわ」
「……何?」
国王が微かに眉をひそめる。
「覚悟なんて大層なもんやなくて、ただ『汚いもんは片付けな気持ち悪い』っていう、主婦の性分や。……そんでな、陛下」
うちは一歩踏み込み、特大のサングラス越しに国王の冷たい瞳を真っ向から射抜いた。
「陛下こそ、覚悟できてますか? 王宮のさらに深い地下から漂う、あの『死んだ肉』の匂い。……あんた、それを消すために、わざとうちを野放しにして泳がせたんやろ? 掃除の後の『特大の粗大ゴミ』、あんたがちゃんと責任持って処分してくれるんなら、おばちゃん、最後までこの大掃除に付き合うたげるわ」
一国の主と、大阪のおばちゃん。
王都の存亡を賭けた、最大にして最後の「値切り合い(頂上決戦)」が、いよいよ本番の幕を開けたんや。
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