第159話 霧の暗礁地帯と、オカン流・迷子の導き方
最大派閥のボスやったガトーが、自分の部下たちにストライキを起こされて一人で逃げ出してから数日。
海賊島トルーガの港では、うちらの『占いの館・海賊島出張所』が、今日も細々と営業しとった。
壊血病(海の呪い)の特効薬であるレモン飴を目当てに来た海賊たちも、一度おばちゃんの「ド正論のお悩み相談」を受けると、すっかり憑き物が落ちたような顔になって帰っていくんや。
「はいはい、次! あんた、船の帆の修繕費ケチって安物買うから、すぐに破れて二度手間になるんや! 安物買いの銭失いやで! もっと長期的な投資しなはれ!」
「は、はいぃっ! ありがとうございます、姐さん!」
うちはパイプ椅子にどっかと座り、特大のゴミ拾いトングで次々と海賊たちを指導していく。
「……静江さん。この数日で、十近くの海賊団があなたを『姐さん』と慕い、傘下に入ってくれましたね。……ですが」
アレンが周囲の港を警戒しながら、小声で報告してくる。
「いずれも船を一、二隻しか持たない『小規模な派閥』ばかりです。この島を牛耳る中堅や大規模な海賊団の連中は、遠巻きにこちらを鼻で笑って静観していますよ」
「当たり前や。何百人も部下を抱えてるようなデカい組織が、飴ちゃんと占い一つでホイホイなびくわけないやろ。あいつらはプライドと利権の塊やからな。うちらの元に来るのは、その日暮らしで首が回らん弱小の連中ばっかりやわ」
うちは特大のサングラスを押し上げ、フンと鼻を鳴らした。
「おっ、噂をすれば、またあの『懲りない不良』がご出勤みたいやで」
うちが海の方角へデコネイルを突き立てると、港の外れから、ドクロの旗を掲げた三隻の海賊船が、猛スピードでうちらの停泊しているアーニャの船に近づいてきた。
「ゲハハハ! 派手な女! 今日こそ貴様の最後だ!」
先頭の船の甲板に立っていたのは、先日一人で逃げ出したガトーやった。
彼は自分の派閥の部下たちに見限られたため、今回は「金」に物を言わせて、こちらを静観していた**『中堅・大規模派閥』に所属するガラの悪い戦闘員たち**を数十人も雇い入れとった。
「……静江姐さん! あのガトーの奴、デカい派閥の連中を金で雇ってきやがったみたいね!」
アーニャが双剣を抜き放ち、眼帯の副船長も大剣を構えて甲板に飛び出してくる。
「いいだろう! 弱小海賊をいくら集めたところで、海の戦いじゃ数の暴力には勝てねえ! 港のド真ん中で砲撃戦になれば大惨事だ! もし俺たちに沈められたくなければ、港の外へ出ろ! 俺たちと『海』で勝負しろォ!」
ガトーが拡声の魔道具を使って、港全体に響くように喚き散らした。
「……静江さん。明らかに罠ですね。港の外で、何か仕掛けを用意しているはずです」
アレンが油断なく剣の柄に手をかける。
「分かっとるわ。でも、あいつみたいに構ってほしくてギャーギャー騒ぐ奴は、徹底的に相手して『お仕置き』してやらな、一生付きまとってくるからな。……アーニャ、船出しなはれ! あのアホの相手したるわ!」
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ガトーの三隻の船を追って、うちらの船がトルーガ島の港を出た直後。
海上の天候が、急激に不自然な変化を見せ始めた。
真昼やというのに、太陽の光が完全に遮られ、乳白色の「濃霧」が海面を分厚く覆い尽くしたんや。数十メートル先のガトーの船の影すら、ぼんやりとしか見えへん。
