第214話 鉄壁の待ち合わせ場所と、船底の温かいスープ
東の海と西の海へ、特大の「同窓会の案内状」を放ってから数日。
うちら『オカン・ユニオン』の本拠地である海賊諸島は、かつてないほどの熱気と緊張感に包まれとった。
いつ押し寄せてくるか分からんアルビオン帝国の本隊を迎え撃つため、この島を絶対に破られない『待ち合わせ場所』にする大改装工事の真っ最中や。
「ガトー! その廃船の残骸、もっと湾の入り口の浅瀬に沈めなはれ! 敵の船が横並びで入ってこれんように、ジグザグの『特売行列コース』を作るんや!」
「へいっ! 任せくだせぇ、オカン!」
うちが指示を飛ばすと、ガトー率いる巨漢の海賊たちが、ロープと滑車を使って巨大な廃材を海へと落とし込んでいく。
カリカの防衛戦で培った「キルゾーン」のノウハウ。それをこの海賊諸島にも適用し、数の暴力を削ぐための防衛線を構築しとるんや。
「アーニャは砲台のメンテナンスや! 弾の補充と、火薬の湿気対策、抜かりなくやりや!」
「了解よ、静江姐さん! いつでもぶっ放せるわ!」
汗水流して働く荒くれ者たち。彼らの顔には、恐怖よりも「自分の家(島)を守る」という強い責任感が満ちとる。
その頼もしい姿を見渡し、うちは満足げに頷き……そして、ふと、港に停泊している旗艦の方へと視線を向けた。
あの船の船底には、うちが助け出した帝国の少年兵と、彼を監視するためにずっと引きこもっているアレンがおる。
あの一件以来、アレンはうちと顔を合わせるのを避けるように、最低限の業務報告しかしてこんようになった。
(……あーあ。ほんまに、頑固なとこは昔のまんまやな)
うちは、首に巻いたヒョウ柄のタオルで汗を拭いながら、小さく溜息をついた。
彼が立派な騎士として、うちを守ろうとしてくれているのは痛いほど分かっとる。やけど、うちのトラウマがそれを素直に頼ることを許さへんかった。
このもどかしいすれ違いは、時間と、そして彼自身が心の中で答えを見つけるのを待つしかなかった。
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一方、旗艦の薄暗い船底。
魔導ランプの淡い光だけが照らす牢屋の前で、アレンは西の大陸の長剣を膝に置き、無言で砥石を当てていた。
鉄が擦れる冷たい音が、静まり返った船底に響く。
鉄格子の向こう側では、ブカブカの軍服を着た少年兵が、毛布にくるまってガタガタと震えとった。
「……時間だ。食事にしろ」
アレンは剣を置き、静江が厨房の女将に頼んで作らせておいた「温かい野菜スープ」と「柔らかいパン」を、鉄格子の隙間から無造作に差し入れた。
少年はビクッと肩を揺らし、怯えた目でアレンを見上げた後、恐る恐るそのお椀を受け取った。
「……ありがとう、ございます……」
少年がスープを一口すする。
静江が隠し味に入れた「オレンジ味(精神安定)」と「レモン味(回復)」の飴ちゃんの魔力が、少年の冷え切った身体にじんわりと染み渡っていく。
あまりの温かさと美味しさに、少年の目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……どうして……。どうして、敵の僕に、こんなに温かいご飯を……」
少年が、しゃくり上げながら呟く。
「僕たちは帝国で、怪我をしたり役に立たなくなった兵士は、その場で見捨てていけと教えられてきました。……沈む船の中で足を挟まれた時、僕はもう、自分が『廃棄』される部品なんだって、諦めていたのに……」
その言葉に、アレンの剣を磨く手がピタリと止まった。
傷つき、役に立たないと見捨てられ、絶望の中で死を待つしかなかった少年。
その姿は、かつてルミナの街の広場で、仲間から「無能」と罵られて追放され、魂が抜けたように座り込んでいた『昔の自分自身』と、残酷なほどに重なっていた。
あの時、絶望のどん底にいた自分に、派手な格好をした見知らぬ女性が、「シケた面してたら不幸が並びに来るで」と笑い飛ばし、見捨てた仲間を見返してやれと、まるでお節介な母親のように背中を押して、赤い飴玉をくれた。
あの救いがあったからこそ、今の自分がある。
「……あの人は、そういう人だ」
アレンは、静かに、けれどどこか寂しげな声で答えた。
「敵だろうが味方だろうが、目の前で消えそうな命があれば、自分の危険を顧みずに手を伸ばしてしまう。……理屈じゃない、ただの『お節介』なんだ」
だからこそ、アレンは静江を誰よりも尊敬し、彼女の剣になると誓った。
だが、その底なしの「オカンの愛情」が、時に自分という騎士の存在意義を飛び越えてしまうことに、どうしようもない無力感と嫉妬を覚えてしまう自分がいる。
(……僕は、まだ彼女にとって、守られるだけの『子供』と同じなのか……?)
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アレンが自分の内なる感情と向き合い、深く息を吐き出そうとした、その時だった。
ドタドタドタッ! と、甲板の方から騒がしい足音が響き、船底の階段をガトーが血相を変えて転がり降りてきた。
「アレンの旦那ァッ! 大変だ!」
「どうしました、ガトー」
アレンが即座に立ち上がり、剣を構える。
「見張りからの報告です! 北の海域から、アルビオン帝国の軍艦が猛スピードでこっちに向かってきてやす! 数はざっと五十隻! 間違いねぇ、本隊に先駆けてやってきた『先遣隊』ですぜ!」
「……五十隻の先遣隊。同窓会の仲間たちが到着する前に、こちらをすり潰す気か」
アレンの瞳から迷いが消え、ルミナの騎士としての鋭い眼光が戻った。
彼は牢の中の少年に「大人しくしていろ」と短く告げると、ガトーと共に甲板へと駆け上がった。
外に出ると、すでに海賊諸島は迎撃の態勢に入っていた。
防波堤の上にパイプ椅子を広げて立ち、特大のゴミ拾いトングを肩に担いだ静江が、荒波の向こうから迫り来る真っ白な帆の群れを、ギラリと睨みつけとる。
「……静江さん! 敵の数、五十。こちらの防衛準備はギリギリ間に合いましたが、援軍なしで支えきれる数ではありません!」
アレンが静江の隣に並び、緊迫した声で報告する。
数日間のすれ違いを経て、二人が交わした最初の会話だった。
「……アレン。あんたの顔、ちょっとスッキリしたな」
静江が、サングラス越しにアレンの顔を横目で見て、フッと柔らかく笑った。
「え……?」
「上等やないの。大和郷やカリカの家族が来るまでの間、この海賊諸島(待ち合わせ場所)の入り口で、うちらで特大の『足止め(時間稼ぎ)』したるわ! アレン、あんたの剣、頼りにしてるで!」
「……はいっ! 僕の剣は、あなたを護るためにあります!」
敵の大軍を前にして、互いの背中を預け合うオカンと騎士。
ギクシャクしていた二人の間に、戦いを通じた再びの「共鳴」が生まれようとしていた。
世界連合が到着するまでの、絶望的で過酷な防衛戦。その過熱する前哨戦が、今、轟音とともに幕を開けたんや!
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