第240話 最強オカンの卒業と、終わらない出張鑑定
神聖アルビオン帝国の中枢で、暴走したシステムを「大掃除」し、孤独な独裁者であった息子と涙の和解を果たしてから、数ヶ月の時が流れた。
すべてを数字とマニュアルで縛り付けていた巨大なブラック帝国は、一滴の血も流れることなく静かに解体された。代わりに、各種族が適材適所で手を取り合う、超ホワイトな『世界合同会社』として、新たな歩みを始めとる。
今日は、西の大陸・ルミナの郊外に建てられた『オカン・ユニオン総本部』の巨大な庭で、世界中から集まった「家族」たちによる、特大の同窓会(バーベキュー大会)が開かれとった。
「ほらアレン! 肉ばっかり焼いてんと、こっちの野菜もひっくり返しなはれ! 焦げたらもったいないで!」
「はいはい、分かっていますよ静江さん! 剣の素振りより、この鉄板の火加減の方がよっぽど神経を使いますね」
アレンが、エプロン姿でトングを片手に、見事な手際で肉と野菜を捌いていく。
かつて広場で「無能」と罵られて蹲っていた気弱な青年は、今やこの世界で最も頼りになる『ルミナの筆頭騎士』であり、同時に完璧な経理と家事をこなす最強の用心棒へと成長しとった。
「おばちゃん! 魔族領から、最高級のキノコがいっぱい届いたよ! バアルおじちゃんとゾルゲおじちゃんが、リサイクルセンターの裏山で採ってきてくれたの!」
少し背が伸びて、すっかりお姉ちゃんの顔つきになったリリルが、大きなカゴを抱えてトテトテと走ってきた。
彼女は今や、南の森の復興を束ねる立派な若き社長や。その小さな肩には、もう怯えの影は一ミリもあらへん。
「おおきに、リリルちゃん! 魔族領のキノコは出汁がよう出るからな。……おっ、エルゼちゃんとカイルちゃんも、王都の仕事片付けてきたんか?」
庭の入り口から、豪奢なドレスを纏った女帝エルゼと、インテリ眼鏡を光らせるカイルが歩いてきた。
エルゼは漆黒の扇子をパチンと閉じ、妖艶に微笑む。
「ええ。旧帝国の残党が抱えていた負債、すべてルミナ商業ギルドで安く買い叩いて(整理して)きたわ。これで世界中の物流網は、完全に私たちの手の中よ」
「おかげで僕は、三日三晩、睡眠ゼロで契約書の魔力認証をさせられましたけどね。……静江さん、オレンジ味の飴を三個ほど要求します」
カイルがげっそりとした顔で手を差し出し、うちはガハハと笑って飴ちゃんを彼らの口に放り込んだ。
そこへ、大和郷から海を越えてやってきた佐吉や久義たちも合流し、庭はあっという間に世界を股にかけた大宴会会場へと変わっていった。
「……お母ちゃん。これ、バネッサ支部長に頼まれた、今月の売上帳簿の束なんだけど……。計算、合ってるかな……」
ふと、うちの背後から、ボロボロの平社員の制服を着た青年が、恐る恐る声をかけてきた。
かつての冷徹なアルビオン皇帝……うちの、たった一人の息子や。
彼は今、ルミナ商業ギルドのお局様・バネッサの下で、マニュアルの一切通用しない「泥臭い商売と人情」を、一番下っ端から必死に学ばされとる。
「なんや、あんた。皇帝やってた頃は、もっとシャキッとしとったやろ! 帳簿の数字は合うとるけど、ここに『おまけ』の気持ちが入ってへんわ! 明日、もう一回バネッサさんに怒られてきなはれ!」
「ううっ……。やっぱり、商売って難しいね。でも……不思議と、胃は痛くないんだ」
息子は、少しだけバツが悪そうに、けれど本当に憑き物が落ちたような、穏やかで人間らしい笑顔を見せた。
うちは、彼のおでこを軽く小突いて、焼きたての肉を口に放り込んでやった。
人間、魔族、エルフ、獣人。
種族も生まれも違う連中が、同じ鉄板を囲んで、腹一杯にご飯を食べてゲラゲラと笑い合っとる。
これこそが、おばちゃんが世界中のゴミ屋敷をひっくり返して作り上げた、最高の「生活の風景」やった。
===========
夜が更け、賑やかだった宴会もすっかりお開きになった頃。
うちは一人、オカン・ユニオン本部の静かな縁側に腰掛け、冷たい夜風に吹かれとった。
アイテムボックスから、使い込まれたタロットカードを取り出す。
これまでの旅で、数え切れないほどの迷い羊たちの背中を押してきた相棒や。
「……さて。みんな、もう立派に自分の足で歩いとる。おばちゃんのお節介も、この世界ではそろそろ『品切れ』みたいやな」
うちは、膝の上に布を敷き、シャシャッとカードを繰って、一枚をそっとめくった。
出たのは、『愚者(The Fool)』の正位置、そして『世界(The World)』の正位置や。
「『世界』の完成、そして『愚者』の新たな旅立ち。……ふふっ、分かりやすいカードやわ」
大団円を迎えたこの世界への未練を断ち切り、ゼロからの無邪気な一歩を踏み出せという暗示。
うちがカードの絵柄をデコネイルで優しく弾いた、その時やった。
『……どうやら、お前のその「お節介」は、見事にこの世界を救い切ったようだな、迷い子よ』
縁側の先の空間が、墨を零したようにぐにゃりと歪んだ。
そこから、ボロボロの黒布を纏った、巨大な骸骨がぬうっと姿を現したんや。
この異世界にうちを呼び出し、不老不死のギャルボディと無限の飴ちゃんを与えた張本人……創造神や。
「なんや、神様やないの。久しぶりやな。……ってか、あんた、相変わらずその死神みたいな格好、どうにかならんの? 近所の子供が泣くで」
『相変わらず、減らず口の多い女だ。……だが、礼を言わねばなるまい』
