第202話 暴風の有翼獅子と、オカン特製ヒョウ柄イヤーマフ
赤茶けた岩肌が続く大渓谷。
その谷底で、神聖アルビオン帝国が崖の上に無断で建設した「魔力通信用の巨大鉄塔」から撒き散らされる高周波ノイズのせいで、極度のノイローゼ(神経衰弱)に陥った伝承の神霊――『有翼の獅子』が、狂ったように暴れ回っとった。
『キシャアアアァァァッ!!』
黄金の羽を持つ巨大な鷲の上半身と、獅子の下半身。
本来なら気高いはずの大空の王者が、頭を抱えるようにして地面を転げ回り、巻き起こる竜巻のような暴風が無差別に岩肌を削り取っていく。
そして、痛みに耐えかねたその濁った瞳が、谷底にいるうちらを「騒音の元凶」と勘違いし、巨大な前足の爪を振り上げて猛突進してきたんや。
「……アレン! 騒音クレームの基本は、まず被害者を落ち着かせて話を聞くことや! あいつの動きを一瞬だけ止めて、耳栓(麻酔)したるで!」
「了解しました! 傷つけずに動きを止める……一番骨が折れる役回りですが、やります!」
アレンが『刹那の観測』の極限の動体視力を全開にし、西の大陸の長剣を鞘に納めたまま、風の魔法を足元に纏って飛び出した。
ズドゴォォォッ!
有翼の獅子の巨大な爪が、アレンのいた場所の岩盤を粉々に粉砕する。
「風よ、僕の脚に宿れ!」
アレンは真っ向から受け止めず、風の推進力を利用して紙一重で爪を躱し、そのまま獅子の懐へと滑り込んだ。
そして、鞘に入ったままの長剣の腹で、獅子の前足の関節部分を「弾く」ように強打する。
「ガァァッ!?」
バランスを崩した有翼の獅子が、つんのめるようにして岩場に倒れ込んだ。
「今です、静江さん! 完全に抑え込むことはできません、数秒しか持ちませんよ!」
アレンが強風に煽られながら叫ぶ。
「数秒あればお釣りが来るわ!」
うちは、暴風が吹き荒れるド真ん中で、アイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んどった。
動物の耳は、人間の何倍もデリケートや。こんなデカいバケモノの耳に、そこらへんの木の枝や布切れを詰めたら、逆に鼓膜を傷つけてまう。
「防音と保護を両立させるには、これしかないわな!」
うちがアイテムボックスから引っ張り出したのは、あの骸骨の神様が気を利かせて(勘違いして)詰め込んでいたギャルの冬物アイテム……耳をすっぽり覆う『特大・フワフワのヒョウ柄イヤーマフ(耳当て)』や。
「ほんま、こんな無駄にデカくてハデな防寒具、いつ使うねんと思てたけど……神様、たまにはええ仕事するやんか!」
神霊のデリケートな耳孔を塞ぐには、まさにピッタリの代物やった。
。
さらに、うちはすり鉢を取り出し、精神を安定させるオレンジ色の『オレンジ味』の飴ちゃんをドサドサと放り込み、ゴリゴリと粉砕していく。
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「ええか! 騒音でイライラしてる時は、物理的な遮音と、精神的なリラックスの二段構えが鉄則や!」
うちは粉々になったオレンジ飴の粉末を水筒の綺麗な水に溶かし込み、それをフワフワのイヤーマフの内側に、たっぷりと染み込ませた。
オレンジの爽やかな香りと、チカチカと輝くような高密度の「鎮静の魔力」が、フワフワの毛皮から立ち上っとる。
『グルルルゥッ! キシャアアアッ!』
倒れ込んでいた有翼の獅子が、再び頭を抱えながら立ち上がり、狂乱状態のまま巨大なクチバシでアレンに噛みつこうとする。
「アレン! 踏み台になりなはれ!」
「了解です! 『刹那の跳躍』!」
アレンが地面を蹴り、強烈な突風を巻き起こしながら空中に舞い上がった。
うちはそのアレンの背中をガシッと踏み台にして、一気に数十メートルの高さを跳躍し、暴れる有翼の獅子の巨大な頭の上へと飛び乗ったんや。
『ピギャッ!?』
頭の上に異物が乗ったことに気づき、獅子が激しく首を振ってうちを振り落とそうとする。
「はいはい、暴れなさんな! おばちゃんが、特上の『静寂』をプレゼントしたるからな!」
うちは、獅子の巨大な鷲の頭の両サイド……羽毛に隠れたデリケートな耳孔めがけて、特製の『ヒョウ柄イヤーマフ』をガポォォッ!! と豪快に被せた。
