第190話 オカンのご近所付き合いと、胃袋から崩れる包囲網
荒野の魔族たちを束ねる大長老から「少しでも怪しい真似をすれば首を掻き切る」と強烈な拒絶を受けた、その翌朝。
赤茶けた大渓谷の底にある巨大集落は、朝靄の中でピンと張り詰めた緊張感に包まれとった。
……やけど、そんな物騒な空気なんて、おばちゃんには一切関係あらへん。
「おっはようさん! 今日もええ天気やね! 洗濯物がよう乾きそうやわ!」
うちは集落の端っこに勝手に張ったテントから飛び出し、ヒョウ柄のポンチョをバサッとはためかせながら、特大のゴミ拾いトングでカチャカチャと音を立てて、集落の「ゴミ拾い」を始めとった。
魔族の戦士たちは、弓や槍を片手にうちらのテントを遠巻きに包囲し、いつでも攻撃できるように殺気を放っとるんやけど……。
その包囲網のド真ん中を、うちは「あ、ちょっとごめんやで。そこ、魔獣の骨落ちとるから拾わしてな」と、トングで器用に足元のゴミを拾いながら、鼻歌交じりにズンズン歩き回っとるんや。
「……静江さん。本当に心臓に毛が生えていますね。四方八方から、物凄い殺気で睨まれているんですよ……?」
テントの前で、西の大陸の長剣をいつでも抜けるように構えているアレンが、胃を押さえながら苦笑いする。
「アホ! ご近所付き合いの基本は、元気な挨拶と『自分の家の前の掃除』からや! うちらは今、この集落の端っこに住ませてもろてるんやから、町内会のルールにはきっちり従わなアカンねん!」
「町内会って……ここ、人間の侵入を絶対に許さない戦闘部族の聖地ですよ……」
アレンのツッコミを華麗にスルーし、うちは集落の広場へと進んでいった。
広場では、魔族の女性たちが、朝の食事の準備や、魔獣の毛皮をなめす作業をしとった。
彼女たちもうちの姿を見ると、サッと警戒して子供たちを背中に隠し、敵意に満ちた目を向けてくる。
言葉は通じひんけど、態度は完全に「あっち行け」や。
「……おっ、ちょっと待ち」
うちは足を止め、広場の隅で泣きじゃくっている一人の魔族の男の子に目を留めた。
五、六歳くらいやろうか。膝をすりむいて血を流しとるのに、母親らしき女性が両手が塞がっていて、すぐに手当てができずに困り果てとる。
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「あちゃー、派手に転んだな。痛いやろ」
うちはトングを肩に担ぎ、その親子の元へズカズカと歩み寄った。
「ヒッ……! く、来るな、人間の女!」
母親が驚いて子供を庇おうとするが、うちは「動いたらアカンよ」と優しく声をかけ、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
バシッ、と一枚のカードをめくる。
出たのは、『太陽(The Sun)』の正位置や。
「『太陽』の正位置。……純粋な生命力と、回復の暗示や。あんたの坊や、骨には異常ないわ。ただの擦り傷やから、すぐに元気に走り回れるようになるで」
うちはカードをしまうと、アイテムボックスから怪我を治す黄色の『レモン味』の飴ちゃんを取り出し、泣いている男の子の口元へそっと差し出した。
「ほら、坊や。痛いの痛いの飛んでいけ、や。これ舐めな」
「だ、駄目だ! 人間の食べ物など、毒が入っているに決まっている!」
母親が叫んで止めようとしたが、男の子は飴から漂う爽やかな柑橘の香りに釣られ、思わずパクッと口に入れてしもうた。
「あっ……!」
母親が顔面を蒼白にする。
だが、次の瞬間。
レモン飴の強烈な回復魔力と、ビタミンCの酸っぱさが、男の子の身体に弾けた。
「……すっぱ! ……あ、あれ? 痛くない……!」
男の子は目をまん丸くして、自分の膝を見下ろした。
さっきまで血を流していた擦り傷が、ジュワァァッと音を立てて塞がり、跡形もなく綺麗に治ってしもうたんや。
「お、お母ちゃん! 見て! 痛いの、全部消えちゃった! それに、このお菓子、すっごく美味しい!」
男の子が満面の笑みで立ち上がり、ピョンピョンと跳ね回る。
その光景を見て、母親は呆然と口を開けた。
遠巻きに見ていた他の魔族の女性たちも、「信じられない……」「人間の魔法で、あんなに一瞬で傷が……」と、どよめき始めた。
「せやろ? おばちゃんの特製サプリメントや。……お母さん、あんたも毎日家事と子育てで、えらい肩凝っとるやろ。目元にもクマできとるし。これ舐めて、ちょっと一息つきなはれ」
うちは、ポカンとしている母親の口にも、疲労回復の『イチゴ味』の飴ちゃんを強引にポイッと放り込んだ。
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「んぐっ……!? ……な、なんだこれは……」