「……お嬢! 羅針盤の針が、狂ったように回って止まらねぇ! これは……トルーガ島の北に広がる『磁気異常の暗礁地帯』だ!」
舵を握っていた眼帯の副船長が、血相を変えて叫んだ。
「磁気異常? なんやそれ」
「この魔の海域特有の怪現象です! 方角が一切分からなくなり、少しでも舵を間違えれば、海面下に隠れた鋭い岩(暗礁)に船底を引き裂かれて沈没します!」
アーニャが青ざめた顔で周囲を見渡す。
霧の奥から、ガトーの下卑た笑い声が響いてきた。
『ゲハハハ! かかったな! この暗礁地帯の安全なルートは、俺たち毒鮫一家しか知らねえんだよ! 貴様らはそこで羅針盤を見つめて絶望しながら、岩に激突して海の藻屑になるんだな!』
どうやら、ガトーはこの複雑な暗礁のルートを丸暗記しており、うちらを霧の中で迷子にして自滅させる腹積もりやったらしい。
「……なるほどな。羅針盤が使えん霧の中で、遭難させる作戦か。……カイルちゃんがおったら、風の魔法で一発で霧を晴らしてくれたんやろうけどなぁ」
うちは大きくため息をつき、アイテムボックスからタロットカードを取り出した。
「静江さん! こんな霧の中で占いを!? カードの絵柄も見えませんよ!」
アレンが焦るが、うちはパイプ椅子を甲板に広げてどっかと座り、目を閉じたままカードをシャッフルし始めた。
「アホ。カードは目で見るんやない、波長で感じるんや。……それに、羅針盤が狂ったくらいでパニックになるのは、道具に頼りすぎてる証拠やわ」
うちは、バシッと一枚のカードを甲板に叩きつけた。
出たのは、『月(The Moon)』の正位置。
見えない危険、迷い、そして「直感に従え」という暗示や。
「……副船長の兄ちゃん! 羅針盤なんか捨てなはれ! 舵を握る手に伝わる『波の反発』と、鼻で感じる『潮の匂い』に集中するんや! 岩が近くにある場所は、波の跳ね返りが不自然に強くなるはずやろが!」
「なっ……波の反発と匂いで、暗礁を避けろと!? そんな無茶な……!」
「無茶やない! 長年海で生きてきたプロの『生活の知恵(勘)』を信じんかい! カードも、あんたの直感が正しいって言うとるわ!」
うちの凄まじいオカン節に背中を押され、副船長は覚悟を決めて羅針盤から目を離し、海風と波の音に全神経を集中させた。
「……面舵(右)だ! 右前方から、潮の嫌な匂いと強い波のうねりが来る! そこに岩があるぞ!」
副船長が叫び、アーニャが全力で帆を操作する。
ギリギィィッ! と船が右へ傾いた直後、左舷のわずか数メートルのところを、船底を切り裂くような鋭い黒岩が、幽鬼のように通り過ぎていった。
「……す、すげぇ……! 本当に、勘だけで暗礁を避けやがった……!」
「当たり前や。機械が壊れたら、最後は人間の経験が勝つんやわ」
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一方、安全なルートを知っているはずのガトーの船団は、どうなっていたか。
『……おい! なんであいつら、岩にぶつからねえんだ! ええい、もっとスピードを出して撒け!』
ガトーが焦って、雇った大規模派閥の部下たちに無茶な指示を飛ばしとった。
「ぼ、ボス! スピードを出したら、岩を避けるタイミングが……!」
『うるせえ! 金で雇われた分際で口答えするな! 俺の言う通りに舵を切れ! 右だ、右ぃぃっ!』
焦りと見栄で頭に血が上ったガトーが、マニュアル(記憶)通りの安全ルートを過信しすぎた結果、今日特有の「潮の満ち引き」による微妙な岩のズレを見落としてしもうたんや。
メキバキィィィッ!!
