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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第20話 豪華な招待状と、ヒョウ柄の戦闘服

 ルミナの街に「水」が戻り、地下から凱旋してから数日。酒場『黄金の樽亭』は、かつてないほどの熱気に包まれていた。


 店の外では、噴水から溢れる清らかな水が、石畳の上を涼やかな音を立てて流れている。その水は、数代前の爺やが守ろうとした「ルミナの心臓」の鼓動そのものや。街の人々は、かつてないほど美味いエールに酔いしれ、口々に「あのヒョウ柄の姉ちゃんが、水の女神様を味方につけたんや」と、根も葉もない、けれど温かい噂を肴に盛り上がっとる。


「……静江さん。それ、また新調したんですか。今度は……その、なんというか、威圧感が一段と増してますね」


 厨房から戻ってきたアレンが、店の隅で鏡と向き合ううちを見て、引きつった笑いを浮かべた。

 うちが今、鏡の前で肩を回しているのは、光沢の強い漆黒のサテン生地に、背中一面、金糸と銀糸を贅沢に使って、龍と虎が睨み合っている刺繍が施された特注のスカジャン風ブルゾンや。しかも、その龍の爪の間には、太い楷書体で『極』の一文字がこれでもかと主張しとる。


「ええねん。これから侯爵家っていう『虎の穴』に正面から乗り込むんやから、こっちも気合入れなあかんやろ。見てみ、この刺繍。大阪の腕利きの職人が……あ、いや、うちの故郷の熟練工が魂込めて縫った逸品や。この龍の目が、不敬な奴らを睨み殺してくれるわ」


 ブルゾンを羽織るたび、シャカシャカという乾いた、けれど重厚な摩擦音が店内に響く。この「現代の繊維」特有の音が、うちをこの中世の緩慢な空気から切り離してくれる気がするんや。


 そこへ、カイルがひらひらと一枚の、やたらと分厚い羊皮紙を弄びながら入ってきた。

 その紙は、ルミナで使われている安物のパピルスとは格が違う。真っ白に晒され、縁には金箔が押され、封蝋には侯爵家の正式な、剣と盾をあしらった大仰な紋章。さらに、近づくだけで鼻をつくような、甘ったるくて気取った香水の匂いがプンプン漂ってきよった。


「静江さん、おめでとう。本家の『本尊』……つまり私の父であり、現領主の侯爵様が、君を正式に晩餐会へ招待したいそうだ。……表向きは『水路解決の謝礼』だが、行間からは『あの化け物を間近で観察して、あわよくば手懐けるか、さもなくば息の根を止めたい』という殺意が、この香水よりも濃厚に香っているよ」


「……へぇ、晩餐会。ええもん食べさせてくれるんやろか。アレン、この紙、ちょっとエールのジョッキ置くのに丁度ええ厚さやわ。そこに敷いといて」


「静江さん! 侯爵家からの招待状をコースターにしないでください! そもそも、それを受け取る僕の手が震えてるんですから!」


 アレンの叫びを柳に風と受け流し、うちはカイルの手からその「高級な紙切れ」をひったくった。そして、テーブルの上に広げた二十二枚のタロットの中から、無造作に一枚を裏返した。


「『正義』の逆位置。……ふん、向こうの言う『正義』なんて、銭勘定と面子メンツで天秤がガタガタに狂っとるわ。……カイル、あんたの親父さん、今えらい焦ってるやろ? 水を止められただけやない。……侯爵領の商人たちが、夜逃げ同然にルミナへ『所属変更』の打診をしに来とるんやろ?」


 カイルは肩をすくめて、うちの横の丸椅子にドカッと座った。


「お見通しだね。……ルミナの水は清らかで、税はエルゼ令嬢のおかげで適正。一方、侯爵領は枯れ果てた畑と、それを取り繕うための更なる増税……。鼠たちが沈みゆく船から逃げ出し、快適なルミナの港へ泳いでくるのは当然の理さ。父は今、パニックを通り越して、君を『侯爵家の千年の繁栄を食い荒らす、金色の悪魔』だと思い込んでいるよ」


「失礼やな。うちはただの、派手な服が好きなおばちゃんや。……よし、バネッサさんに連絡しなはれ。……『侯爵家を丸ごと買い取る準備、そろそろ始めよか』ってな」


 その時、酒場の扉が勢いよく開き、バネッサが文字通り鼻息荒く入ってきた。

 彼女は片手に巨大な算盤そろばんを抱え、もう片方の手には最新の市場動向が記された報告書を握りしめている。その目は、地下水路で亡霊の爺やを見て泣いていた時とは別人の、冷徹で貪欲な「守銭奴」の光を湛えていた。


「静江! 聞いたよ、ついに招待状が来たんだってね! ……いいかい、これは千載一遇のチャンスだよ。侯爵家は今、メンツを保つために必死で周辺の銀行家からカネをかき集めている。……そこでこれだ。ルミナの商業ギルドが、侯爵領の『焦げ付いた債権』を裏からすべて買い取る。……つまり、侯爵様は明日から、うちの犬になるってわけさ!」


 バネッサの算盤がチャカチャカと猛烈な速さで弾かれる。その乾いた音が、まるで処刑台へのカウントダウンのように店内に響いた。これぞプロの商売人や。うちはこの「エグさ」が大好きやわ。


「エグいなぁ、バネッサさん。……でも嫌いやないわ。……アレン、あんたも付いてきなはれ。……侯爵家の晩餐会で、マナーなんか知ったこっちゃない顔して、一番高い肉を腹一杯食べるんが、一番の復讐やからな。あんたの剣は、うちが肉を切り分けるナイフが折れた時にだけ、抜けばええわ」


「……肉切りナイフの代わりに剣を抜けと……? 静江さん、本当に行くんですか、その格好で……」


「ええねん! 『郷に入っては郷に従え』やなくて、『郷に入ったらうちがルールや』。それが浪速のおばちゃん道や! うちが歩いた跡が、そのまま新しいマナーになるんやから!」


 うちはアイテムボックスの奥から、目の覚めるような鮮やかな黄色の「レモン味」の飴を取り出した。


「これ、カイルに。……あんた、親父と会うの、吐き気がするほど嫌やろ? これ舐めて、酸っぱさでそのドロドロしたもん、吹き飛ばしなはれ。……あんたの復讐は、この酸っぱさの後に来るはずや」


 カイルは苦笑しながら、その毒々しいほど黄色い飴を受け取り、躊躇なく口に入れた。

 一瞬、あまりの酸味に彼の端正な顔がクシャクシャに歪んだ。涙目になりながらも、その直後、彼の瞳から「迷い」という名の濁りが消え、研ぎ澄まされた刃のような復讐者の光が戻った。


「……酷い味だね。……でも、おかげで視界がクリアになったよ。……行こうか、静江さん。……侯爵家の豪華で、退屈で、嘘だらけの食卓を、君のその下俗で誇り高いヒョウ柄で、完膚なきまでに塗り替えてやるんだ」


 うちはニカッと笑い、ブルゾンの『極』の金糸を力強く叩いた。

 

 見た目は派手なギャル、中身は最強のオカン、正体は不老不死の怪物。

 そんな奇妙な一行が、今度は権力の牙城へと、正面から乗り込んでいく。


「さぁて、侯爵様。……おばちゃんの『出張鑑定』、高い付くでぇ!」


 ルミナの酒場に、ガハハという静江の高笑いが響き渡った。

 それは、古い貴族社会の終焉と、新しい「銭と生活」の時代の幕開けを告げる、痛快な序曲やった。


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