母親は吐き出そうとしたが、イチゴの濃厚な甘さと、体の奥底から湧き上がるような疲労回復の効果に、思わず目を細めてしもうた。
「……甘い。それに、重かった肩が……嘘のように軽い……。あなたは、本当に私を呪うために来たのではないのですか……?」
「呪う暇があったら、晩御飯の献立でも考えるわ! うちはただの出張鑑定の占い師や。ご近所さんが困ってたら、お節介焼くのが大阪のオカンの仕事やねん!」
うちはガハハと笑い、広場にパイプ椅子を広げてどっかと座り込んだ。
「さぁさぁ! 他にも痛いとこある奴、悩みがある奴はおらんか! おばちゃんがタロットと飴ちゃんで、全部スッキリ解決したるで! もちろん、ご近所価格で無料や!」
うちの威勢の良い声に、警戒していた魔族の女性たちや子供たちが、恐る恐る、けれど確実に興味を惹かれて集まり始めた。
「……あの、私、最近腰が痛くて……」
「うちの子が、夜泣きがひどくて眠れなくて……」
「はいはい、順番に並びなはれ! 腰痛にはレモン飴! 夜泣きには、お母さんがリラックスするためのオレンジ飴や! タロットの運気もオマケで見といたるわ!」
数十分後。
広場はすっかり、おばちゃんを中心とした「大盛況の井戸端会議」と化しとった。
人間への深い憎悪と不信感を抱いていたはずの魔族の女性たちが、すっかり毒気を抜かれ、飴ちゃんを舐めながら笑顔でうちと世間話をしとる。
「いやぁ、静江さん! あんたの飴、本当にすごいわ! 人間にも、こんないい人がいたのね!」
「せやろ! 悪い人間ばっかりやないんやで。……で、今日の夕飯は何するん? ええ魔獣の肉が手に入ったんやったら、生姜焼きにするとええで!」
言葉の壁も、種族の壁も、オカンの「生活感」と「胃袋の掌握」の前には、ただの低い段差でしかなかったんや。
その光景を、少し離れた岩陰から、赤き鷹と、荒野の大長老が呆然と見つめとった。
「……大長老様。あのように、たった数十分で我らの女子供の心を掴むとは……。やはり彼女は、ただの人間ではありません」
赤き鷹が、感嘆の息を漏らす。
「……おのれ。卑劣な手で我らの民をたぶらかしおって。……だが、女子供が懐いたところで、我ら戦士の誇りは決して屈せんぞ。あの女が少しでも油断を見せれば、その時こそ……」
大長老が杖を握りしめ、ギリッと歯を食いしばる。
大長老の心の壁は、まだ分厚い。やけど、確実におばちゃんの手によって「外堀」は埋められつつあった。
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その日の夕方。
井戸端会議を終えてテントに戻ったうちは、満足げに伸びをした。
「ふぅ、ええ仕事したわ。これで集落の女子供は、完全にうちらの味方やな」
「本当に……静江さんのコミュニケーション能力には恐れ入ります。これなら、数日もすれば大長老の意地も折れるかもしれませんね」
アレンが感心したように、夕食の準備をしながら言う。
だが、うちはテントの入り口から、空を見上げて少しだけ顔をしかめた。
夕焼けの赤茶けた空が、なぜか不気味なほど急速に「どす黒い紫色」へと変わりつつあったんや。
風の匂いが、乾いた荒野の匂いから、空気が焦げるような『オゾンの匂い』へと変わっていく。
「……アレン。お空が、すっごくビリビリしてへんか? なんか怒っとるみたいやわ」
うちが呟いた、その時。
ゴロゴロゴロ……ッ!!
遠くの山脈の彼方から、地鳴りのような雷鳴が響く。
それと同時に、集落の奥から、大長老の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「おおお……なんということだ! 帝国の環境破壊によって、ついに『あれ』が……荒野の守り神である『雷鳥』が、怒り狂って目覚めてしまったというのか!」
「雷鳥やて?」
うちはアイテムボックスからタロットカードを取り出し、バシッと一枚展開した。
出たのは、『塔(The Tower)』の正位置。
制御不能な大災害の急接近や。
「……どうやら、のんびりご近所付き合いしてる時間はあらへんみたいやな」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、ビリビリと紫電が走る空を睨みつけた。
帝国が新大陸の奥地で行っている「特大の環境破壊」。
その影響で狂暴化した伝承の大怪鳥が、怒りの矛先をこの集落へ向けようとしとった。
荒野の魔族との「真の同盟」を懸けた、おばちゃん流・大自然のクレーム対応が、いよいよ雷鳴とともに幕を開けようとしとったんや!
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