濃霧の向こうから、木材がへし折れる凄まじい音と、海賊たちの悲鳴が響き渡った。
「あーあ。言わんこっちゃない。スピード出しすぎて、自分で岩に突っ込みよったわ」
うちは呆れながら、アレンに「あっちや」と顎でしゃくった。
霧が薄れた先にあったのは、見事に暗礁に乗り上げ、船底に大穴を開けて沈みかけているガトーの船と、海に投げ出されて溺れかけている雇われの部下たちやった。
「た、助けてくれぇっ! 俺たち、金で雇われただけなんだ!」
「ボス! 船が沈む! 助けてくだせぇ!」
部下たちがガトーにすがりつこうとするが、ガトーは自分だけさっさと小さな救命艇に飛び乗り、部下たちをオールで叩き落としとった。
『ふざけるな! お前らがモタモタしてるから岩にぶつかったんだろうが! 俺は帰る!』
「うわぁぁっ! 見捨てられた……!」
雇い主に見捨てられ、冷たい海の中でパニックに陥る海賊たち。
だが、彼らの頭上から、特大のゴミ拾いトングの先端が、クレーンゲームのように正確に伸びてきた。
「……ほんま、毎回毎回、手のかかる連中やな!」
ガシィッ!
うちは、海に落ちた海賊たちの襟首をトングで次々と挟み込み、アーニャの船の甲板へと、まるで洗濯物を引き上げるように乱暴に放り投げていった。
「ゲホッ、ゴホッ……! た、助かった……?」
甲板で海水を吐き出しながら震える彼らの前に、うちはアイテムボックスから取り出した「レモン味」と「オレンジ味」の飴ちゃんをドサッと落とした。
「ほら、これ舐めて体温めなはれ。……あんたら、デカい派閥に属してるからって偉そうにしとったけど、金で繋がっただけの関係なんて、いざっちゅう時はこんなもんやで! 上に立つもんの器は、金払いじゃなくて『部下がピンチの時にどう動くか』で見極めなアカンわ!」
うちのド正論の説教と、冷え切った身体に染み渡る飴ちゃんの甘さ。
そして何より、敵であるはずの自分たちを、当たり前のように助け出してくれたオカンの圧倒的な「愛情」。
ガトーに雇われた大規模派閥の海賊たちは、ポロポロと涙を流し、一斉に甲板に土下座した。
「……あ、姉御! 俺たちが間違ってました! 組織のデカさや金なんか、いざという時には何の役にも立たねえ! 今日から、俺たちもあんたの組合に入れてくだせぇ!」
「俺もだ! 一生ついていきます、姐さん!」
「よっしゃ、商談成立や! あんたらも今日から、うちらの身内やで!」
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一方、一人で救命艇を漕いで逃げ出したガトーは、振り返ってその光景を見て、目玉が飛び出るほど驚愕しとった。
『な、なんでだァァッ! なんで俺が金で雇ったデカい派閥の連中まで、あの女に寝返ってやがるんだァァッ!』
「アホ! 組織の大小なんか関係あらへん! ほんまに人を動かしたいなら、まずはあんた自身が『汗』かいて部下を守る姿を見せんかい!」
うちは、拡声の魔道具を使って、逃げていくガトーの背中に向かってオカン説教をぶちかました。
『おのれぇぇッ! 覚えていろォォッ! 次こそは、次こそは絶対に、貴様を沈めてやるからなァァッ!』
ガトーは涙と鼻水にまみれながら、負け犬の遠吠えを残して、霧の向こうへと必死にボートを漕いで逃げ去っていった。
「……静江さん。またガトーの奴、部下だけ置いて逃げていきましたね」
アレンが剣を納め、呆れたように苦笑する。
「せやな。これで『二擒』や。あいつも懲りへん男やけど、今回は中堅以上の派閥の連中を『お持ち帰り』できたわ。これで、静観しとったデカい組織にも、うちらの噂(口コミ)が広がるはずやで」
うちはニヤリと笑い、タロットカードをシャッフルした。
羅針盤すら狂う魔の海域の暗礁地帯。
だが、おばちゃんの圧倒的な「生活の知恵」と「無償の愛(飴ちゃん)」の前では、どんな罠もただの『特大のヘッドハンティング会場』に過ぎへん。
懲りない悪徳ボスの『七縦七擒』は、こうしてまた一つ、オカン・ユニオンの巨大な戦力を増強して幕を閉じたんや。
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