第161話 白旗の複数艦隊と、石化する海の呪い
『沈む海(メタンハイドレートの泡)』の罠に自らハマって溺れかけた悪徳ボス・ガトーを、特大トングで拾い上げて説教と飴ちゃんで完全に屈服させた後。
うちらの乗るアーニャの海賊船は、白い泡の海域を無事に抜け出し、どんよりとした曇り空の下を波に揺られながら進んどった。
「……それにしても、静江さんの『人材登用』のえげつなさには、本当に何度見ても驚かされますよ」
甲板の隅で、アレンが呆れたような、けれどどこか楽しそうな声で呟いた。
「せやろか? 根性曲がってる奴ほど、一回プライドをへし折って『底』を見せたら、案外素直になるもんやで。それに、自分の庭(海)の掃除もよう知っとるやろし」
うちが冷えた麦茶をすすりながら視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっとった。
さっきまで「俺はこの海を支配する王だ!」と喚き散らしていた巨漢のガトーが、今はボロボロのシャツ一枚になり、両手に雑巾を持って、甲板を猛烈な勢いで磨き上げとるんや。
「姐さん! このあたりの床、ピカピカに磨き上げときやしたぜ! 次はマストの拭き掃除に取り掛かりやす!」
ガトーが、犬のように尻尾を振らんばかりの勢いで報告してくる。
三度の罠と三度の敗北、そして最後に自分の命を救われたことで、彼の「見栄と虚勢」で作られた重たい鎧は完全に剥がれ落ちとった。
「おう、ご苦労さん! あんた、案外掃除の才能あるやないの。その調子で頼むで!」
うちが褒めると、ガトーは「へへっ、ありがてぇ!」と嬉しそうに雑巾がけに戻っていった。
「……あのガトーが、完全に下働きに……。静江さん、あなた本当に、三十の海賊団を丸ごと手懐けてしまう気なんですね」
アレンが剣の手入れをしながら、苦笑交じりに首を横に振る。
「当たり前や。三十位の派閥がおるんやろ? まずはこのガトーに案内させて、一つずつ島を巡って『お悩み相談(物理)』をして回るんや。……なぁ、ガトー! 次の島はどっちや!」
うちが声をかけると、ガトーは雑巾を絞りながら海図を思い浮かべるように顔を上げた。
「へい! このまま西へ進めば、中堅派閥の海賊たちが縄張りにしている岩礁地帯に入りやす。ただ、あいつらは結構プライドが高くて……」
ガトーが説明をしかけた、その時やった。
「……姐さん! 前方より、船影! こっちに向かってきます! 一隻じゃない……三隻の艦隊だ!」
マストの見張り台に立っていたアーニャの部下が、緊迫した声で叫んだ。
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「海賊船の艦隊か! アレン、迎撃の準備を! 野郎ども、大砲に火を入れろ!」
アーニャが双剣を抜き放ち、眼帯の副船長も大剣を構える。
霧の中から姿を現したのは、真っ黒な帆を張り、傷一つない立派な装甲を持った三隻の海賊船やった。ガトーが目を細めてその船首の旗を確認する。
「……ありゃあ、俺がさっき言ってた中堅派閥、『黒海亀一家』の船団ですぜ! 縄張りに入ったから迎撃に来たのか……いや、様子がおかしいぞ?」
「様子がおかしい?」
うちが特大のサングラスを押し上げて目を凝らすと、確かにその海賊船の艦隊は「戦う気満々」という風体やなかった。
三隻とも、側面にある大砲の砲門はすべて分厚い布で塞がれており、何より、中央の旗艦のマストに掲げられたドクロ旗の下で、海賊たちが『巨大な真っ白なシーツ』を必死に振り回しとるんや。
「……白旗? 無傷の複数艦隊が、戦う前に降伏の合図ですか?」
アレンが怪訝な顔をして、剣の柄から手を離す。
『――頼む! 撃たないでくれ! 俺たちに抗戦の意思はねえ!』
近づいてきた旗艦の甲板から、拡声魔道具を使ったしわがれた声が響き渡った。
『……そこに、噂の「派手な占い師の姐さん」が乗っているんだろう!? 頼む、俺たちの話を聞いてくれ! 姐さんに会いたいんだ!』
その悲痛な叫びに、うちらの甲板がざわめいた。
