第212話 炎の救出劇と、すれ違う師弟の船出
炎と黒煙を上げながら、急速に海面へと沈んでいく神聖アルビオン帝国の装甲船。
瓦礫の下敷きになり、泣き叫ぶ『敵の少年兵』の姿を見た瞬間、うちはアレンの制止を振り切り、一人で荒れ狂う海へと飛び込んどった。
ザッバーーーンッ!
「……ゲホッ! しょっぱ!」
波を掻き分け、沈みゆく敵船の甲板へと這い上がる。
周囲は火の海や。不老不死の身体やから火傷はすぐ治るけど、熱いもんは熱いし、何より煙で息が詰まりそうになる。
「おばちゃんが来たで! もう大丈夫や!」
「た、助けて……! 熱い……ッ!」
少年は、倒れた太い鉄の帆柱に足を挟まれ、身動きが取れんようになっとった。
うちは、海に飛び込む前に取り出していた『特大のゴミ拾いトング』の先端を、その重たい鉄柱の下にねじ込んだ。
「ええか、よう見ときや! テコの原理や!」
ガチンッ!
うちが全体重をかけてトングの柄を押し下げると、ギギギッという音とともに、少年の足を挟んでいた鉄柱がわずかに持ち上がった。
「今や! 足抜け!」
「あ、あああっ!」
少年が必死に這いずり出た直後、船体が大きく傾き、足元の甲板が真っ二つに割れて一気に海水の流入が始まった。
「ひぃぃッ! 船が沈む!」
「慌てなさんな! おばちゃんにしっかりしがみついとき!」
うちは少年を小脇に抱え、沈みゆく船から海へと跳躍した。
だが、その瞬間、敵船の魔力炉が大爆発を起こし、凄まじい爆風と鉄の破片がうちらの背後に迫ってきたんや。
「(……あかん、避けきれへん!)」
うちが少年を庇うように背中を向けた、その時。
「風よ! 『絶対防壁』!!」
ドォォォォォンッ!!
うちらの背後に分厚い風の壁が展開され、爆風と瓦礫をすべて弾き飛ばした。
見上げれば、アレンが甲板から風の魔法を放ち、うちらを援護しとったんや。
「アレン! 助かったわ!」
うちは風の魔法で海面から引き上げられ、ガトーたちが差し出したロープを掴んで、無事にうちらの旗艦の甲板へと生還を果たした。
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「ゲホッ……ゴホッ……! はぁ、はぁ……」
甲板に倒れ込んだ少年が、海水を吐き出しながら荒い息をつく。
うちは濡れた前髪をかき上げ、アイテムボックスから怪我を治す黄色の「レモン味」の飴ちゃんを取り出して、少年の口に放り込んでやった。
「ほら、これ舐めとき。火傷の痛みもすぐに引くわ。……よう頑張ったな」
飴の魔力で体力を取り戻した少年が、涙目でうちを見上げる。
だが、その安堵の空気は、アレンの冷たく鋭い声によって一瞬で切り裂かれた。
「……静江さん。なぜ、あんな無茶をしたんですか」
アレンが、長剣を鞘に納めながら、氷のような目でうちを見下ろしていた。
「無茶? アホか、目の前で子供が死にそうになっとるんやで。助けに行くのが当たり前やろが」
「相手は帝国の兵士です! 彼をこちらの船に引き入れれば、恩を仇で返され、内側から破壊工作をされる危険だってあったはずだ!」
アレンの言葉に、周囲の海賊たちも息を呑んで沈黙する。
「危険やて? 相手はまだ十代の子供やないか! こんなパニックになっとる子を見捨てて、自分だけ安全な場所で息してる方が、よっぽど心が腐るわ!」
うちが言い返すと、アレンはギリッと強く歯を食いしばり、拳を震わせた。
「……じゃあ、なぜ僕を頼ってくれなかったんですか!!」
アレンの悲痛な叫びが、海風の中に響き渡った。
「え……?」
「僕の『刹那の観測』と風の魔法があれば、あなたを危険な目に遭わせることなく、あの少年を救い出すことだってできたはずだ! なのにあなたは、僕を振り払って、一人で火の海へ飛び込んだ!」
アレンの瞳には、かつての泣き虫な青年の面影はない。
ルミナの騎士として、そして最強の用心棒として成長した彼だからこその、強烈な「不満」と「悲しみ」が渦巻いとった。
「……静江さんは、まだ僕のことを『守られるだけの子供』だと思っているんですか。……僕はもう、あなたの背中に隠れているだけの存在じゃないのに!」
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アレンの言葉が、うちの胸にチクリと刺さった。
確かに、彼の力ならもっと安全に救出できたかもしれん。やけど、あの時のうちは、前世のトラウマのせいで完全に「母親のパニック」に陥っとった。自分以外の誰かに任せる余裕なんて、一ミリもなかったんや。
「……アレン。あんたが立派な騎士になったんは、誰よりもおばちゃんが一番よう分かっとる。……でもな、これはうちの『性分』や。目の前で若い命が消えようとしてる時に、誰かの助けを待つなんてできへんのやわ」
「……」
「それに、この子はもううちらの『お客さん』や。敵やない。……アーニャ、ちょっと毛布持ってきたって」
うちはアレンの視線から逃げるように、震える少年を抱き起こした。
アレンは、そんなうちの背中を、悲しげに、そして諦めたような冷たい目で見つめとった。
「……分かりました。あなたがそう言うなら、これ以上は言いません。ですが、この船の安全は僕が守ります。彼には常に、僕の監視をつけてもらいます」
アレンは踵を返し、無言のまま甲板の反対側へと歩き去っていった。
「あっ……アレンの旦那……」
ガトーやアーニャがオロオロと二人の間を行き来するが、うちらの間に走った「冷たい亀裂」は、誰の目にも明らかやった。
「……おばちゃん。ごめんなさい……僕のせいで……」
少年が、申し訳なさに震えながら呟く。
「あんたは何も悪ない。……おばちゃんが、ちょっと不器用なだけや」
うちは、少年の肩に毛布をかけながら、ポツリとこぼした。
新大陸での大掃除を終え、絶対的な信頼で結ばれていたはずのオカンと騎士。
だが、互いを思いやるがゆえの「解釈違い」は、重苦しい沈黙となって艦隊全体を覆い尽くしてしもうた。
「……ガトー。とりあえず、このまま進むで。まずは、あんたらの故郷である『海賊諸島』に寄港や。大和郷や魔族領の連中を呼び寄せるには、あそこが一番都合がええからな」
「へ、へい……! 分かりやした、オカン」
ギクシャクとした空気を乗せたまま、三十隻の海賊艦隊は、かつての拠点である『海賊諸島』へ向けて、静かに、そして重々しく航海を続けていくんや。
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