第234話 無数の監視の目と、オカン流・図太い井戸端会議
終わらない試験会場をオカン流の「ハナマル添削」で強引に突破したうちらは、親玉の引きこもり部屋のさらに奥へと足を踏み入れとった。
「……静江さん。この空間、さっきまでとはまた違った種類の息苦しさがあります。まるで、全方位からじっと見張られているような……」
カイルがインテリ眼鏡を中指で押し上げ、警戒するように周囲を見回す。
彼が杖の先に灯した光が照らし出したのは、どこまでも続く無機質な「灰色の壁」やった。
やがて、その壁のあちこちに、不気味な赤い光がチカッ、チカッと点滅し始めた。
「なんやこれ。防犯カメラ……いや、魔力でできた『監視の目』か?」
うちが特大のゴミ拾いトングを肩に担いで呟くと、壁の至る所から、数百、数千という「赤い眼球」のような魔導レンズが浮かび上がり、ギョロギョロとうちらを一斉に見下ろしてきた。
『……警告。不規則な行動、および規定のルートから外れた動作を検知。ただちに同調し、息を潜めて進め。……はみ出す者は、排除する』
空間に響き渡ったのは、感情の一切ない、機械的な合成音声やった。
「はみ出す者は排除する、やて? アホか! 誰がこんなとこで息潜めて……」
うちが大声で言い返そうとした、その瞬間。
ピィィィィンッ!
うちの声の大きさに反応した無数の赤い目から、細く鋭い光線が雨あられと降り注いできた!
「危ないッ! 『風の防壁』!」
アレンが神速の反応で前に飛び出し、風の結界で光線を弾き飛ばす。
だが、彼が剣を振るって動いたこと自体が「不規則なノイズ」と判定され、さらに倍以上の数の赤い目が彼に狙いを定めて光線を放ってきた。
「くっ……! 動けば動くほど、標的にされるのか……!」
アレンが身を低くし、冷や汗を流す。
カイルも杖を構えたまま、「静江さん、ここは迂闊に動けません。相手の『同調と監視のシステム』が、少しの個性や目立つ行動すらも異物として排除しようとしています」と声を潜めた。
リリルもうちのポンチョの裾をギュッと握り、静かに息を殺しとる。
無数の監視の目。
それは、他人の視線や評価を極度に恐れ、絶対にミスをしないように、マニュアル通りに息を潜めて生きてきた「孤独なブラック社長」の、強迫観念そのものが具現化した空間やった。
「……なるほどな。他人の目ぇばっかり気にして、ちょっとでも目立ったら叩かれる思て、ガチガチに萎縮しとるわけや」
うちは、降り注ぐ赤い光線を特大のトングでカンカンと弾き落としながら、大きくため息をついた。
「……でもな。そんなん、ただの『自意識過剰』やわ!」
「し、静江さん!? 声が大きいです、また撃たれますよ!」
アレンが慌てて制止しようとするが、うちは一歩も退かへん。
むしろ、アイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込み、パイプ椅子を四つ、ガシャン、ガシャン! と派手な音を立てて広げ、真っ赤な目のド真ん中に円を描くように並べた。
「アレン、カイル、リリルちゃん! 座りなはれ! こんな陰湿な監視カメラなんか、気にするだけ損や!」
うちはさらにアイテムボックスから、温かいお茶の入った急須と湯呑み、そして大和郷で仕入れていた「お煎餅」や「みかん」をドサッと取り出して、簡易テーブルの上に広げた。
「えっ……? ここで、お茶会ですか!?」
「お茶会ちゃうわ、『ご近所の井戸端会議』や! ええから座って、みかん剥きなはれ!」
うちは呆然とする三人のお尻を叩いて、無理やりパイプ椅子に座らせた。
『……警告! 異常な行動パターンの発生。規定外の物体を展開。直ちに排除……排除……!』
システムがパニックを起こしたように警告音を鳴らし、無数の赤い目がうちらに向かって一斉に光線をチャージし始める。
だが、うちはそんなもん完全に無視して、お茶をズズッとすすり、みかんの皮を剥きながら大声で喋り始めた。
「そういやカイルちゃん! あんた、最近夜更かしして本ばっかり読んでるらしいやんか! 目の下にクマできとるで! 若いうちからそんな生活してたら、お肌カサカサになるで!」
「えっ!? い、いや、それは新しい魔導式の研究でして……」
「言い訳すな! ちゃんとビタミン摂りなはれ! ほら、みかん食べ!」
うちは強引にカイルの口にみかんを押し込み、今度はアレンに向き直った。
「アレンもや! 剣の稽古もええけど、あんた最近、算盤の練習サボってへんか!? バネッサさんに言いつけるで!」
「サ、サボってませんよ! ちゃんと寝る前に弾いてます!」
「リリルちゃん、昨日あんたが直してくれたマントのほつれ、めっちゃ綺麗やったで! おばちゃん鼻が高いわぁ!」
「えへへ……ありがとう、おばちゃん!」
ピィィィン……ジジジジッ……!
