第156話 眼帯の副船長と、オカンのお節介の還る場所
海賊島トルーガの酒場で、壊血病(海の呪い)で倒れかけていた若き女海賊アーニャを『レモン味の飴ちゃん』で救ったうちらは、彼女の案内で港の端っこへと向かった。
そこには、かつては立派なガレオン船やったんやろうけど、今はあちこちが傷つき、帆もボロボロになった一隻の海賊船が停泊しとった。
それが、アーニャの率いる『バラックス一家』の船や。
「……私の船員たち、もう何日も食事も喉を通らなくて。船底で海の呪いに苦しんでいるわ」
アーニャが暗い顔で船を見上げる。
船のタラップを登り、甲板に出ると、そこには血の匂いと重苦しい病の空気が漂っとった。
だが、その甲板のド真ん中で、フラフラになりながらも、決して倒れまいと大剣を杖代わりにして立ち塞がっている一人の大男がおった。
「……何者だ。この船は、先代から受け継いだバラックス一家の誇りだ……。他の派閥の連中には、絶対に渡さねぇぞ……!」
顔の半分を覆う大きな傷跡に、片目は眼帯。
筋骨隆々やけど、彼もまた壊血病に侵され、歯茎から血を流し、土気色の顔で必死に船を守っとったんや。
「副船長! 無理しないで、休んでてって言ったのに!」
アーニャが駆け寄ろうとするが、男は「お嬢、下がってくだせぇ! こいつらは……!」と、うちとアレンを睨みつけた。
……ん?
うちは特大のサングラスを少しだけずらし、その男の顔をマジマジと見つめた。
「……あれ? あんた、どっかで見覚えあるな。そのデカい図体と、その物騒な眼帯……」
男の独眼が、うちの姿を捉えた。
かつての派手な金髪から、落ち着いた『茶色のロングヘア』に変わっていることに一瞬戸惑ったようやが……その直後、スカジャンの背中で黄金に輝く龍と虎の刺繍、そして肩に担いだ特大トングを見て、完全に確信したようやった。
男の顔から敵意が完全に消し飛び、代わりに雷に打たれたような特大の驚愕が張り付いた。
「ひ……ひ、姫様ぁぁぁっ!?」
「誰が姫様や! 異国の王族クラスの特注品とか言うて勘違いしとった、あの時のアホ海賊やないか!」
うちは思わず、特大のゴミ拾いトングで男の頭をスパーン! と叩いた。
「ちょ、静江さん!? お知り合いですか!?」
アレンが目を白黒させて尋ねてくる。
「せや! うちが大和郷に向かう途中の船で襲ってきて、一緒に海に落ちて、サメの頭を水晶玉でカチ割って、一緒に幽霊船に乗った仲やわ!」
「……僕がルミナでお留守番している間に、一人でどんだけ無茶苦茶な大冒険をしてるんですか……!」
アレンが頭を抱えて崩れ落ちた。
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「ええっ!? 静江姐さん、うちの副船長の命の恩人だったの!?」
アーニャが目を丸くして、うちと副船長を交互に見る。
「……そ、そうだ。あの『魔の海域』のど真ん中で、俺はこの人に命を救われた。髪の色は変わってやがるが、その恐ろしいトングと説教は忘れようがねぇ。……でも姫様、いや、おばちゃん! なんでこんな海賊島に!」
「それはこっちの台詞や! あんた、あの幽霊船で別れた時、おばちゃんの飴ちゃん舐めて『真面目に荷下ろしの仕事でも探します!』って泣いて誓ったやろが! なんでまた海賊やっとんねん!」
うちが腰に手を当てて説教すると、副船長と呼ばれた男は、バツが悪そうに視線を泳がせた。
そして、力なく大剣を床に置き、その場にドサリと座り込んだ。
「……嘘をついたわけじゃねぇんです。あの後、俺は中継港で足を洗おうとした。……だが、俺を拾って海賊のイロハを教えてくれた『先代(アーニャの父親)』が、病で倒れたって噂を聞いちまって……」
男は、悔しそうに泥だらけの拳を握りしめた。
「慌てて駆けつけた時には、もう先代は息を引き取る寸前だった。……残されたのは、まだ若いお嬢と、この船だけ。三十の派閥が争うこのトルーガ島で、後ろ盾を失った若い女船長がどうなるか……火を見るより明らかだった」
