第238話 暴走バグの徹底洗浄と、不器用な社長の竹箒
白亜の社長室は、もはや見る影もなく赤黒い瘴気と蠢く触手に覆い尽くされとった。
皇帝が世界の管理のために作り上げたという完璧なシステム。それが、世界の奥底に空いていた穴から漏れ出した『崩壊のバグ』に完全にハッキングされ、制御不能の化け物と化して暴走を始めとるんや。
「……信じられない。私の構築した数式が、こんな出鱈目な負のエネルギーに書き換えられていくなど……」
皇帝は、うちから無理やり握らされた使い古しの『竹箒』を見つめながら、呆然と呟いた。
彼の氷のような美貌は蒼白に染まり、完璧主義の頭脳がエラーを処理しきれずにショート寸前になっとるのがよう分かる。
「ぼーっとすな! 自分の部屋が泥だらけになっとるのに、突っ立って見てるだけの家主がおるかいな!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、迫り来る赤黒い触手を睨みつけながら、皇帝の背中をバシッと叩いた。
「ええか、社長さん! あんたの作った機械がバグったんやない。この世界に溜まってた『特大の粗大ゴミ』が、あんたの機械の隙間に入り込んで詰まっただけや! ゴミが詰まったらどうする? 気合入れて掻き出すしかないやろが!」
「……掻き出すだと? この圧倒的なバグの奔流を、物理的な掃除でどうにかできるはずが……!」
「できるかできへんかやない、やるんや! あんたのその頭脳、機械の『元栓』を探すためだけに使え! 目の前のゴミは、おばちゃんらが全部引き受けたるわ!」
うちの号令とともに、アレンが風のように前線へと飛び出した。
「風よ、我が剣に宿れ! 『刹那の観測』!」
アレンの瞳が青白く輝く。
無数に襲い来る赤黒い触手の軌道を、極限までスローモーションで捉えた彼は、西の大陸の長剣を目にも止まらぬ速さで振るい、次々と触手を切り刻んでいく。
「カイル! リリルちゃん! アレンのサポートと、空気の浄化や!」
「了解しました! 瘴気の濃度が高すぎます、広域浄化結界を展開します! 『聖なる大地の息吹』!」
カイルがインテリ眼鏡を光らせ、魔導書から純白の光の結界を何重にも展開する。
赤黒い瘴気が結界に触れてジュワジュワと音を立てて消滅していくが、バグの出力は凄まじく、結界の表面にはすぐにヒビが入り始めとった。
「おじさんたち、頑張って! わたしも、道を照らすよ!」
リリルが小さな両手でタロットカードを胸に抱き、一枚を空中にバシッと展開した。
出たのは、『星(The Star)』の正位置や。
「……カードが言ってるよ! あの一番太い触手の束の奥に、おじさんの探してる『元栓』があるって! でも、周りの空気がすごく重くて、嫌な匂いがするの!」
「よっしゃ、リリルちゃん、ナイスナビゲートや! 匂いがキツいんやったら、おばちゃん特製の『消臭・除菌スプレー』の出番やな!」
うちはアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込み、これまでの旅で使い倒してきた『重曹ペースト』と、魔族領で回収した『清め塩』、そして喉の炎症を抑える青色の『ハッカ味の飴ちゃん』を大量に引っ張り出した。
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「ええか、あんたら! ヘドロみたいにこびりついたバグはな、力任せに斬ってもすぐに再生してまう! 根元からアルカリ性で中和して、ハッカの匂いで一気に除菌するんがオカンの鉄則や!」
うちはすり鉢でハッカ飴を粉々に砕き、水筒の綺麗な水と重曹、そして粗塩を親の仇のようにゴリゴリと混ぜ合わせ、超特濃の『極寒ハッカ・除菌洗浄液』を作り上げた。
「アレン! 剣を納めなはれ! 今からおばちゃんが、この特製洗剤をバグのド真ん中にぶちまけるで! あんたの風魔法で、部屋の隅々まで一気に拡散させぇ!」
「りょ、了解しました! 剣を風の魔法に切り替えます!」
うちは、タライ一杯にできたその特濃ハッカ洗浄液を抱え上げると、蠢く赤黒い触手の群れに向かって、思いっきりバシャァァッ! と豪快にぶちまけた。
ジュワアアアアァァァッ!!!
