第28話 王宮洗浄官のガサ入れと、塩の結界
国王の口から発せられた言葉は、広間の貴族たちにとって、どんな宣戦布告よりも恐ろしいものやった。
「――面白い。占師・静江。お前に『王宮臨時洗浄督察官』の役職と権限を与えよう。この王都の淀みを、お前流のやり方で洗い流してみせよ」
玉座に深く腰掛けたまま、国王は手元の木箱から銀色のバッジを取り出した。それは、箒と算盤を組み合わせたような奇妙な意匠が施された、この国で最も新しく、そして最も厄介な権力の象徴や。
うちはその銀色のバッジを指先でヒョイと受け取ると、特大のサングラスの奥で不敵に笑い、そのまま何もない空間に手を伸ばして、アイテムボックスへとスッと放り込んだ。
「おおきに、陛下。……さて、兄ちゃんら。お掃除の時間やで。……カイル、まずはグレミオ公爵の屋敷からや。あそこ、玄関からして『カネの腐った匂い』がプンプンしてたんやわ」
「了解です、静江さん。……あそこには、地方から不当に吸い上げた物資が大量に集積されているはずだ。今すぐ押さえれば、言い逃れはできませんね」
カイルがインテリ眼鏡を中指で押し上げ、不敵な笑みを浮かべる。
その後ろでは、エルゼちゃんが漆黒の扇子を広げ、かつて自分の領地を苦しめた元凶を追い詰める喜びに、目を細めて頷いとった。
「な、何を勝手な……! 陛下! 陛下ぁ! このような下賤な魔女の暴挙を、お許しになるのですか!」
背後でグレミオ公爵が見苦しく叫んどったけど、もう遅いわ。国王は冷ややかな目で公爵を一瞥しただけで、もはや取り合う気すら見せへんかった。
うちらは玉座の間を颯爽と後にし、王都の大掃除(ガサ入れ)へ向けて歩みを出したんや。
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一時間後。
うちらは、王宮を出てすぐの場所にある、王都『ソル・グランデ』の巨大な中央市場に立っとった。
石畳の大通りには色とりどりの天幕を張った露店がズラリと並び、商人たちの威勢のええ掛け声と、買い物客のざわめきが絶え間なく響き渡っとる。
焼きたてのパンの匂い、香辛料のツンとした香り、それにどこからか漂ってくる甘い果実の匂い。
生活感に溢れたその景色は、無機質で息の詰まる王宮の中よりも、ずっとうちの肌に合うとったわ。
やけど、そんな活気ある市場のド真ん中で、うちら一行は完全に浮きまくっとった。
「……静江さん。みんな、僕たちのことを遠巻きに見ていますよ。いくら王宮からの勅命を受けたとはいえ、もう少し目立たないように行動した方が……」
銀糸の刺繍が入った高級そうなマントを羽織ったアレンが、周囲の視線に耐えきれずに肩をすぼめる。
無理もあらへん。今日のうちは、光沢のある漆黒のサテン生地に『極』の金糸刺繍がド派手に入った特注のスカジャン。下は極端に短いホットパンツに、足元は歩くたびにガツンと鳴る厚底ブーツや。金髪の盛り髪に特大のサングラスを乗せとるんやから、この中世ファンタジーみたいな街並みの中では、完全に『異世界のエイリアン』やで。
「アレン君、気にしたら負けや。掃除屋っちゅうのはな、コソコソ隠れてやるもんやない。堂々と胸を張って、『これからここを綺麗にしまっせ!』ってご近所さんにアピールしながらやるんが鉄則なんや」
「はぁ……。静江さんがそうおっしゃるなら、そうなのでしょうけど……」
アレンが大きなため息をつく横で、カイルはどこか楽しそうに周囲の店を眺めとった。
「ふふっ。王宮の陰湿な空気よりは、こちらの雑踏の方がずっと健康的だね。……それで、静江さん。王宮の『お掃除』を任されたのはいいですが、なぜまず市場へ来たのですか? グレミオ公爵邸に直接乗り込むのでは?」
カイルのもっともな疑問に、うちはニヤリと笑って、目の前にある一軒の大きな露店を指差した。
「掃除の前に、まずは『洗剤』の調達や!」
うちが指差した先には、真っ白な結晶が山のように積まれた『塩屋』があった。
「店主、この塩、ここにある分全部買い取るわ。……え? 定価? あんた、これだけ大量に買うのに定価で売ろうなんて、商売人として恥ずかしないんか?」
店主の親父は、突然現れたド派手なギャルに塩を全部買い占めると言われ、目を白黒させとった。
