第16話 地下の脈動と、暴かれる次男の嘘
「……静江さん。古い記録、見つかりましたよ。この街が伯爵領になるよりずっと前、聖女が水を分け与えたっていう伝説の時代。地下水路は『街の心臓』として、特定の貴族やなく、ルミナの住人全員の共有財産とされてたみたいです」
アレンが抱えてきた古文書は、表紙の革がボロボロに剥がれ、ページをめくるたびに古い紙特有のツンとした埃の匂いが酒場に漂った。彼は興奮で顔を上気させ、煤けた文字を指でなぞりながら、うちに報告してくる。その隣では、相変わらずカイルが「おっ、さすがだね。そんなカビの生えた紙まで引っ張り出すなんて。ルミナの歴史学者も真っ青だよ」と、他人事のようにエールを煽り、気楽な調子でグラスを鳴らしていた。
うちは、光沢のあるサテン生地のヒョウ柄ブルゾンの袖を捲り上げると、テーブルにタロットを並べた。派手な金色のネイルが魔法灯の光をチカチカと鋭く反射し、まるで獲物を狙う獣の爪のような異質な輝きを放つ。その異様な気配に、カイルの余裕たっぷりな微笑みが、一瞬だけぴくりと強張った。
「……カイル。あんた、うちは『インフラの知識』だけで侯爵家と渡り合うてると思ってるやろ?」
「まさか。君のその奇抜な格好と、得体の知れない迫力は、魔法以上の脅威だよ。……でも、占いは所詮、言葉巧みに相手を操る『詐術』の類だろう? 星の動きがどうあれ、銀貨一枚で運命が変わるなんて、私は信じないよ」
カイルはグラスの縁を指でなぞりながら、冷ややかな目を向けた。その態度は、どこまでも他人を試すような、冷めた観察者のそれやった。
「……ほな、見てみよか。あんたがなんで、こんな泥臭い酒場に居座って、本家の情報をペラペラ喋るんか。……あんたのその、銀貨より安い『嘘』を、一枚ずつ剥がしたるわ」
うちはカードをシャッフルした。ギャルギャルしい長い爪が厚手のカードを弾くたび、バシッ、バシッと乾いた音が酒場に響く。それに呼応するように、周囲の喧騒が引き、酒場の空気がひんやりとした静寂に包まれていった。
「『塔』の逆位置。……あんた、本家がルミナを呑み込むんを助けてるんやない。本家がルミナで取り返しのつかへん『大失敗』をして、再起不能になるのを、暗闇の底でじっと待っとるな。……そして『恋人』の逆位置。……あんたの復讐心、ただの権力争いやない。本家に殺された、あるいは奪われた『誰か』がおるやろ。……それも、あんたの心の一番柔らかいところにいた、かけがえのない誰かや」
カイルのグラスが、カチリと不自然な音を立てて止まった。
いつもの飄々とした笑顔が、泥で塗り固められた仮面のように剥がれ落ちていく。剥き出しになった瞳の奥に宿ったのは、かつてバルトロが怯えた「怪物の密度」にも劣らん、真っ黒で、凍てつくような情念やった。
「……静江さん。君は、本当に可愛くないね。星読みのセドリックが君を恐れる理由が、今分かった気がするよ。……そこまで、視えているのか」
カイルの声から、余裕が完全に消え去った。彼は吸い寄せられるように、うちの腕に視線を落とした。二十代の娘のような瑞々しい弾力を持ちながら、その奥底に何十年もの「生」を圧縮したような、説明のつかない不気味な質量。
「あんた、星より腹黒い言うたけど、訂正やわ。……あんた、星の光すら届かん奈落を、たった一人で歩いとるんやな。……キツいやろ。これ、舐めな」
うちはアイテムボックスから、オレンジ味の飴を一粒、机に置いた。
カイルは疑うような目で飴を見つめたが、うちの真っ直ぐな視線に圧されるように、それを口に放り込んだ。
数秒後、カイルの尖っていた肩の力がふっと抜け、青白かった顔にわずかに赤みが差した。彼を支配していた刺すような殺気が、オレンジの爽やかな香りと共に霧散し、凍りついていた空気がふわりと緩む。
「……参ったな。……ああ、本当に、君には勝てない。……分かったよ。地下水路の原典は、侯爵家が隠しているが、実はその『出口』が市場の噴水の下にある。……そこを止めれば、ルミナに隣接する侯爵領の灌漑施設も、全て死ぬ。……彼らの食糧庫を、君のその手で干上がらせてやってくれ」
バネッサがその言葉を聞いて、震える手でテーブルを叩いた。
「……静江、あんた本気かい。そんなことをしたら、それこそ侯爵家が軍を出してくるよ! 私たちはただの商人だ、戦争なんて御免だよ!」
「バネッサさん、焦ったらアカン。……軍が出る前に、うちは『占い』で侯爵家の内部分裂を加速させる。……アレン、準備しな。……今夜、地下水路に潜るで。……あ、カイル。あんたも付いてきなはれ。あんたのその腹黒い知識、地下のドブ掃除には最適や」
「……はは、光栄だね。ヒョウ柄の女神様に誘われるなら、ドブにでも地獄にでも付いていくよ。……私の『空っぽの心』に、新しい星でも見せてくれるならね」
うちはヒョウ柄ブルゾンのファスナーをシャカッと上げ、立ち上がった。
見た目は派手なギャル、中身はおばちゃん。
けれどその占いは、宿命という鎖を断ち切り、自分たちに有利な「明日」を引き寄せる。
「侯爵家が土地を奪うなら、うちはその土地に流れる『血』を止める。……おばちゃんを怒らせたら、どんな偉い貴族様でも、喉を乾かして泣きつくことになるんやから!」
静江の背中で、金のファスナーが鋭い光を放った。
ルミナの街の命運を賭けた、地下からの反撃が今、始まろうとしていた。
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