第160話 魔の海域の白い泡と、オカン流・浮力の足し算
金で雇った他派閥の戦闘員たちまでもうちの『オカン・ユニオン海賊支部』に寝返ってしまい、完全に一人ぼっちになった悪徳ボス・ガトー。
彼がまた何か仕掛けてくるのは時間の問題やと思っとったが、それは予想以上に早く、そしてヤケクソな形でやってきた。
「……姐さん! 前方から、小さな船がこっちに向かってきます! あれは……ガトーの奴です!」
見張り台から、アーニャの部下が声を上げた。
見ると、立派な海賊船を失ったガトーが、ボロボロの小さな帆船(というかちょっとデカい救命艇)に一人で乗り込み、うちらの船に向かって必死に手を振って挑発しとる。
『ゲハハハ! 派手な女! お前のせいで俺はすべてを失った! 悔しかったら俺を捕まえてみろ!』
ガトーはそう叫ぶと、帆をいっぱいに張って、羅針盤が狂う暗礁地帯のさらに奥へと逃げ出した。
「……静江さん。明らかな挑発ですね。また何か罠を張っているはずです」
アレンが剣の柄に手を当て、油断なく目を細める。
「分かっとるわ。でも、あんなヤケクソになっとる奴を放っといたら、自分で自分の首絞めて勝手に死にそうやんか。アーニャ! あのおっさん、追いかけなはれ!」
「了解よ、オカン! 野郎ども、帆を張れ!」
うちらのガレオン船は、ガトーの小船を追って、どんよりとした曇り空の下を進んでいった。
しばらく進むと、ガトーの船が、海面の色が妙に白っぽく濁っている海域のド真ん中で、ピタリと動きを止めた。
『ゲハハハ! かかったな! ここは魔の海域でも最悪の場所! 一度入れば、どんな船でも海の底へ引きずり込まれる「沈む海」だ!』
「沈む海……?」
アーニャが怪訝な顔をした、その直後やった。
ボコボコボコッ……!
うちらの船の周囲の海面が、突然、巨大なジャグジー風呂のように激しく泡立ち始めたんや。
海の中から、無数の巨大な気泡が湧き上がり、海面が真っ白に染まっていく。
「お嬢! 船が……船が沈んでいきます!」
舵を握っていた眼帯の副船長が、血相を変えて叫んだ。
見れば、船底に穴など開いていないのに、ガレオン船がズブズブと不自然な速さで海面下へと沈み始めとる。
「……なるほどな。これが、テレビで見た『メタンなんとか』っちゅうやつか」
うちは甲板から身を乗り出し、真っ白に泡立つ海を観察した。
海底から大量のガス(泡)が噴き出すことで、海水の密度が下がり、船を浮かせる『浮力』が失われてしまう。だから、穴が開いていなくても船が石のように沈んでしまうんや。
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「静江さん! このままでは完全に海に飲み込まれます! どうしましょう!」
アレンが珍しく焦った声を出す。カイルがルミナに帰った今、風の魔法で船を無理やり浮かすことはできへん。
「慌てなさんな! お風呂にバブ(入浴剤)入れすぎて、おもちゃのアヒルが沈んだ時と同じ理屈や! 水がスカスカになって浮かんのやったら、浮くもんを足してやればええんや!」
うちはアイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
「アーニャ! 船員たちに言え! 船の手すりから身を乗り出して、うちがこれから出すもんを、船の周囲の海面にバシバシ敷き詰めるんや!」
「わ、わかったわ! 野郎ども、オカンの指示に従え!」
うちはボックスの中から、大和郷やカリカでの商売で余っていた『空の木箱』や、荷物の緩衝材として使っていた『大量のコルク』、さらには『魔獣の浮き袋(風船)』を、これでもかというほど甲板に放り出した。
「ほら! これを船の周りに投げなはれ! 泡で水が軽いなら、水より軽いもんをクッションにするんや!」
海賊たちが、言われるがままに空の木箱やコルクを海に投げ込む。
それらは激しく泡立つ海面でも沈まず、船体の周囲に分厚い「浮きの層」を作り出した。
「アレン! 仕上げや! あんたのモップ槍で、船の後ろの泡を神速で吹き飛ばして、普通の海水を呼び込みなはれ! スクリューの代わりや!」
「……そういうことか! 了解です! はあああッ!」
アレンが船尾に立ち、モップ槍をプロペラのように猛烈な速度で回転させる。
強烈な遠心力と水流が、船の周囲のガスの泡を吹き飛ばし、密度の高い普通の海水が船底へと流れ込んできた。
ズズンッ……!