「え、いや、しかしですねお嬢さん。うちの塩は王都でも一級品でして……」
「一級品なんは分かっとるわ! せやから買うてやるって言うてるんや! やけどな、こっちは国家の特大プロジェクトで使うんやで。ほら、このバッジ見なはれ。うちは国王様から直々に任命された、王宮臨時洗浄督察官や!」
うちは、アイテムボックスからさっきもらったばかりのバッジを取り出し、親父の鼻先にビシッと突きつけた。
「と、督察官……!?」
「せや! うちに協力してくれたら、あんたの店、『王宮御用達の清め塩屋』として、おばちゃんが無料で占いで宣伝したげるわ。悪い話やないやろ?」
圧倒的なオカンの押しと、王宮の権威の合わせ技。
親父は冷や汗を流しながら、何度も頭を下げた。
「わ、分かりました! 特別価格、通常の三割引きで提供させていただきます!」
「よっしゃ、商談成立や! アレン、カイル! この塩、全部袋に詰めて運びなはれ!」
「えっ!? これを全部、僕たちが運ぶんですか!?」
アレンが、山のように積まれた塩の量を見て悲鳴を上げる。
「当たり前やろが! 掃除の基本は体力作りからや! ええ筋トレになると思て、気合入れて担がんかい!」
うちはガハハと笑いながら、二人に重たい麻袋を次々と押し付けていった。
こうして、大量の『清め塩』という名の特大の武器(洗剤)を手に入れたうちらは、次なる目的地であるグレミオ公爵の私邸へと向かったんや。
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王都の中心部でも、ひときわ高い塀に囲まれた巨大な屋敷。
それが、グレミオ公爵邸やった。
大理石の立派な柱や、無駄に金箔が施された装飾の数々は、成金趣味もええとこや。遠目から見ても「うちは金持ちやで」と主張しとるのが丸わかりで、鼻につくわ。
だが、その豪華な外観とは裏腹に、屋敷の正門前は異様なほど慌ただしい空気に包まれとった。
「静江さん、見てください。あの馬車の列を」
カイルが、重たい塩の袋を肩に担ぎながら、顎で門の方をしゃくった。
そこには、数台の窓を黒い布で覆った大型馬車が連なり、慌てた様子の私兵たちが、屋敷の中から分厚い書類の束や木箱を次々と運び出しているところやった。
「……なるほどな。王宮での一件が伝わって、慌てて裏帳簿やら不正の証拠を別の場所へ移そうとしとるんやな。証拠隠滅のスピードだけは、いっちょ前やわ」
うちはスカジャンの襟を立て、鼻で笑った。
「止まりなはれ! そこ、あかんわぁ。……アレン、そこらへんの石像の台座、ちょっと借りるで」
うちは足早に門の前へと歩み寄り、アイテムボックスから特大の水晶玉を取り出して、近くにあった悪趣味な獅子の石像の台座にどっかと置いた。
両手を冷たい表面に密着させると、視界が「カチッ」と切り替わる。
「……やっぱりや。今、うちの目にはな、その門のところに『銭ゲバのあやかし』が何百匹も群がって、通るもん全部呪おうとしてるのが見えてるんやわ」
水晶を通して霊視した公爵邸の門には、ドス黒いヘドロのような執念の塊が、巨大な蜘蛛の巣のように張り巡らされとった。
それは、長年にわたって公爵が領民から絞り取ってきた怨念と、カネへの汚い執着が実体化した、タチの悪いあやかしの群れや。
「アレン、やりなはれ!」
うちは、背後で待機していたアレンに短く指示を飛ばした。
アレンは、肩に担いでいた塩の袋を地面にドンッと下ろし、袋の口を乱暴に開けた。
「……静江さん、いえ、督察官! ここからは僕の仕事です!」
アレンは、ズバァッ! と腰の剣を抜き放ち、門から出ようとしていた先頭の馬車の前に立ちはだかった。
「洗浄督察官の権限に基づき、霊的汚染の調査が終わるまで、この門の通行を禁ずる! 抵抗する者は、王宮への反逆とみなす!」
アレンの気迫に、馬車の御者や私兵たちが一瞬だけ怯む。
だが、すぐに「たかが若造が!」と槍を構えて襲いかかってこようとした。
「はぁッ!」
アレンは、足元の袋から『粗塩』を鷲掴みにすると、踏み込みと同時に、馬車と私兵たちの間めがけて、まるで投網を打つようにバサーッと豪快に塩をぶちまけたんや。
