第201話 大渓谷の騒音トラブルと、ノイローゼの有翼獅子
深い霧に包まれた巨大湖で、大地の亀の背中に無断で建てられていた帝国のプラントを「特大の肩こり」と見なして解体し、見事に大自然の神霊を救い出したうちら。
次なる出張鑑定の現場を求めて、うちらはさらに新大陸の奥地へと足を進めとった。
数日の行軍の末に辿り着いたのは、大地が鋭い刃物で真っ二つに切り裂かれたような、荒々しい岩肌が続く『大渓谷』やった。
見渡す限りの赤茶けた岩山。風が吹き抜けるたびに、岩の隙間からヒューヒューと笛のような音が鳴る、本来なら大自然の雄大さを感じられる絶景スポットや。
「……あー、今度は乾燥肌の敵みたいな場所に出たわ。リップクリーム塗り直さな、唇カッサカサになるで」
うちは特大のゴミ拾いトングを杖代わりにして、急な岩場の斜面を登りながらブーブーと文句を垂れた。
「静江さん、気をつけてください。この渓谷、風の音に混じって……何か嫌な音がしませんか?」
先頭を歩くアレンが、西の大陸の長剣の柄に手を当てて、険しい顔で耳を澄ませとる。
「嫌な音?」
うちも立ち止まって耳を澄ましてみる。
すると、自然の風の音とは明らかに違う、ガラスを引っ掻くような、あるいは古いブラウン管テレビが発するような『キィィィィィン……』という、鼓膜の奥を直接針で刺されるような不快な高周波ノイズが、微かに、けれど絶え間なく響いとった。
「なんやこれ。モスキート音みたいで、えらい耳障りやな。頭痛うなってくるわ」
うちが眉間を揉んだ、その時やった。
キエェェェェェェェッ!!
突然、渓谷の上空から、空気を切り裂くような凄まじい悲鳴が響き渡った。
見上げると、太陽の光を遮るほどの巨大な影が、真っ逆さまにうちらのいる岩場へ向かって墜落してきとったんや。
「静江さん、下がって!」
アレンが素早くうちを庇って前に出る。
ズドゴォォォォンッ!!
もうもうと土煙が舞い上がり、赤茶けた岩盤が蜘蛛の巣状に砕け割れた。
土煙が晴れた後に姿を現したのは、黄金の羽を持つ巨大な鷲の上半身に、百獣の王である獅子の下半身を持った、古代の伝承に語られる神霊――『有翼の獅子』やった。
だが、本来なら大空の王者として優雅に舞っているはずのその姿は、今は見る影もなかった。
『グルァァァッ! キシャアアアァァッ!!』
有翼の獅子は、頭を抱えるようにして巨大な前足を耳(耳孔)に押し当て、地面をのたうち回りながら狂ったように悲鳴を上げとった。
その巨大な翼がバタつくたびに、竜巻のような暴風が巻き起こり、周囲の岩がカマイタチのように削り取られていく。
「……っ! 風よ、僕の剣に宿れ! 『刹那の観測』!」
アレンが神速の踏み込みで前に出、飛来する無数の岩の破片を、目にも止まらぬ速さで次々と弾き落とす。
ガキィィィンッ! バキンッ!