「……静江さん。どうやら、あなたの『特効薬』と『悩み解決』の噂は、すでにこの海域の中堅派閥にまで広まりきっているようですね」
アレンが、面白そうに口角を上げる。
「特売の口コミの早さを舐めたらアカンで。……ええよ! 横付けしなはれ! どんな話か、聞くだけ聞いたるわ!」
うちが両手を口に当ててメガホン代わりに叫ぶと、相手の艦隊から「おおぉぉっ!」という安堵の歓声が上がった。
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ガコンッ、と鈍い音を立てて、黒海亀一家の旗艦がアーニャの船にピタリと横付けされた。
立派な木の板が渡され、うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、アレンとアーニャを引き連れて、相手の船へと堂々と乗り移った。
「姐さん! 来てくれて、本当にありがとうございやす!」
うちらが甲板に降り立つなり、亀の甲羅のような分厚い装甲服を着た大男――黒海亀一家の船長が、泥だらけの甲板にドゲザの勢いで平伏したんや。
「なんやなんや、えらい大げさな出迎えやな。あんたら、立派な船を三隻も持ってる中堅派閥なんやろ? 白旗まで上げて、どないしたんや」
うちがトングの先で船長の肩をトントンと叩くと、船長は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら顔を上げた。
「船が立派でも、部下の命は救えねえ! 姐さんが、バラックス一家の『海の呪い(壊血病)』を一瞬で治したって噂を聞いたんだ! 頼む、対価なら俺の全財産でも、この艦隊でもくれてやる! だから、俺たちの部下も、姐さんのその奇跡の薬で助けてやってくれ!」
「海の呪い? ああ、壊血病なら、レモン味の飴ちゃんで一発やで。なんや、そんなことで泣きついてきたんか。ええよ、飴くらいナンボでも分けたるわ」
うちがアイテムボックスに手を突っ込もうとした瞬間、船長が絶望的な顔で首を横に振った。
「違うんだ! うちの連中がやられてるのは、普通の『海の呪い』じゃねえ! ……とにかく、こっちを見てくだせぇ!」
船長は立ち上がり、うちらを船の奥……日光を完全に遮るように、分厚い幌が何重にも掛けられた甲板の中央へと案内した。
そこに漂っていたのは、血の匂いでも、壊血病特有の腐敗臭でもなかった。
なんというか、海辺の岩場にこびりついた、強烈な『磯の匂い』と、石がゴリゴリと擦れ合うような不気味な音が充満しとった。
「……静江さん。魔力とは違う、何かもっとおぞましい自然の淀みを感じます」
アレンが剣の柄に手をかけ、鋭い視線を幌へ向ける。
「……ここです。俺の、大事な家族たちだ……」
船長が震える手で、幌をバサッとめくり上げた。
その瞬間。
うちは、あまりの異様な光景に、息を呑んで立ち尽くした。
「……なんや、これ……」
薄暗い幌の下に横たわっていた数十人の船員たち。
彼らは死んでいるわけではなかった。うめき声を上げ、必死に手を伸ばそうとしている。
だが、その身体は――。
皮膚がゴツゴツとした灰色の『石』のように硬化し、腕や顔のあちこちから、毒々しい紫色の『サンゴ』や『フジツボ』のような不気味な生物が、肉を突き破ってビッシリと寄生しとったんや。
「た、助けてくれぇ……。身体が、石になっていく……! 息が、息ができない……ッ!」
完全に石化しつつある船員の一人が、サンゴに覆われた口から血の泡を吐き出しながら、うちに向かって硬直した手を伸ばしてきた。
壊血病なんかより、はるかにえげつない、未知の『奇病』。
魔の海域が牙を剥く、本当の恐ろしさがそこにあった。
「……船長。あんたら、一体どこの海でこんな『ヤバいモン』拾ってきよったんや……?」
うちは、特大トングを力強く握り直し、サングラスの奥で鋭く目を細めた。
おばちゃんの出張鑑定は、単なる海賊の派閥争いから、未知の大自然の呪いとの戦いへと、一気に舵を切ろうとしとったんや。
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