うちらを狙っていた監視の赤い目たちが、おばちゃんの圧倒的な「日常の世間話」の前に、光線を放つタイミングを見失って激しく明滅し始めた。
「……静江さん。これ、どういうことですか? 敵の攻撃が止まりましたよ」
カイルがみかんを咀嚼しながら、インテリ眼鏡を光らせて不思議そうに壁を見上げる。
「当たり前や! 他人の目っちゅうのはな、『こそこそ隠れよう』とするから余計にジロジロ見られるんやわ! 堂々と、図太く、我が物顔でそこにおったら、監視してる方も『こいつら、なんやねん……』って引いてしまうもんやねん!」
うちはお煎餅をバリッと齧り、壁の監視カメラたちに向かって指を差した。
「おい、そこの赤い目ぇ! あんたらも、こんな薄暗いとこで他人の粗探しばっかりしてて何が楽しいねん! 人の目ぇ気にして息潜めて生きるくらいなら、自分が楽しいと思うこと堂々とやったらええやろが!」
うちはアイテムボックスから、精神を安定させるオレンジ色の『オレンジ味』の飴ちゃんを取り出し、すり鉢で細かく砕いて、急須のお茶の中にドバッと入れた。
「ほら、あんたらもこれ飲んで、肩の力抜きなはれ!」
うちは、その特濃の「リラックス・オレンジ茶」を、壁の赤い目たちに向かって、バシャァァッ! と豪快にぶちまけた。
『エラー……。異常行動の……解析、不能。……監視対象の……圧倒的マイペースにより、同調システムの処理能力が……限界を突破……』
オレンジの香りと、おばちゃんの「圧倒的な図太さ」が、空間を支配していた「他者の目への恐怖」を完全にショートさせた。
パキィィィンッ!
壁に浮かんでいた無数の赤い目が、次々とガラスが割れるように音を立てて崩壊し、ただの灰色の霧となって消え去っていった。
息苦しかった空間の重圧が嘘のように晴れ、奥へと続く真っ直ぐな廊下が姿を現す。
「……消えましたね。監視のシステムが、お茶とみかんと世間話で完全にパンクしてしまいました」
アレンが、手の中のみかんを見つめながら、呆れたように、けれど心底感心したように笑う。
「せや。他人の目なんか、自分が気にせえへんかったらただの飾りや。自分が堂々としとれば、どんな監視も怖ないわ」
うちはパイプ椅子を片付け、ポンチョの埃を払って立ち上がった。
「さてと! 親玉の引きこもり部屋も、だいぶ風通しがようなってきたな。……次はいよいよ、この陰湿な迷宮の『一番奥』に乗り込むで!」
無数の監視の目を、オカン流の図太い井戸端会議で強制終了させたうちら。
大帝国アルビオンのすべてを操る、孤独で冷徹な親玉との直接対決の扉は、もうすぐ目の前まで迫っとったんや!
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