「……だから、足を洗うのをやめて、この子の副船長として残ったんか」
うちの言葉に、男は深く頷いた。
「俺は、先代に拾われた恩を返したかった。お嬢の盾になって、この船を守り抜きたかったんだ。……でも、俺の力不足で、船員たちは皆『海の呪い(壊血病)』に倒れ、俺自身も……もう、剣を握る力すら残っちゃいねぇ。……お嬢、すまねぇ……」
副船長の目から、悔し涙がポロポロとこぼれ落ち、甲板の板を濡らす。
アーニャも涙ぐみ、「謝らないで……。あなたがいてくれたから、私は今日まで船長でいられたのよ」と、彼に寄り添った。
義理と人情。
海賊っていう無法者の中にも、こういう泥臭い「家族の絆」みたいなもんが、ちゃんとあるんやな。
うちは、ふっと息を吐いて、アイテムボックスの奥深くに両手を突っ込んだ。
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「……アホやな、あんたら。そんな水臭いこと言うてんと、さっさとこれ舐めなはれ」
うちは、鮮やかな黄色の『レモン味』の飴ちゃんを、五十個ほどドサドサッと甲板に積み上げた。
「えっ……? おばちゃん、これは……あの時の、すげぇ回復する飴……!」
「せや! これでアーニャの海の呪いも一発で治ったんや! あんたも、船底で寝込んでる船員たちも、これを一つずつ口に入れなはれ。強烈なビタミンCとクエン酸が、あんたらの腐りかけた細胞を根こそぎ叩き起こしてくれるわ!」
アーニャと副船長が、急いで船底へと駆け込み、倒れていた数十人の船員たちの口に、次々とレモン飴を含ませていった。
数分後。
船のあちこちから、「……あ、あれ? 息が苦しくないぞ!」「歯茎の血が止まった……!」「身体の底から、力が湧いてきやがる!」という、驚喜の叫び声が上がり始めた。
「静江さん。本当に、ただの飴玉一つで、死にかけの海賊団が丸ごと生き返ってしまいましたね」
アレンが、甲板でピンピンと立ち上がり始めた荒くれ者たちを見て、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑う。
「せやろ? おばちゃんのお節介は、海を越えて利子つけて返ってくるんや」
完全に体力を取り戻した眼帯の副船長が、アーニャと共に甲板に戻ってきた。
そして、彼ら『バラックス一家』の数十人の船員たちは、うちとアレンの前にズラリと並び、一斉にドサリと片膝をついて、深く頭を垂れたんや。
「……静江姐さん。いや、オカン! 私たちバラックス一家の命、あんたに預けるわ! あんたのその『魔の海域・大掃除プロジェクト』、この船を使ってちょうだい!」
アーニャが、目を輝かせて力強く宣言する。
「おう! 姫様……いや、オカン! 髪の色は変わってても、その優しさは変わらねぇな! 一度ならず二度までも命を救ってもらったこのご恩、一生かけても返しきれねぇ! あんたの言う通り、三十の海賊団、全部まとめて束ね上げてやろうじゃねぇか!」
副船長も、かつての迷いを完全に吹っ切り、頼もしい海賊の顔になって吠えた。
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、ニカッと極悪な笑みを浮かべた。
「よっしゃ、商談成立や! ほな、さっそくこの島で一番『デカい顔』しとる派閥のところに、挨拶(ガサ入れ)に行こか! アーニャ、案内頼むで!」
「任せてちょうだい!」
かつて海で助けた男が、最高の「案内人と身内」になって返ってきた。
三十の海賊団がひしめく魔の海域で、オカンとアレン、そしてバラックス一家による、前代未聞の『海賊お悩み解決(乗っ取り)大作戦』が、いよいよ本格的に舵を切ったんや!
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