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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第18話 月の反射と、水の契約解除

 地下貯水槽の空間は、アレンが斬り裂いた水の蛇の残滓で、白く煙っていた。


 銀色のマジック・トーチの光が、細かな飛沫に反射して、まるで地下に星空が降りてきたような幻想的な光景を作っとる。けれど、正面に座る亡霊のような老人から放たれる執念の冷気は、そんな美しさを容易く凍りつかせていた。


「……水を、渡さぬ。契約、契約、契約……侯爵の……」


 老人が再び杖を振り上げようとする。アレンが飴の効果で研ぎ澄まされた神経を尖らせて踏み込もうとしたが、うちはその肩をガシッと掴んで止めた。


「アレン、待ちなはれ。これ以上斬っても、このおじいさんの『心』は救われへん。……カイル、あんたもそこに立ちなはれ」


 カイルは無言で、けれど微かに震える足取りで老人の前に進み出た。

 うちは懐から、さっき浮かび上がった十八番目のカード――**『月(The Moon)』**を取り出した。

 通常、このカードには不安や迷いが描かれとるけど、今のうちの指先にあるそれは、貯水槽の静かな水面をそのまま切り取ったような「鏡」になっとった。


 カードの表面、描かれた月が放つ淡い光の中に、今の二十代のギャルやない姿が浮かび上がる。

 少し猫背で、目尻に深いシワがあって、パンチパーマを茶色く染めた――大阪の商店街で飴ちゃんを配り歩いていた、あの頃の「自分」の姿や。


(……なんや、久しぶりやんか。やっぱりうちは、こうやないと落ち着かへんな)


 カードの中の「おばちゃん」が、ニカッと笑った気がした。

 うちはその『月』のカードを、老人の濁った瞳の前に突きつけた。カードが反射する「真実の光」が、老人の瞳を打つ。


「おじいさん、ええ加減に現実見なはれ。あんたが守ってるその『契約』、もう何十年も前に賞味期限切れや。……あんたの主(侯爵)は、あんたのことなんかとっくに忘れて、今はその孫の代が、あんたの愛したこの街をカネで汚そうとしとるんやで。……これがあんたの、本当の望みか?」


 老人の杖が、カタカタと音を立てて止まった。

 うちはカードの力を借りて、老人の意識の深層――彼が執着している「聖女の約束」の断片を読み取っていく。


 かつて、この街を愛した侯爵家次男の若者がいた。彼は、聖女がもたらした豊かな水を誰もが分け合えるよう、生涯をかけてこの迷路のような水路を整備した。その傍らには、常に忠実な記録官であったこの老人がいた。

 二人が交わした「契約」は、領地を増やすための政治工作やない。未来の住人たちが、飢えることなく喉を潤せるようにという、祈りに近いものやった。


「あんたが本当に守りたかったんは、侯爵の土地やない。聖女様がこの街に遺した『誰もが喉を潤せる平和』やったんとちゃうか? ……あんたの首から下げてるその印章。カイルに、返してやりなはれ」


「……あ……う……」


 老人の口から、漏れ出すような吐息が零れた。

 カイルが堪らず、老人の膝元に崩れ落ちる。


「……爺や。もういいんだ。……私は、侯爵家を継ぐ気なんてない。あんたが守ってきたこの綺麗な水を、あいつらの欲の道具にさせたくないんだ。……だから、もう休んでくれ。あんたが記録を書き終えたあの日から、もうルミナの時計は動き出しているんだ」


 カイルのその「嘘のない」言葉が、最後の引き金になった。

 老人の身体から、どろりとした黒い執念の影が抜け、水の底へと溶けていく。

 同時に、貯水槽の巨大な石のレバーが、誰の手も借りずに「ゴゴゴ……」と重低音を響かせて回り始めた。


 出口へと流れる水の音が、それまでの濁った音から、透き通った軽やかな音へと変わっていく。

 それはルミナの街全体に、新しい命の脈動が届き始めた瞬間やった。


「『審判』の正位置。……再生と、過去の精算や。……おじいさん、最後に飴ちゃん、食べなはれ。……これは、この世で一番甘い、上がり(引退)の飴や」


 うちは老人の枯れ木のような手に、真っ白なハッカ味の飴を握らせた。

 老人はふっと穏やかな微笑を浮かべると、そのまま光の粒となって、ルミナの地下水路へと溶け込んでいった。


 マジック・トーチの光を浴びたサテンのブルゾンが、虹色に輝いている。

 バネッサもまた、商売の計算を忘れたような顔で、その水の流れを見つめていた。


「……さて。水の主導権は、うち(ルミナの民)が握ったわ。……カイル、泣いてる暇はないで。……地下が片付いたんなら、次は地上の『掃除』や」


 うちはカイルの肩をポンと叩き、噴水の出口へと続く階段を見上げた。


「……静江さん。さっきの、カードの中に映っていた人……。あれは、静江さんの本当の……」

 アレンが震える声で聞いてきた。


「……しぃー。アレン君、あんまり深いこと聞いたら、飴ちゃん抜きにするで。……うちはうち。ハデなギャルでおばちゃんの静江、それだけでええやろ?」


 うちはニカッと笑い、光の射す地上へと踏み出した。


 地上では、自分たちのインフラが脅かされているとも知らず、傲慢な侯爵家が次の「契約」を準備しとる。


「侯爵様。あんたらがどれだけ高い地位におろうが、足元の『水』を止められたら、何もできへん。……おばちゃんの反撃は、これからが本番やで!」


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