骸骨の神様は、縁側の前にふわりと降り立ち、深く、深く頭を下げた。
『お前がこの世界に呼ばれた理由。……世界崩壊の未来は、完全に消え去ったのだ』
「……へぇ。でもうち、世界を救うような大層なこと、何一つしてへんで? 目の前のゴミ屋敷を掃除して、悩んでる子に飴ちゃん配ってただけやわ」
『それこそが、世界を救う唯一の鍵だったのだ』
神様は、骸骨の顎をカタカタと鳴らし、静かにこの世界の「真の病巣」について語り始めた。
『この世界が崩壊に向かっていた理由……それは、アルビオン帝国のような「マニュアルによる心の停滞」や、神獣たちのトラブルだけではない。……最大の問題は、世界の魂の循環システムである「輪廻」が、完全に目詰まりを起こしていたことなのだ』
「目詰まり?」
『そうだ。人は、絶望や未練、後悔といった「心のゴミ」を抱えたまま死ぬと、現世に縛られ、あやかしとなって彷徨い続ける。……長きにわたる戦乱や、魔族領の呪い、帝国の理不尽な搾取により、この世界には救われぬ魂が泥のように蓄積し続けていた』
神様の言葉に、うちはハッとした。
魔の海域に漂っていた幽霊船。地下王国で使い捨てられた労働者たち。そして、世界の最終処分場で泥になっていた、うちの最後のお客さんの未練。
『転生の輪へと還る魂が減り続ければ、いずれこの世界から新しい命は生まれなくなり、世界は完全に枯渇して崩壊する。……私には、その魂の泥をすくい上げることはできなかった。神の光では、彼らの泥臭い「生活の苦悩」に寄り添うことはできなかったからだ』
「……なるほどな。そんで、酸いも甘いも噛み分けた、大阪のオカンの出番やったっちゅうわけか」
『その通りだ。お前は、魔族領の呪いをリサイクルという形で循環させ、大地の神獣たちの痛みを取り除き、何より……未練に囚われた数多の魂に、ド正論と温かい飯を振る舞って「分別」してくれた』
神様は、うちの顔を真っ直ぐに見つめた。
『お前が無意識のうちに行ってきた「大掃除」が、目詰まりしていた世界の配管を完全に貫通させたのだ。……魂の循環は正常化し、この世界は未来永劫、豊かに回り続けるだろう。……本当に、見事な出張鑑定であった』
===========
「……そうか。おばちゃんの掃除も、ちょっとは役に立ったみたいでよかったわ」
うちは、アイテムボックスからハチミツ味の飴ちゃんを取り出し、口にポイッと放り込んだ。
ガリッと噛み砕くと、懐かしい黄金色の甘さが、じんわりと心に染み渡っていく。
「ほな、世界も綺麗になったことやし。うちはこれで上がり(引退)か? このままのんびり、アレンたちの成長でも見守って……」
『いや。……実は、お前にもう一つ、頼みがあるのだ』
神様が、少しだけバツが悪そうに、骸骨の指をもじもじとすり合わせた。
「……なんや、嫌な予感するわ。追加の仕事か?」
『うむ。……私の友人である「別の世界の創造神」から、泣きつかれていてな。彼の管理している世界が、どうやらまたひどい「ゴミ屋敷」状態になっていて、神の力ではどうにもならないらしいのだ。……お前のその、圧倒的な生活力と飴ちゃんを、どうか彼の世界にも貸してはもらえまいか?』
「……」
うちは、呆れてポカンと口を開け、それから腹を抱えて大笑いした。
「ガハハハッ! なんやそれ! 神様の世界も、ご近所のツテで掃除屋を融通し合うんかいな!」
『笑い事ではない! あちらの神も、切羽詰まっているのだ。……もちろん、無理にとは言わん。この世界に残り、家族たちと穏やかに過ごす権利がお前にはある』
神様が申し訳なそうに言うが、うちは立ち上がり、スカジャンの背中で黄金に輝く龍と虎の刺繍をバサッと揺らした。
「アホ言いな。……目の前に、汚れてて困ってる部屋があるんやろ? 掃除屋のおばちゃんが、それを見過ごせるわけないやんか!」
うちは、縁側の向こう……静かに眠るルミナの街、そして大和郷や魔族領にいる「家族」たちの顔を思い浮かべた。
みんな、もう大丈夫や。うちが残した『生活の知恵』と『飴ちゃん』がある限り、この世界が再びゴミ屋敷になることは絶対にない。
「……行くで、神様。荷造りなんか、このアイテムボックス一つで十分や」
『……おお! 引き受けてくれるか!』
神様が嬉しそうに杖を振ると、縁側の先の空間に、真っ白に輝く『新たな世界への扉』が開かれた。
「おばちゃんの出張鑑定、まだまだ終わらへんで! 次の世界の迷い羊どもも、片っ端から値切り倒して、ピカピカに漂白したるわ!」
うちは、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、ギラギラのデコネイルを光らせて、迷うことなくその光の扉へと足を踏み出した。
背後に残したこの世界への未練は、一ミリもあらへん。
見た目は派手な若作りギャル、中身は無敵の大阪のオカン。
御堂静江のやかましくて温かい「大掃除の旅」は、新しい世界に向かって、力強く、そしてどこまでも痛快に続いていくんや!
<完結>
最後まで読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
この作品はここでシーズン1は終わりとなります。
活動報告にも書きましたが、この物語が評価されるようでしたら、
シーズン2この先の物語を描き続けたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。




