第237話 暴走する世界のバグと、オカン流・大掃除の共同作業
「あんたの散らかした特大のゴミ、おばちゃんが一緒に片付けたるわ!!」
うちの腹の底からの号令とともに、アレンが神速の踏み込みで飛び出した。
皇帝の身体に巻き付こうとしていた赤黒い触手を、西の大陸の長剣が目にも止まらぬ速さで次々と斬り飛ばしていく。
カイルは即座に何重もの防御結界を展開し、白亜の社長室に充満し始めたドス黒い瘴気を中和し始めた。
「……馬鹿な。私の完璧なマニュアルが……エラーを吐き続けている。この強大な負のエネルギーは、私の計算式のどこにも存在しないはずだ……!」
皇帝は玉座の上で、自分の構築した絶対的なシステムが、得体の知れないエネルギーに侵食され崩壊していくのを、信じられない思いで見つめとった。
「アホ! 機械がバグって火ぃ噴いとる時に、マニュアル読んでる暇があるかいな! まずは電源抜いて再起動やろが!」
うちはズンズンと玉座に近づき、皇帝の首に絡みつこうとしていた極太の触手を、特大のゴミ拾いトングでガシィッと挟み込んだ。
「フンッ!」
テコの原理で思い切り引き剥がし、そのまま床へ叩きつける。
「がはっ……! な、なぜ私を助ける! 私はお前たちを『不純物』として排除しようとしたのだぞ!」
皇帝が、咳き込みながらうちを睨み上げて叫ぶ。
「勘違いしなや! 助けてるんやない、一緒に掃除させようとしとるんや! 自分が散らかした部屋は、自分で片付けるのが鉄則やろが!」
うちはアイテムボックスの奥深くに手を突っ込み、精神を安定させるオレンジ色の『オレンジ味』と、怪我を治す黄色の『レモン味』の飴ちゃんを取り出した。
そして、パニックになって顔面を蒼白にしている皇帝の口に、強引にポンッと突っ込んだ。
「んぐっ……!? こ、これは……」
オレンジとレモンの甘酸っぱさが口に広がった瞬間。
皇帝の氷のように冷たかった瞳が、大きく見開かれた。
極限のパニック状態が嘘のようにスゥッと落ち着き、その頭の奥で何かが強烈にフラッシュバックする。
(……なんだ、この味は。……懐かしい。昔、風邪を引いた時や、テストで失敗して泣いていた時に、誰かが僕の口に……)
前世の微かな記憶の残滓が、彼の心を一瞬だけ揺らした。
「ほら、頭冷えたか! 泣きべそかいとる暇があったら、自分の作った機械の『緊急停止ボタン』くらい教えなはれ! このドス黒いゴミの元栓はどこや!」
おばちゃんの容赦ないド正論に、皇帝は呆然としながらも、飴の魔力で本来の冷静な頭脳を取り戻した。
「……緊急停止の物理コードは、あの玉座の裏側……巨大な主魔力炉の直結ピンだ! だが、すでにバグの触手がそこに巣食い、強固な防壁を張っている!」
皇帝が、背後の巨大な歯車の塔を指差す。
「場所が分かれば上等や! リリルちゃん! あの玉座の裏側、あんたのカードで一番『通りやすい道』占って!」
「う、うんっ! 『魔術師』の正位置だよ、おばちゃん! 力ずくじゃなくて、足元をすり抜ければ安全だって!」
リリルの真っ直ぐな言葉に、うちはニカッと笑う。
「アレン! カイル! 皇帝の坊ちゃんを護りながら、玉座の裏へ道を開きなはれ! うちら『労働基準監督署』とブラック社長による、前代未聞の共同作業やで!」
「了解しました! 敵の防壁ごと、僕が切り裂く!」
「やれやれ、敵の親玉のシステム復旧を手伝うことになるとはね。でも、悪くない仕事です」
アレンとカイルが、皇帝を背後から庇うようにして前に出る。
皇帝は、かつて自分が排除しようとした「感情のバグ」である侵入者たちが、自分のために命懸けで戦っている姿を見て、分厚いマニュアルで閉ざしていた心に、ドクンと温かいものが波打つ感覚を覚えていた。
「……なぜだ。なぜ、そこまでしてお節介を焼くんだ。君たちは、私を憎んでいるはずだろう……?」
皇帝が、うちの背中に向かって震える声で尋ねる。
「ごちゃごちゃ言うてんと、あんたも手ぇ動かしなはれ! ほら、これ持って!」
うちは、アイテムボックスから使い古しの『竹箒』を取り出し、皇帝の手に無理やり握らせた。
「え……? ほうき?」
「せや! 触手が足元に来たら、それでバシバシ叩き落とせ! 社長かて、現場の掃除くらいできなアカンで! うちらは家族やないけど、一緒にゴミ片付けたら、とりあえずの『ご近所さん』くらいにはなれるやろが!」
見知らぬ顔の若き独裁者と、最強のオカン。
世界のバグという最大の脅威を前にして、決して交わるはずのなかった二人の「特大の部屋の片付け(共同作業)」が、今、不器用な連携とともに本格的にスタートしたんや!
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