そして、顎の下でカチン! とバックルを留めて、絶対に外れへんように固定したんや。
『……!?』
その瞬間。
さっきまで大渓谷を震わせていた有翼の獅子の暴風が、ピタリと止まった。
イヤーマフの分厚いフワフワの毛皮が、帝国軍の鉄塔から撒き散らされていた「キィィィン」というガラスを引っ掻くような高周波ノイズを、完璧に遮断したんや。
さらに、イヤーマフに染み込ませていた『オレンジ飴の特濃シロップ』が、ノイローゼでズタズタになっていた獅子の神経に、ジュワァァァッと優しく染み渡っていく。
『……クルル……。……スゥ……』
永遠に続くかと思われた耳障りなノイズから解放され、強烈なリラックス効果に包まれた有翼の獅子は、爛々と血走っていた瞳を徐々にトロ〜ンとした半開きにさせ始めた。
そして、空中に浮かんでいるのも億劫になったのか、その巨体はズルズルと体勢を低くし、やがて赤茶けた岩盤の上に、ドスンッ! と重たい音を立てて大人しく座り込んだんや。
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「……ふぅ。やれやれ、えらい手こずらせやがって」
うちは、大人しくなった獅子の頭からヒョイと飛び降り、ポンチョの埃をパンパンと払った。
「……信じられません。あれほど大自然の暴力を撒き散らしていた神霊が、耳当て一つで、まるで飼い猫のように大人しくなるなんて……」
アレンが剣を鞘に納め、呆然としながらもホッと胸を撫で下ろす。
「せやろ? どんなに狂暴に見えるクレーマーかて、パニックの原因(騒音)を取り除いて、優しくケアしてやれば、案外素直なもんやわ」
うちはニカッと笑い、ヒョウ柄のイヤーマフを着けたままスヤスヤと安らかな寝息を立てている有翼の獅子の鼻先を、優しくポンポンと撫でてやった。
『……ルルルルル……』
痛みが消え、精神的な平穏を取り戻した有翼の獅子は、もう威嚇の暴風を放つことはなかった。
ゆっくりと巨大な頭を持ち上げると、その黄金の羽毛と獅子の毛並みが、渓谷の太陽の光を反射して、神々しいばかりの本来の美しさを取り戻していく。
そして、その巨大な頭をうちらの目の前までスゥッと下ろし、まるで感謝を伝えるように、うちのヒョウ柄のポンチョにそっと頬を擦り付けてきたんや。
「……よしよし。耳鳴り、スッキリしたみたいやな。おばちゃんのヒョウ柄イヤーマフ、あんたの黄金の毛並みにえらい似おとるで」
うちが笑いかけると、有翼の獅子は「コォォ……」と心地よい喉鳴らしで応えた。
だが、安らぎの時間はここまでや。
有翼の獅子は、うちの匂いをひとしきり嗅いだ後、ゆっくりと首を上げ、渓谷のさらに上部……切り立った崖の頂上を見上げた。
そこには、うちらの耳にも微かに届く不快なノイズを撒き散らし続けている、帝国軍の『巨大な黒い鉄塔』がそびえ立っとる。
獅子の瞳に、狂気ではない、自分の縄張りを荒らした者への明確な『怒り』と『反撃の意志』が静かに宿った。
「……静江さん。彼も、あの鉄塔を壊すべきだと分かっているようですね」
アレンが崖の上を見据え、頼もしく微笑む。
「せやな。耳栓(応急処置)だけじゃ根本的な解決にはならへん。隣の家からずっと工事の音が鳴ってたら、いつかまたノイローゼになるわ」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ直し、特大のサングラスを押し上げて、崖の上の巨大アンテナを睨みつけた。
「おーい、デカい鳥ライオンさん! うちらと一緒に、あの非常識な不法建築物、跡形もなく解体(お掃除)しに行こか! 特大のクレーム、叩き込んだるで!」
『ピギャアアアァァァッ!!』
有翼の獅子は、高く澄んだ、大空の王者としての誇り高い咆哮を上げ、うちらの前にその巨大な背中を差し出した。
騒音トラブルの被害者を最強の味方につけたおばちゃん。
大渓谷の頂上に巣食う「迷惑なアンテナ」をぶっ壊すための、空からのカチ込みが、いよいよド派手に幕を開けようとしとったんや!
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