第223話 笑顔の工場見学と、オカン流・強制退勤命令
洗脳の殻が割れ、武器を放り出して大声で泣きじゃくる少年少女たち。
彼らの顔からは、不気味な作り笑いが完全に消え去り、年相応の弱さと痛みが露わになっとった。
「カイル、アレン! この子らを安全なところへ運ぶんや! あと、温かい毛布と、甘いもんもっと出したって!」
「了解しました。彼らの魔力回路は悲鳴を上げています。すぐに結界内で休ませます」
カイルが手際よく魔導テントを展開し、アレンが泥だらけの少年たちを優しく抱きかかえて運んでいく。
五歳からすっかり成長したリリルも、少年たちの背中をさすりながら、「もう大丈夫だよ、痛くないよ」と声をかけとる。
「……さて。この子らをこんな目に遭わせた『親玉』は、この奥におるんやな」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、雨の降る石畳の先――少年兵たちが命懸けで守ろうとしていた、巨大なドーム状の施設を睨みつけた。
煙突からは、モクモクと不気味な色の煙が上がり続けとる。
少年兵たちの防衛線を突破したうちらは、その施設の分厚い鉄扉をトングと風の魔法で強引にこじ開け、中へと足を踏み入れた。
そこは、見渡す限りの巨大な『軍需工場』やった。
何千人という大人たちが、ベルトコンベアのように流れてくる魔導兵器の部品を、機械のような正確さで組み立てとる。
だが、異常なのはその「空気」や。
「……陛下のために! 私のこの命、陛下の礎となれる喜び!」
ガシャン、ガシャンという機械音に混じって、労働者たちが口々に「幸福の言葉」を呟きながら、満面の笑顔で働き続けとる。
彼らの手はボロボロに擦り切れ、足は極度の疲労で震えているのに、誰も休もうとせえへん。
その時。一人のやせ細った男が、作業台の前でガクンと膝を折り、そのまま床に倒れ込んだ。
ピクリとも動かない。完全に過労で息を引き取っとる。
だが、周囲の労働者たちは悲鳴を上げるどころか、倒れた男を見てパチパチと笑顔で拍手を送り始めたんや。
「おお、なんと素晴らしい。彼はついに、陛下のために命を使い切るという『最高の幸福』に到達したのですね」
すぐに白装束の回収係が現れ、男の遺体を「ゴミ」のように手際よく荷車に乗せて運んでいく。
悲しみは一切ない。ただ、完璧に統制された狂気だけが、工場内を支配しとった。
「……なんやこれ。カリカの地下工場よりタチが悪いわ。地獄の底でも、こんなおぞましい光景はお目にかかれへんで」
うちが吐き気を堪えていると、工場の見下ろす高い足場から、冷徹な声が響いた。
「おや。防衛部隊の子供たちを突破してきたネズミが迷い込んだようですね」
見上げると、そこには分厚いマニュアル本を小脇に抱え、アイロンの効いた軍服を着たエリート風の監督官が立っとった。
「ネズミで悪かったな。うちらは労働基準監督署……いや、ただの出張鑑定人や! あんた、ここで何させとんねん!」
「何とは心外な。見ての通り、世界で最も『幸福な生産ライン』ですよ。彼らは自らの意志で、喜んで命を消費している。一切の不満もストライキも起きない、完璧なシステムです」
監督官が眼鏡を押し上げ、誇らしげに微笑む。
「完璧やて? アホか! 笑顔の仮面貼り付けてるだけで、身体は限界超えて悲鳴上げとるやないか! こんなもん、ただの使い捨てのブラック企業や!」
うちは懐からタロットカードを取り出し、工場の床にバシッと一枚展開した。
出たのは、悪魔(The Devil)の正位置。
「悪魔の正位置! 束縛と、抜け出せない搾取のループや! ……あんたら、帝国っていうデカい看板に洗脳されて、自分の本当の『痛み』すら分からんようになっとるだけやわ!」