沈みかけていた船体が、コルクの浮力とアレンの推力によって、見事にバランスを取り戻し、泡立つ海域をズルズルと抜け出していったんや。
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「……ふぅ。やれやれ、えらいドロドロのジャグジー風呂やったわ」
うちは特大トングを肩に担ぎ、ホッと息をついた。
だが、その時。
『……た、助けてくれぇぇッ! 沈む! 俺の船が沈むぅぅっ!』
泡立つ海域のド真ん中から、情けない悲鳴が聞こえてきた。
罠にハメたつもりのガトー自身が、予想以上に広がったガスの泡に巻き込まれ、自分の小船ごとズブズブと海の底へ引きずり込まれようとしとったんや。
「あーあ。人を呪わば穴二つ、っちゅうやつやな。自分で仕掛けた罠に自分でハマってどないすんねん」
うちは呆れながら、船の手すりから身を乗り出し、特大のゴミ拾いトングの先端を、クレーンゲームのように正確に伸ばした。
ガシィッ!
「ひぃぃっ!?」
沈みゆく小船の甲板から、ガトーの襟首をトングで挟み込み、そのまま洗濯物のように乱暴にうちらの船の甲板へと引き上げた。
ドサッ!
「ゲホッ、ゴホッ……! はぁ、はぁ……」
海水と恐怖でビショビショになったガトーは、甲板に這いつくばったまま、呆然とうちの顔を見上げた。
「……な、なんで……。俺はあんたを、殺そうとしたんだぞ……。なんでまた、俺を助けるんだ……!」
「……アホか」
うちはパイプ椅子を広げて、ガトーの目の前にどっかと座り込んだ。
「あんた、なんでそんなヤケクソになって、一人で死のうとしとんねん。部下に逃げられて、カネで雇った連中にも愛想尽かされて、寂しかったんか?」
「さ、寂しくなんかっ……! 俺は、この魔の海域を支配する王に……!」
「強がるなや。ほんまに強い奴はな、自分の弱さを認めて、他人に『助けて』って言える奴や。……意地張って一人で沈むくらいなら、素直に頭下げて、うちらの『お悩み相談』の列に並び直さんかい」
うちはアイテムボックスから、精神を安定させる「オレンジ味」と、前向きな活力を生む「リンゴ味」の飴ちゃんを取り出し、ガトーの震える大きな掌にポイッと落とした。
「……オカン……」
ガトーは、手の中の二つの飴ちゃんを見つめ、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
一回目の直接対決、二回目の暗礁地帯、そして今回の沈む海。
三度も罠を仕掛け、その度に部下を失い、そして最後は自分の命まで救われた。
「……ううっ……。俺の負けだ……! どんなに足掻いても、あんたのその『懐のデカさ』には、絶対に勝てねえ……!」
大男が、子供のようにしゃくり上げて泣き崩れる。
悪徳ボス・ガトーの七縦七擒(三回目)。
意地っ張りな彼が、ついにオカンの圧倒的な「生活の知恵」と「無償の愛」の前に、心の底から屈服し、その重たい鎧(見栄)を完全に脱ぎ捨てた瞬間やった。
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「……やりましたね、静江さん。これで、ガトーも完全に『身内』です」
アレンが剣を納め、優しく微笑む。
「せやな。手間のかかるデカい息子が一人増えたわ。……さぁ、ガトー! 泣くんは終わりや! これからあんたには、この海域の案内役として、みっちり働いてもらうで!」
「は、はいぃっ! オカン! このガトー、命に代えてもあんたらの船を新大陸まで導いてみせます!」
完全に毒気を抜かれ、忠犬のようになったガトーが力強く頷く。
船を沈める巨大な泡という、魔の海域特有の自然現象すらもオカンの知恵で突破し、ついに厄介なライバルを最強の味方へと変えたおばちゃん一行。
三十の海賊団を束ねるための「島巡り」は、ここからさらに勢いを増して、未知なる魔の海域の奥深くまで突き進んでいくんや!
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