第28話 王宮洗浄官のガサ入れと、塩の結界
国王の口から発せられた言葉は、広間の貴族たちにとって、どんな宣戦布告よりも恐ろしいものやった。
「――面白い。占師・静江。お前に『王宮臨時洗浄督察官』の役職と権限を与えよう。この王都の淀みを、お前流のやり方で洗い流してみせよ」
差し出されたんは、銀色の、箒と算盤を組み合わせたような奇妙な意匠のバッジ。
うちはそれを指先で受け取ると、不敵に笑ってそのまま空間に手を伸ばし、アイテムボックスへとスッと放り込んだ。
「おおきに、陛下。……さて、兄ちゃんら。お掃除の時間やで。……カイル、まずはグレミオ公爵の屋敷からや。あそこ、玄関からして『カネの腐った匂い』がプンプンしてたんやわ」
「了解です、静江さん。……あそこには、地方から不当に吸い上げた物資が集積されているはずだ。今すぐ押さえれば、言い逃れはできません」
カイルが不敵に笑い、うちらは玉座の間を颯爽と後にした。
背後でグレミオ公爵が「な、何を勝手な……! 陛下! 陛下ぁ!」と見苦しく叫んどったけど、もう遅いわ。
一時間後。うちは王都の市場で、山のように積まれた『粗塩』の前に立っていた。
「店主、この塩、全部買い取るわ。……え? 定価? あんた、これだけ大量に買うのに定価で売ろうなんて、商売人として恥ずかしないんか? ……ほら、このバッジ見なはれ。うちは国の掃除屋やで。協力してくれたら、あんたの店、『王宮御用達の清め塩屋』って占いで宣伝したげるわ」
おばちゃんの値切り交渉(という名の脅し)により、通常の三割引きで手に入れた大量の塩を、アレンたちに運ばせる。
そして到着したのは、グレミオ公爵の巨大な私邸の前やった。
ちょうど門から、数台の大型馬車が慌ただしく出ようとしているところやった。中身は恐らく、隠蔽しようとしている裏帳簿や、不正に溜め込んだ金塊やろ。
「止まりなはれ! そこ、あかんわぁ。……アレン、そこらへんの石像の台座、ちょっと借りるで」
うちはアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、台の上にどっかと置いた。両手を冷たい表面に密着させると、視界が「カチッ」と切り替わる。
「……やっぱりや。今、うちの目にはな、その門のところに『銭ゲバのあやかし』が何百匹も群がって、通るもん全部呪おうとしてるのが見えてるんやわ。……アレン、やりなはれ!」
うちはアイテムボックスから取り出した塩の袋をアレンに手渡した。アレンはそれを受け取ると、門の前にバサーッとぶちまけた。
「……静江さん、いえ、督察官! ここからは僕の仕事です!」
アレンが、うちが指示するよりも早く、抜剣して馬車の前に立ち塞がった。
「洗浄督察官の権限に基づき、霊的汚染の調査が終わるまで、この門の通行を禁ずる! 抵抗する者は、王宮への反逆とみなす!」
公爵の私兵たちが強引に突破しようと剣を抜くが、アレンの動きは以前とは見違えるほど鋭かった。
「ルミナの騎士を、甘く見るな!」
静江を守るためではなく、自らの正義感で動くアレン。彼はたった数分で、十数人の私兵を峰打ちで叩き伏せ、馬車の車輪を叩き斬って固定してもうた。
「ええねん、アレン。……さて、公爵さん。……これだけ立派な『盛り塩』したんやから、一晩はこの道、通ったらあかんで。……浄化が終わるまで、あんたの全財産、ここで『お預け』や」
うちは唖然とする公爵の家臣たちを尻目に、悠々と屋敷の中へと踏み込んだ。
屋敷の廊下には、これ見よがしに高価な調度品が並んどる。
その突き当たりにあったのは、人の背丈ほどもある巨大な、金縁の鏡やった。王都でも名高い『真実を映す鏡』と呼ばれる、呪術的な一品や。
うちはその前で、ふと足を止めた。
水晶越しにあやかしたちとやり取りしすぎたせいか、頭の奥がズキズキと鳴っとる。指先にも、集中しすぎた後の痺れるような感覚が残っとった。
「……ふぅ。やっぱり、あやかしたちの愚痴を水晶越しに聞き続けるのは、精神的にくるもんがあるわぁ。ちょっと知恵熱出そうやわ」
鏡の中に映っているのは、銀色のスカジャンを着た、二十代の眩しいほど美しいギャルの姿。姿かたちに変化はない。けれど、鏡の魔力とうちの精神的疲労が共鳴したのか、サングラスの奥にある「眼光」だけが、鏡の中で異様な凄みを放って歪んで見えた。
「……あちゃ、ちょっと貫禄が漏れ出したかな」
ちょうど後ろから来たグレミオ公爵が、その鏡に映る「何十年も修羅場を潜り抜けてきた、凄まじい執念の眼」を見て「ヒッ……!」と短い悲鳴を上げ、腰を抜かした。
「な、なんだ今の眼は……! 貴様、やはり化け物か! 魔女か!」
うちはゆっくりと振り返り、サングラスをずらして公爵を睨みつけた。
「……化け物ぉ? 失礼なこと言わんといて。……これな、うちが前世で徳を積みすぎて、あんまりにも神々しいから、鏡が耐えられへんくなって『魂の真実』が漏れ出しただけやわ。……拝んどきなはれ、あんたみたいな薄汚れたカネにまみれた奴には、眩しすぎて直視できへんやろ?」
ハッタリをぶちかますと、公爵はガタガタと震えながら、「ひいぃっ、お、許しを!」と頭を床に擦り付けた。
おばちゃんの凄みは、若造の虚勢とは年季が違うんや。
「……さて。カイル、アレン、エルゼちゃん。……この屋敷の地下、ちょっと見てきなはれ。……あやかしたちが、そこから『腐った肉の匂い』がするって、鼻をつまんでるわ」
うちは、感覚の少し鈍くなった指先をスカジャンのポケットに突っ込み、残りの飴を握りしめた。やがて地下からアレンたちが、証拠品や怪しい呪具、裏帳簿をパンパンに詰めた三つの巨大な布袋を運び出してきた。
「よし、ようやった。……こんな不浄なもん、出しっぱなしにしたらアカン。全部預かるで」
うちはその三つの巨大な「ゴミ袋」に次々と手を触れ、アイテムボックスの中へとスッと吸い込ませていった。アレンたちが抱えるには重すぎたその荷が、一瞬で消える。
「……ふぅ、これでガサ入れ完了や。疲れたけど、これで証拠は全部うちのボックスの中。言い逃れはできへんよ」
王都の大掃除は、まだ始まったばかり。
けれど、屋敷の奥から漂ってくるその匂いは、ただの汚職や強欲とは違う――もっと根源的な、この世界の「理」を揺るがすような、不気味な悪臭やった。
「……特売日の主婦を舐めたらあかんで。……どこのどいつが潜んでるか知らんけど、おばちゃんが全部まとめてゴミ袋に放り込んだげるわ!」
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