強烈なミントの香りと、塩の浄化作用、そしてハッカ飴の「清涼な魔力」が、赤黒いバグの触手に触れた瞬間、凄まじい水蒸気が白亜の社長室に立ち上った。
「ギャアアアァァァッ……!」
バグそのものが悲鳴を上げているような、耳障りなノイズが響き渡る。
ハッカの強烈なスースーする成分が、バグのドス黒い瘴気を中和し、触手の表面がボロボロと崩れ落ちていく。
「今です! 風よ、すべてを洗い流せ!」
アレンが放った突風が、ハッカの成分を含んだ蒸気を部屋中に行き渡らせ、視界を覆っていた瘴気が一気に晴れていった。
「……な、なんだこれは。ただの甘ったるい匂いの液体が、これほどまでに強大な負のエネルギーを分解していくというのか……?」
皇帝は、信じられないものを見るように目を丸くしとった。
彼の論理的な計算式には、飴玉と重曹が世界のバグを破壊するという数式は、どこにも存在せえへんかったからや。
「驚いとる暇があったら、手ぇ動かしなはれ! ほら、あんたの足元にもゴミが来とるで!」
「えっ……!?」
皇帝が足元を見ると、ハッカの蒸気を逃れた細い触手の一本が、床を這って彼の足首に巻きつこうとしとった。
「くっ……!」
皇帝は咄嗟に、うちから握らされていた『竹箒』を振り下ろし、その触手をバシィッ! と払い除けた。
竹箒の硬い枝先が触手を弾き飛ばし、皇帝はそのまま無意識に、床に散らばったバグの残骸をサッサッと外側へと掃き出したんや。
「……あっ」
自分が「竹箒でゴミを掃く」という、極めて庶民的で非合理的な行動をしてしまったことに気づき、皇帝の顔がサッと赤くなる。
「よっしゃ、ええ手際やないか! 社長かて、現場の掃除くらいできなアカンで! その調子や!」
うちはニカッと笑い、特大トングで迫り来る別の触手をガチン! と挟み込んで床に叩きつけた。
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「……なぜだ」
皇帝は、竹箒を握りしめながら、荒い息を吐いて呟いた。
「なぜ、私はこんな真似をしているんだ。……私の計算式では、すでにこの空間はバグに呑み込まれ、我々は全滅しているはずだ。……なのに、なぜ君たちの『無駄だらけの行動』が、この絶望的な数式をひっくり返している……?」
彼の氷のような瞳が、激しく揺れ動いとる。
前世の知識と、この世界での孤独な計算だけで生きてきた彼にとって、うちらの泥臭い共同作業は、理解不能な「ノイズ」の塊でしかないはずや。
「無駄だらけやて? アホか!」
うちは、背中合わせになるようにして皇帝の前に立ち、迫り来る触手をトングで次々と弾き飛ばしながら、背越しに語りかけた。
「人間なんてな、無駄と失敗の塊なんや! 完璧なマニュアル通りに動く機械やない。間違えて、散らかして、泣いて、笑って……そうやって泥臭く生きていくから、人生はオモロいんやろが!」
「……っ!」
「あんたは、他人が間違えるんが怖くて、傷つくのが怖くて、全部を計算で縛り付けようとした。でもな、どんなに分厚いマニュアルを作っても、こういう『想定外の特大のゴミ(バグ)』が来たら、一発でパンクしてまうねん!」
うちの背中から伝わる、温かくて、力強いオカンの気迫。
皇帝は、その背中越しに響く怒声を聞いて、頭の奥で何かが強烈にフラッシュバックするのを感じていた。
(……この、少しがさつで、でも絶対に揺るがない温かい声……。それに、他人の領域にズカズカ踏み込んでくる、このお節介な性格……)
前世の大阪の小さなアパート。
風邪を引いて寝込んでいた時、文句を言いながらも、熱いお粥を作って背中をさすってくれた『母親』の姿が、目の前の派手なギャルの背中と、どうしても重なってしまう。