「うわぁっ!? な、なんだこれは! 目が……!」
塩をまともに浴びた私兵たちが、目を押さえて咳き込み、その場にうずくまる。
ただの目潰しやない。アレンが絶妙なタイミングで放った塩の粒が、水晶で視えていた『あやかしの巣』の急所を的確に貫き、不浄な魔力をパチパチと音を立てて浄化していっとるんや。
「見事やアレン! お清めの塩、よう効いとるで!」
うちは特大トングを肩に担ぎ、塩まみれになって動けなくなった馬車の列を見下ろした。
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「な、何をしているのだ貴様ら! 早く馬車を出さぬか!」
その時、屋敷の奥から、息を切らして駆けつけてきた太った男の怒声が響いた。
王宮から慌てて逃げ帰ってきた、諸悪の根源……グレミオ公爵や。
彼は、門の前で倒れている私兵たちと、山積みの塩袋、そして堂々と立ちはだかるうちらの姿を見て、怒りで顔を真っ赤に染め上げた。
「き、貴様ら……! 陛下の戯言を真に受けて、この私邸にまで踏み込むというのか! 私はこの王都の歴史を支えてきた公爵だぞ! 貴様のような下賤な魔女に、何を調べる権利がある!」
公爵が、震える指をこちらに向けて喚き散らす。
うちは、ゆっくりと彼の方へ振り返り、特大のサングラスを指先でスッと少しだけずらした。
「……あちゃ、ちょっと貫禄が漏れ出したかな」
ちょうど公爵の背後にあった、大きな飾りの青銅鏡。
そこに、うちの姿が映り込んだ瞬間やった。
鏡の中に映ったのは、二十代のピチピチのギャル姿……ではなかった。
何十年も大阪の商店街で修羅場を潜り抜け、人間の裏も表も骨の髄まで見てきた、眉間に深いシワを寄せた『58歳のオカン』の、凄まじい執念とド迫力の眼光が、一瞬だけ鏡の奥からバキィッ! と漏れ出したんや。
「ヒッ……!!」
公爵は、その鏡に映る『魂の真実』を直視してしまい、カエルが蛇に睨まれたような短い悲鳴を上げて、その場に無様に腰を抜かした。
「な、なんだ今の眼は……! 貴様、やはり化け物か! 魔女か!」
ガタガタと震え、後ずさりする公爵。
うちはサングラスを元の位置に戻し、フンと鼻を鳴らした。
「……化け物ぉ? 失礼なこと言わんといて。……これな、うちが前世で徳を積みすぎて、あんまりにも神々しいから、鏡が耐えられへんくなって『魂の真実』が漏れ出しただけやわ。……拝んどきなはれ、あんたみたいな薄汚れたカネにまみれた奴には、眩しすぎて直視できへんやろ?」
ただのハッタリやけど、おばちゃんの長年の経験からくる凄みは、若造の虚勢とは年季が違うんや。
公爵は完全に毒気を抜かれ、「ひいぃっ、お、許しを!」と、先ほどの高慢な態度はどこへやら、大理石の床に頭を擦り付けて震え上がっとった。
「……さて。カイル、アレン、エルゼちゃん。……この屋敷の地下、ちょっと見てきなはれ」
うちは、腰を抜かした公爵を一瞥し、背後に控える仲間たちに指示を出した。
「公爵邸の地下ですか? しかし、表向きの帳簿や証拠は、今この馬車に積まれているのでは?」
カイルが不思議そうに尋ねてくるが、うちは首を横に振った。
「あやかしたちがな、そこから『腐った肉の匂い』がするって、鼻をつまんでるわ。……この馬車の荷物なんて、ただの目くらましや。ほんまにヤバい『特大のゴミ』は、もっと陽の当たらない深部で、ドロドロに腐っとるはずやで」
うちは、感覚の少し鈍くなった指先をスカジャンのポケットに突っ込み、残りの飴ちゃんを強く握りしめた。
王都の大掃除は、まだ始まったばかりや。
けれど、屋敷の地下から漂ってくるその匂いは、ただの汚職や強欲とは違う――もっと根源的な、この世界の『理』を揺るがすような、不気味な悪臭やった。
「……特売日の主婦を舐めたらあかんで。……どこのどいつが潜んでるか知らんけど、おばちゃんが全部まとめてピカピカに漂白したるわ!」
静江の力強い宣言とともに、王都という名の「深淵」に潜む最大の不浄へ向けた、怒涛のガサ入れが、いよいよ本格的に幕を開けたんや。
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