第232話 真の闇の歯車と、オカン流・ごま油の潤滑
弟子たちが見事に過去のトラウマ(幻影)を打ち破り、うちらはさらに皇帝の心の中枢たる「真の闇」の奥深くへと足を踏み入れた。
「……静江さん。足元の感覚が変わりました。ただの暗闇じゃない、何か硬くて冷たい……金属の上を歩いているようです」
カイルがインテリ眼鏡を光らせ、杖の先で足元をコンコンと叩く。
すると、うちらの周囲の暗闇が、カチ……カチ……と、規則正しい秒針のような音を立てて晴れていった。
そこに広がっていたのは、見渡す限りの巨大な「歯車の世界」やった。
大小無数の真鍮色の歯車が、寸分の狂いもなく、ギチギチと完璧に噛み合って回り続けとる。
無機質で、冷たくて、息が詰まるような空間。
そこへ、どこからともなく、あの皇帝の疲れたような、機械的な声が響き渡った。
『……帰れ。ここは私の完璧な箱庭だ。……すべての人間が感情を捨て、決められた役割(歯車)としてのみ機能する、争いも悲しみもない、究極の平和な世界』
「平和やて? アホか! こんなギチギチに窮屈なとこに閉じ込められて、誰が喜ぶねん!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、空に向かって怒鳴り返した。
『……感情はエラーを生む。お前たちのような不純物は、この世界には必要ない。……排除する』
皇帝の声が終わると同時。
うちらの立っている足元の巨大な歯車が、突然猛烈なスピードで回転を始めた。
さらに、周囲の壁面から無数の鋭い金属の歯車が、うちらを「バグ」としてすり潰そうと、恐ろしい速度で迫ってきたんや!
「させません! 『雷の障壁』!」
カイルが素早く多重結界を展開するが、迫り来る歯車は結界の魔力そのものを「計算式」で分解し、シュン……と無効化してしもうた。
「魔法が通じない!? 空間そのものが、すべての事象を計算して無力化しているのか……!」
「なら、物理で叩き斬るまでです! はあああッ!」
アレンが神速の剣技で迫る歯車を斬り飛ばそうとする。
だが、彼の剣が金属に触れる直前、歯車の軌道が不自然にズレて刃を躱し、逆にアレンの長剣を二つの歯車の間にガッチリと挟み込んでしもうた。
「くっ……! 剣が、抜けない! 動きを完全に読まれている!」
アレンが必死に剣を引くが、ビクともせえへん。
魔法も剣技も、すべてがこの空間の「完璧な計算」の中に組み込まれて、処理されてしまうんや。
「……おばちゃん、どうしよう! おっきな歯車が、こっちに来るよぉ……!」
リリルがうちのポンチョにすがりつき、涙目で悲鳴を上げる。
上からも横からも、うちらをミンチにしようと巨大な歯車が迫り来る絶体絶命のピンチ。
だが、うちは焦るどころか、そのギチギチと音を立てて回る歯車を見て、深くため息をついた。
「……ほんま、頭のええエリートが考えそうな、余裕のない機械やわ」
「し、静江さん!? 悠長なことを言っている場合じゃありませんよ!」
カイルが焦燥の声を上げるが、うちはアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
「ええか、あんたら! どんな精密な機械でもな、こんなに隙間なくギチギチに部品を詰め込んだら、摩擦で熱持ってすぐに焼き付いてまうわ! 必要なのは、計算式やのうて『遊び(ゆとり)』なんや!」
うちは、アイテムボックスから、大和郷の市場で大量に買い溜めていた瓶を取り出した。
それは、琥珀色に輝く、特濃の『純正ごま油』や。
「機械の滑りが悪い時はな、油をさすのがオカンの鉄則やで!!」
うちはそのごま油の瓶のフタを次々と開け、迫り来る歯車の噛み合わせの部分めがけて、ドバドバァッ!! と豪快にぶちまけた。
ヌルゥゥゥゥッ……!
歯車と歯車の間に、特濃のごま油が大量に流れ込む。
すると、さっきまで寸分の狂いもなく噛み合っていた歯車たちが、ごま油の強烈な「滑り」によって摩擦を完全に失い、ズルッ、ズルルッ! と盛大に空回りを始めたんや!
『な、なんだ!? ギアの回転数が合わない! 計算外の摩擦係数の低下……!? エラー、エラー!』
空間に響く皇帝の管理システムが、パニックを起こして警告音を鳴らし始める。
「まだまだ! ここに、精神を安定させる『オレンジ味』と、お腹を膨らませる『メロン味』の飴ちゃんをすり潰した粉末をトッピングや!」
うちはさらに飴の粉末をばら撒き、ごま油と混ぜ合わせた。
香ばしいごま油の匂いと、飴ちゃんの甘い香りが、無機質だった空間に、強烈な「台所(生活)の匂い」として充満していく。
その生活感あふれるノイズと、飴の魔力が、皇帝の冷徹な計算式を完全にバグらせた。
ガガガガガッ! バキィィィンッ!!
空回りした歯車たちが次々と衝突し合い、自壊していく。アレンの剣を挟んでいた歯車も崩れ落ち、彼は無事に長剣を取り戻した。
「……信じられない。この完璧な事象制御の空間が、ごま油の滑りと匂いだけで崩壊していくなんて……」
カイルが、呆然としながらも眼鏡を押し上げ、感嘆の息を漏らす。
「せやろ! 人間も機械もな、たまには息抜き(油さし)して、美味しいもんの匂い嗅がな、ギスギスして壊れてまうねん!」
うちは特大トングを肩に担ぎ、崩れゆく歯車の世界を見渡してガハハと笑った。
皇帝の作り出した「感情を排除した完璧な世界」の幻影は、おばちゃんの圧倒的な生活の知恵(ごま油)によって、見事にスクラップへと変わった。
行く手を阻む心の防壁をまた一つ粉砕したオカン一行は、いよいよこの真の闇の最奥……皇帝の本当の心が隠された場所へと、さらに歩みを進めるんや!
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