「洗脳などという下等な術式ではありません。我らアルビオン帝国は、徹底した教育とマニュアルによって、彼らの『価値観』そのものを最適化したのです。……さぁ、幸福な労働者たちよ。あの異端の侵入者を排除しなさい」
監督官が指を鳴らすと、満面の笑顔を浮かべた労働者たちが、手にした工具や鉄パイプを振り上げ、うちらに向かってジリジリと距離を詰め始めた。
「……静江さん。彼らは一般の市民です。斬るわけにはいきません!」
追いついてきたアレンが、剣を鞘に納めたまま焦燥の声を上げる。
「斬らんでええ! アレン、あんたの神速で、工場の天井にある『魔導換気扇』を全部ぶち壊しなはれ! この部屋、洗脳のガス(魔力)が充満してて息が詰まるわ!」
「了解しました! 換気なら任せてください!」
アレンが風の魔法を足元に纏い、一気に天井へと跳躍する。
彼が放った強烈な真空の刃が、工場を覆っていた巨大な換気システムを次々と粉砕し、外の冷たい雨風が工場内に勢いよく雪崩れ込んできた。
「冷たい風が入ってきたら、次はこれや!」
うちはアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込み、疲労回復のイチゴ味と、精神を安定させて自分を取り戻すオレンジ味の飴ちゃんを、これでもかというほど大量に引っ張り出した。
「ええか、あんたら! 痛みを感じへんのは幸せやない! ただ心が麻痺しとるだけや! 痛い時は痛いって言うて、疲れたら休むんが人間の当たり前の生活やろが!」
うちは、迫り来る笑顔の労働者たちに向かって、大量の飴ちゃんを桜吹雪のようにバサァァッ! と豪快にばら撒いた。
口を開けて笑っていた彼らの口に、ポイポイと飴ちゃんが飛び込んでいく。
「んぐっ……!?」
甘酸っぱいイチゴとオレンジの味が舌の上で弾けた瞬間。
労働者たちの顔に貼り付いていた「不気味な笑顔」が、ピシッと音を立ててひび割れた。
「あ……れ……?」
「……痛い。……腕が、足が……割れるように、痛い……!」
マニュアルによって塞がれていた「肉体の悲鳴」が、飴ちゃんの効果によって強制的に脳へと届けられる。
数日間寝ずに働き続けていた疲労と激痛が、一気に彼らの身体を襲ったんや。
「ああっ……! 苦しい、休みたい……! 眠りたいよぉ……!」
次々と工具を取り落とし、労働者たちが床に崩れ落ちていく。
笑顔のディストピアは、あっという間に「疲労困憊で倒れ込む、ただの人間たちの集まり」へと戻っていった。
「な、なんだと!? 私の完璧な生産ラインが……! 貴様ら、立て! 幸福な労働を放棄するのか!」
監督官が足場の上でパニックを起こし、分厚いマニュアル本を床に叩きつける。
「やかましいわ! 今日からこの工場は営業停止や! おばちゃんの権限で、全員に強制的な『有給休暇』を命じるで!」
うちは特大のゴミ拾いトングで、足場の柱を力一杯ぶん殴った。
ガァァァン! という金属音にビビり、監督官は腰を抜かしてへたり込んどる。
「さてと……。これで末端の工場はストップしたな。アレン、カイル! この人らにも毛布かけて休ませたって!」
「はい。すぐに救護班(魔族領の応援部隊)を手配します」
うちは、雨風が吹き込む工場の奥、さらに厳重な扉で閉ざされた「帝国の中枢部」へと視線を向けた。
「……マニュアルで人の心縛り付けるようなブラック国家、根っこから大掃除(ガサ入れ)せな気が済まんわ。行くで、あんたら!」
トラウマを乗り越えたオカンの勢いは、もう誰にも止められへん。
アルビオン帝国の狂った常識を値切り倒すための特大カチ込みは、いよいよ帝国の中枢深くへと突き進んでいくんや!
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