「……お母さん……?」
皇帝の口から、無意識のうちにその言葉が漏れ出た。
「ん? なんか言うたか、社長さん!」
「い、いや! 何でもない!」
皇帝は慌てて首を横に振り、顔を真っ赤にして竹箒を強く握り直した。
「……分かった。君のその非論理的な強引さに、今は賭けてみよう。……アレンと言ったな! 私がこの竹箒の柄に魔力を集中させ、バグの動きを一瞬だけ固める! その隙に、君の神速で、あの一番奥にある『主魔力炉の直結ピン』を破壊してくれ!」
皇帝が、初めて自らの意思で、他者との「連携」を口にした瞬間やった。
「了解しました、社長さん! あなたの魔法と、静江さんの洗剤が作った道を、僕が切り裂く!」
アレンが剣を正眼に構え、深く息を吸い込む。
うちは最後の仕上げとばかりに、アイテムボックスから前向きな活力を生み出す赤色の『リンゴ味』の飴ちゃんを限界まで取り出し、すり鉢で粉々に砕いた。
「行くで! これがオカン・ユニオンとブラック社長の、最後の共同作業(大掃除)や!!」
うちは砕いたリンゴ飴の粉末を、アレンの剣と、皇帝の握る竹箒にバサァァッ! と振りかけた。
「はああああッ!!」
皇帝が竹箒を天に掲げ、残された全魔力を解放する。
竹箒の先から放たれた青白い閃光が、リンゴ飴のポジティブな魔力と混ざり合い、暴れ狂う赤黒い触手の群れを、まるで時を止めたようにカチンと硬直させた。
「今だッ! 『刹那の跳躍』!!」
アレンが風の魔法を足元に爆発させ、硬直した触手の隙間を、一筋の銀色の閃光となって駆け抜ける。
彼の向かう先は、部屋の最奥、巨大な歯車の塔の根元にある『直結ピン』や。
ズバァァァァンッ!!!
アレンの長剣が、バグの防壁ごと、主魔力炉の直結ピンを見事に一刀両断に斬り裂いた。
ガガガガガッ……ピィィィィン……。
耳障りなエラー音とともに、暴走していた巨大なシステムが、完全に電源を落とされた機械のように、ゆっくりと、そして確実に沈黙していった。
部屋を覆っていた赤黒い瘴気も、ハッカとリンゴの香りに中和され、スゥッと消え去っていく。
「……終わった。……システムの緊急停止、確認完了だ」
皇帝が、竹箒を杖代わりにして膝をつき、深い安堵の息を吐き出した。
「ふぅ、えらい大仕事やったな! ほんま、手のかかる社長さんやで!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、汗を拭いながらニカッと笑った。
敵対していたはずの独裁者と、オカン・ユニオンの、奇妙で熱い共同作業。
世界のバグという脅威を前に、彼らの間には、確かに「同じゴミを片付けたご近所さん」のような、不思議な絆が芽生え始めていた。
……だが。
うちは、沈黙したシステムのさらに奥底から、まだ消えていない『強烈な嫌な気配』を感じ取り、スッと笑顔を引っ込めた。
「……静江さん。まだ、終わっていませんね」
アレンが剣を納めず、油断なく奥を睨みつける。
「せやな。今の暴走は、あくまで『表面のゴミ』が引き起こした発作みたいなもんや。……この世界を根底から崩壊させようとしとる『本当のバグの本体』は、あの真っ黒な穴の向こうで、まだうちらを待っとるわ」
白亜の社長室の奥深く。
完全に沈黙したシステムの裏側に、パックリと口を開けた「虚無の闇」。
大帝国アルビオンの中枢にして、世界の秘密に直結する真の試練へと、おばちゃん一行と不器用な社長は、いよいよ足を踏み入れようとしとったんや。
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