第162話 サンゴの奇病と、オカン流・水垢(石灰)落とし
中堅派閥『黒海亀一家』の無傷の旗艦に乗り移ったうちらが、分厚い幌の下で見たもの。
それは、皮膚が石のように硬化し、肉を突き破って毒々しい紫色のサンゴやフジツボがビッシリと寄生している、数十人の船員たちの無惨な姿やった。
「た、助けてくれぇ……。身体が、石になっていく……! 息が、息ができない……ッ!」
完全に石化しつつある船員の一人が、サンゴに覆われた口から血の泡を吐き出しながら、うちに向かって硬直した手を伸ばしてくる。
「……これは酷い。壊血病(海の呪い)なんかとは次元が違います。生きたまま肉体が珊瑚礁の苗床にされているような……」
アレンが顔をしかめ、悪臭と異様な光景に思わず鼻を覆った。
「……姐さん。俺の部下たちは、数日前にあの『沈む海(泡の海域)』のさらに奥、奇妙な色の海流に迷い込んでから、この奇病に……」
黒海亀の船長が、泥だらけの甲板に這いつくばったまま、泣きそうな顔でうちを見上げる。
「全財産でも、この艦隊でもくれてやる! だからどうか、姐さんの特効薬でこいつらを……!」
うちは黙って、アイテムボックスからタロットカードと特大の水晶玉を取り出した。
水晶玉を船員の石化した腕にそっと近づけ、視界を霊的な波長に切り替える。
……あちゃー。これは呪いやないな。
「……船長さん。あんたら、ただの海流に迷い込んだんやない。海底火山の近くで噴き出した『異常な濃度のミネラルと魔力の混ざりもん』を、モロに浴びてしもうたんやわ」
「ミ、ミネラル……?」
「せや。このサンゴもフジツボも、あんたらの体から養分を吸って、急激に『石灰化』して固まっとるんや。……レモン味の飴ちゃんだけじゃ、ちょっとパンチが足りへんなぁ」
うちは腕を組み、特大のサングラスの奥で目を細めた。
頭の奥で、前世の大阪での「年末の大掃除」の記憶がフラッシュバックする。
(……あー、わかるで。お風呂場の鏡とか、シンクの周りにガチガチにこびりついて白く固まった、あの憎き『水垢汚れ』や。あれ、普通の洗剤でいくらゴシゴシ擦っても、絶対に落ちへんのやんな……)
うちは、パイプ椅子を広げてどっかと座り、ニカッと笑った。
「アレン! アーニャ! 手伝いなはれ! おばちゃんの『水回り徹底お掃除術』の出番や!」
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「えっ!? お掃除術、ですか!?」
アレンが目を丸くする中、うちはアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
取り出したのは、大量の『キッチンペーパー(布)』と、巨大な『お酢の瓶』、そして怪我を治す『レモン味の飴ちゃん』や。
「ええか、よう聞きや! このサンゴやフジツボ、要するにガチガチに固まった『石灰(アルカリ性の汚れ)』やねん! 力任せに削り取ったら、下の肉まで傷ついてまう! こういう時はな、酸性のモンで溶かすんが鉄則や!」
うちはすり鉢でレモン味の飴ちゃんを限界まで細かく砕き、それをお酢と少量の聖水で割って、特濃の『クエン酸入り特製お酢パック液』を作り上げた。
強烈な酸っぱい匂いが、甲板の磯臭さを一気に吹き飛ばしていく。
「ほら、アレン! このキッチンペーパーに特製液をヒタヒタに染み込ませて、石化してるおっちゃんらの身体に、隙間なくピッタリ貼り付けていくんや!」
「は、はい! 了解しました!」
アレンが神速の動きでペーパーを浸し、アーニャたちと協力して、サンゴが寄生している船員たちの身体に次々と『酸性パック』を施していく。
「よし、貼り終わったらその上から、魔獣の腸から作った『防水シート(サランラップの代わり)』を巻いて密封や! これで酸が蒸発せんと、石灰の奥深くまで浸透するんやで!」
うちの指示通り、船員たちは全身をペーパーとシートでぐるぐる巻きにされ、まるでミイラのような姿になって甲板に並べられた。
「……ね、姐さん……。本当に、こんなお酢と布を巻いただけで、この恐ろしい呪いが解けるんでしょうか……?」
黒海亀の船長が、半信半疑の震える声で尋ねてくる。
「慌てなさんな。汚れを浮かせるには『つけ置きの時間』が必要なんや。……カップ麺ができるくらい待てば、ええ頃合いやわ」
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数分後。
全身をパックされた船員たちの身体から、シュワシュワ……ジュワァァッ……と、微かな炭酸ガスのような音と白い煙が上がり始めた。
レモン飴の魔力とお酢の強烈な酸が、彼らの皮膚を覆っていた石灰質のサンゴとフジツボを、内側からドロドロに溶かし始めたんや。
「……よし、ええ頃合いやな。アレン! シートとペーパーを全部剥がしなはれ!」
「はいっ!」
アレンが素早い手つきで、船員の一人からシートを剥ぎ取った。
すると、さっきまで肉にガッチリと食い込んでいたはずの紫色のサンゴやフジツボが、まるで泥のようにグズグズに崩れ、ペーパーと一緒にズルリと綺麗に剥がれ落ちたんや。
剥がれた後の皮膚には、レモン飴の回復魔力が浸透しており、傷一つない健康的な肌が戻っとった。
「おおぉぉっ……! 息が……息ができる! 身体が動くぞ!」
「石が……呪いが溶けて消えた……!」
パックを剥がされた船員たちが、次々と起き上がり、自分の無事な身体を見つめて歓喜の涙を流し始めた。
「……信じられねえ。あの不治の呪いが、こんな台所の道具だけで……!」
黒海亀の船長は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、うちの足元にすがりついて号泣した。
「姐さん! いや、オカン! あんたは命の恩人だ! 約束通り、俺の全財産でも、この艦隊三隻でも、好きにしてくれぇぇっ!」
「大げさやな、おっちゃん。全財産なんかいらんわ」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、特大のゴミ拾いトングで船長の肩をポンと叩いた。
「艦隊三隻、丸ごと『オカン・ユニオン』の傘下に入りなはれ。これからうちらは、三十の海賊団を全部束ねて、新大陸までの航路を『大掃除』しに行くところや。あんたらの無傷の立派な船と大砲、しっかり使わせてもらうで!」
「は、はいぃっ! この黒海亀一家の命、今日からオカンに預けやす!」
船長が深く頭を下げ、その後ろで息を吹き返した数十人の船員たちも、一斉に甲板に土下座して忠誠を誓った。
かつて最大派閥のボスだったガトーも、隣で「オカンの掃除術は世界一だぜ!」と誇らしげに胸を張っとる。
「……やりましたね、静江さん。これでアーニャの船と合わせて、四隻の立派な艦隊になりました。中堅派閥の黒海亀を取り込んだことで、他の海賊団への影響力も計り知れません」
アレンが剣を納め、爽やかに笑う。
「せやな! 特大の艦隊のお買い上げや! さぁ、あんたら! 次のお悩み相談の島へ向けて、全船出航やで!」
「「「応おおぉぉぉぉぉッ!!!」」」
お風呂の石灰落としの理論で、恐ろしい海の奇病をあっさりと解決してしまったおばちゃん。
手に入れた中堅派閥の艦隊を従え、オカン・ユニオンは魔の海域のさらに奥深くへと、意気揚々と船を進めていくんや!
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