「……静江さん! こいつ、明確な敵意があって暴れているわけじゃありません! 何かにひどく苦しんで、パニックを起こしています!」
アレンが強風に煽られながら叫ぶ。
「見りゃ分かるわ! 頭抱えて転げ回ってるやないか!」
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有翼の獅子のパニックは収まらず、暴風はさらに激しさを増していく。
うちは、砂埃が舞う中でアイテムボックスからパイプ椅子をガシャンと広げ、どっかと座り込んだ。
「アレン! あんたはあの鳥ライオンの暴風を防ぐことだけに集中しなはれ! おばちゃんが『原因』を突き止めるで!」
うちは特大のサングラスを押し上げ、暴風の中で使い込まれたタロットカードを取り出した。
今回は、現在の状況と原因、そして取るべき対策を導き出す『スリーカード(三枚引き)』のスプレッドや。
バシッ、バシッ、バシッと、岩のテーブルに三枚のカードを展開する。
出たのは、『隠者(The Hermit)』の逆位置、『ソード(剣)の8』の正位置、そして『塔(The Tower)』の正位置や。
「『隠者』の逆位置は、神経衰弱や閉鎖的なストレス。『ソードの8』は、目隠しされて身動きが取れないパニック状態やな」
うちはカードの絵柄をデコネイルで弾き、空中で身を捩らせて暴れる有翼の獅子を、ジッと鋭く観察した。
「……なるほどな。あのデカい鳥ライオン、怪我しとるんやない。この渓谷に響いとる『キィィィン』っていう高周波ノイズのせいで、極度の『ノイローゼ(神経衰弱)』になっとるんやわ」
動物の耳は、人間の何倍も敏感や。
うちらでも不快に感じるこのノイズが、あの神霊の耳には、文字通り脳を掻き回されるような激痛として響いとるんやろう。
水晶玉を使うまでもなく、うちの頭の奥に強烈な「ノイズ(前世の記憶)」がフラッシュバックした。
……一瞬だけ、前世の大阪で、隣のマンションの解体工事が朝から晩まで鳴り響き、「ドドドドドッ!」「キィィィン!」という騒音のせいで、夜も眠れずにノイローゼになりかけた時の、あの「どうにもならないイライラと吐き気」の記憶が重なって見えたわ。
(……あー、わかるで。逃げ場のない騒音ってのはな、暴力よりずっとタチが悪くて、人の心を確実にぶっ壊すんや……!)
うちはハチミツ味の飴ちゃんを奥歯でガリッと噛み砕き、その不快なフラッシュバックを怒りのエネルギーに変えて、三枚目のカードを睨みつけた。
「そして、対策を示す『塔』の正位置。……アレン! この騒音の元凶は、自然現象やない! どっかに巨大な『人工の建造物』があるはずや!」
「建造物……!? はっ!」
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アレンが『刹那の観測』の極限の視力を全開にし、暴風を避けながら渓谷のさらに上部……切り立った崖の頂上付近をスキャンする。
「……見えました! 静江さん、あの崖の一番高いところ! 不自然に削り取られた岩盤の上に、黒光りする『巨大な鉄塔』が建てられています! あの鉄塔の先端から、波紋のように『魔力の電磁波』が周囲に撒き散らされている!」
「やっぱりな! 帝国の連中が、この新大陸の通信網を作るか、魔力を増幅させるために建てた『特大のアンテナ』やわ!」
人の庭に勝手に土足で踏み込み、周囲の環境も住人の迷惑も一切考えずに、強烈な電磁波(騒音)を撒き散らす巨大鉄塔。
そのせいで、この大空の王者は方向感覚を失い、ノイローゼになって空から墜落してしもうたんや。
「なんや、隣の工事の騒音で頭おかしなりそうなんか! そら、あんなん二十四時間聞かされたら、誰かて暴れたくなるわな!」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ直した。
『キシャアアアァァァッ!!』
有翼の獅子が、痛みに耐えかねて、うちらを騒音の元凶と勘違いしたのか、巨大な爪を振り上げて突進してきた。
「……アレン! 騒音クレームの基本は、まず被害者の話を落ち着いて聞いてやることや! あいつの動きを一瞬だけ止めて、耳栓(麻酔)したるで!」
「了解しました! 踏み込みの隙を作ります!」
騒音トラブルでノイローゼになった神霊と、原因を完全に特定したおばちゃん。
最悪の不法建築をぶっ壊すための、オカン流・クレーム対応(ご近所トラブル解決編)が、大渓谷のド真ん中でいよいよ本格的に幕を開けようとしとったんや!
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