第163話 赤鯱の飢餓と、幽霊船への海鮮炊き出し供養
お風呂の水垢落とし理論で、黒海亀一家の数十人の船員たちを「サンゴの石灰化」から救い出したうちら。
彼らの無傷のガレオン船三隻が加わり、うちらの『オカン・ユニオン海賊支部』の艦隊は、いよいよ本格的な大船団の様相を呈してきとった。
「姐さん! 次の島が見えてきやしたぜ! あそこは『赤鯱一家』っていう、武闘派の海賊が縄張りにしてる島です!」
甲板の雑巾がけを終えたガトーが、犬のように尻尾を振りながら案内役を務めとる。
「武闘派ねぇ……。でも、なんかあそこの島、えらい空気がどんよりしてへんか?」
うちは特大のサングラスを押し上げ、近づいてくる岩礁の島を睨んだ。
島には砦のような荒々しい建物が並んどるんやけど、活気が全くない。それどころか、港に停泊している赤鯱一家の船員たちが、みんなフラフラと幽鬼のようにうろついとる。
うちらの艦隊が港に横付けしても、彼らは武器を取るどころか、その場にへたり込んでしもうた。
「……なんや、あんたら。武闘派の海賊が、えらいシケた面しとるな。朝ごはん抜いてきたんか?」
うちが甲板から見下ろして声をかけると、赤鯱一家の頭領らしき男が、頬をゲッソリとこけさせた顔で睨み返してきた。
「……朝飯どころか、もう三日もまともに食ってねぇよ。……なんだあんたら。俺たちの首を獲りにきたなら、さっさと殺せ。もう剣を振る力も残ってねぇ」
「三日も!? あんたら、海賊のくせに漁にも略奪にも行ってへんのんか!」
「……出られねぇんだよ! 毎晩毎晩、この島の沖合に巨大な『幽霊船』が居座りやがって! 海に出ようとした船は、全部あの青白い火の玉に沈められちまったんだ!」
頭領の悲痛な叫びに、アレンが「幽霊船ですか」と剣の柄に手をかけた。
「……なるほどな。海に出られんで兵糧攻め状態っちゅうわけか。腹が減っては戦もできへんわな」
うちはアイテムボックスから、タロットカードを取り出した。
バシッと一枚展開する。出たのは、『月(The Moon)』の正位置。見えない恐怖と、過去の幻影や。
「しゃあない。今日の宿代代わりに、おばちゃんがその幽霊船の『苦情処理』したるわ。……ガトー! 黒海亀の船長! あんたら、海に潜って美味そうな魚や貝、ぎょうさん獲ってきなはれ! 晩飯の準備や!」
「は、はいぃっ! 喜んで!」
元・中堅派閥のボスたちが、オカンの指示で嬉々として素潜り漁に向かっていった。
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その日の深夜。
赤鯱一家の島から少し離れた真っ暗な沖合に、うちはアーニャの船を出して、甲板のド真ん中にパイプ椅子を広げて座っとった。
やがて、海面がボコボコと不気味に泡立ち、周囲の気温が急激に下がった。
濃い霧の中から、ギシ……ギシ……と木がきしむ嫌な音を立てて、青白い燐光を放つ巨大な『幽霊船』が姿を現したんや。
『……うらめしや……。腹が……減った……』
『……俺たちを沈めた……帝国の犬どもめ……! 海の底は、冷たくて、ひもじい……!』
幽霊船の甲板には、ボロボロになった海賊や開拓者たちの亡霊が、飢えと恨みで目を血走らせながらうごめいとった。
「……静江さん。どうやら彼らは、新大陸へ向かう途中で、帝国の軍艦に理不尽に沈められた者たちのようですね」
アレンが聖水のモップ槍を構えながら、悲痛な声で呟く。
「せやな。無念なんは分かるけど、よそ様の家の前で通せんぼして、関係ない連中まで巻き添えにするのはただの八つ当たり(迷惑行為)やわ。……アレン、アーニャ! 用意はええか!」
「はい! オカン!」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、アイテムボックスから『特大の寸胴鍋』と、昼間にガトーたちが獲ってきた大量の白身魚、エビ、カニ、そして貝類をドサドサッと甲板にぶちまけた。
アレンが神速の剣技で魚介類を瞬く間に捌き、アーニャたちが薪に火をくべる。
大和郷で仕入れてきた「昆布出汁」と「醤油」をドバッと入れ、極上の『特大・海鮮寄せ鍋』を一気に煮立てたんや。
グツグツグツ……ッ!
夜の海に、暴力的なまでに食欲をそそる、出汁と磯の香りが立ち上る。
『……な、なんだ……? この匂いは……』
『……美味そうな……温かい匂いがする……』
怨念を撒き散らしていた亡霊たちの動きが、ピタリと止まった。
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「まだまだ! 仕上げはこれや!」
うちは、すり鉢で粉々に砕いた緑色の『メロン味』と、赤色の『イチゴ味』の飴ちゃんを、特製スパイスとして鍋の中にパラパラと振り入れた。
飴ちゃんの魔力が溶け込んだ鍋から、魂の奥底まで染み渡るような金色の湯気が立ち上る。
「おーい! そこの幽霊船の兄ちゃんら! 腹減って泣いてるんやったら、意地張らんとこれ食いに来なはれ! おばちゃん特製の、海鮮飴ちゃん鍋やで!」
うちが特大のトングでお玉を叩いて知らせると、亡霊たちは武器を捨て、ふらふらと夢遊病のようにうちらの船へと乗り移ってきた。
うちは、彼らの透き通った手に、熱々の海鮮鍋を次々とよそって手渡していく。
『……あ、ああ……。温かい……。冷え切った腹の底から……力が湧いてくる……!』
『……美味い。……俺たち、ただ……もう一度、お腹いっぱい美味いもんが食いたかっただけなんだ……』
飴ちゃんの魔力が溶け込んだ極上のスープをすすった亡霊たちの顔から、ドス黒い怨念と飢餓感がスゥッと消え去っていく。
生前の、荒くれ者やけど陽気だった海賊たちの笑顔が戻ってきたんや。
「せやろ。人間も幽霊も、腹が減ったらロクなこと考えへん。……あんたらを沈めた帝国の連中には、うちらが新大陸で特大のクレーム(物理)入れといたるから、安心してお天道様の下へ帰りなはれ」
うちが優しく肩を叩くと、亡霊たちは空になったお椀を大事そうに抱え、「……ありがとう、姉御。俺たちの無念、預けたぜ」と深く頭を下げ、キラキラとした光の粒になって、夜空へと昇っていった。
青白かった幽霊船も、サラサラと砂のように崩れ去り、海には静かな波音だけが戻ってきた。
「……消えましたね。海の淀みも、完全に晴れました」
アレンがモップ槍を下ろし、星空を見上げる。
「せや! 腹ペコの幽霊には、説教より炊き出しが一番やからな! ……おーい! 赤鯱一家のあんたら! 幽霊は片付いたで! 鍋もぎょうさん余ってるから、腹いっぱい食いなはれ!」
うちが島に向かって叫ぶと、港で震えていた赤鯱一家の海賊たちが、泣き叫びながら船に群がってきた。
「あ、姉御ォォォッ! 一生ついていきやす! 俺たちも、今日からオカンの組合に入れてくだせぇぇッ!」
飢えと恐怖から救われた武闘派の海賊たちが、鍋をすすりながら甲板に土下座の列を作る。
こうして、幽霊船の噂はオカンの海鮮鍋によって綺麗に片付き、オカン・ユニオンの艦隊はさらにその規模を大きくしていったんや!
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