第155話 海賊島の酒場と、壊血病の女海賊
第155話 海賊島の酒場と、海の呪い(壊血病)
ルミナへ向かう二隻の船と別れ、うちらの乗る一隻のガレオン船は、羅針盤すら狂う濃霧と複雑な海流を抜け、新大陸航路の入り口に位置する巨大な隠れ家……『海賊島トルーガ』へと錨を下ろした。
「……静江さん。ここは、ルミナや大和郷の港とは空気が違います。見渡す限り、海賊旗を掲げた船ばかりだ」
アレンが剣の柄から手を離さず、油断なく周囲を警戒する。
「せやな。カイルちゃんがおらんから、詳しいデータはないけど……この港の熱気とドロドロした殺気、ハンパやないわ」
うちは特大のサングラスを押し上げ、ヒョウ柄のスカジャンをバサッとはためかせた。
「ええ。事前に聞いた噂では、このトルーガ島には大小合わせて三十もの海賊団がひしめき合っているそうです。おまけに、利権や縄張りを巡って、血で血を洗う泥沼の派閥争いを日夜繰り広げているとか」
「三十の派閥のドロドロの争い、ねぇ。……まるで、大阪のおばちゃんたちの『町内会の派閥争い』みたいなもんや。あっちの班長がどうの、こっちの婦人会がどうのってな」
うちはニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「そういうドロドロしたとこほど、実はみんな『誰にも言えん悩み』を抱えとるもんや。いがみ合ってるからこそ、他人に弱みを見せられへんのやろ。……よっしゃ、まずは情報収集や! アレン、一番治安の悪そうな酒場に行くで!」
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港のド真ん中にある、船の廃材を組み合わせて作られた巨大な酒場『黒鯨亭』。
昼間やというのに、中は薄暗く、ラム酒の匂いと荒くれ者たちの怒号、そして殴り合いの音が絶え間なく響いとった。
うちらが足を踏み入れると、一瞬、ヒョウ柄の女と異国の剣士という場違いな空気に酒場が静まり返ったが、すぐに「なんだ、ただの迷子か」と興味を失い、喧騒が戻った。
うちはカウンターの隅に陣取り、エールを頼みながら周囲を観察した。
すると、店の奥の薄暗いテーブルで、タチの悪そうな一団が一人の若い女を囲んで、ねちねちと絡んでいるのが目に入った。
「……おいおい、アーニャ。代々続く名門海賊『バラックス一家』も、お前の代でとうとうおしまいだな。船員はみんな、歯茎から血を流して倒れてるんだろ?」
サメの歯のネックレスをした大柄な男が、下卑た笑いを浮かべて女の肩を突く。
「うるさい……。触るな……ッ」
囲まれている女――アーニャと呼ばれた彼女は、二十歳そこそこの若き女海賊やった。
だが、その顔色は土気色で、ひどく痩せこけ、息をするのも辛そうや。彼女の口元からは微かに血が滲んでおり、テーブルに置かれた手には、赤黒い斑点(出血)がいくつも浮かんどった。
「強がるなよ。それは原因不明の奇病……『海の呪い』だ。長く海に出た船乗りが次々と血を流して死んでいく恐ろしい呪い。どんな高位の神官でも治せねぇし、一度かかれば死を待つしかねえんだよ。……どうだ? お前の親父が遺したあの立派な船を俺たちの派閥に譲るなら、お前一人くらいは看取ってやってもいいぜ?」
「……ふざける、な……。父上の船は……絶対に、渡さない……ッ」
アーニャが腰の短剣に手をかけようとするが、力がまるで入らず、カランと音を立てて床に落としてしもうた。
「ギャハハハ! 短剣も握れねえのか! ほら、大人しく念書にサインしな!」
男たちがゲラゲラと笑い、アーニャの腕を無理やり掴もうとした、その時やった。
「……ちょっと、そこのむさい兄ちゃんら」
男たちの背後から、地を這うような低く凄みのある声が響いた。
「あぁん? なんだお前、派手な服着やがっ――」
男が振り返りかけた瞬間。
ガァァァァンッ!!
アレンの鞘に入ったままの長剣が、男たちの目の前のテーブルを真っ二つに叩き割った。
そして、その背後から、特大のゴミ拾いトングを肩に担いだうちが、ズンと立ち塞がった。
「……体調の悪い女の子をいじめた慰謝料、それから、うちの食事の空気を不味くした迷惑料。……今すぐ払って帰るか、それともこの場で『粗大ゴミ』としてアレンに回収されたいか、どっちか選びなはれ」
うちのサングラス越しの眼光と、アレンの圧倒的な殺気(剣圧)に、男たちは「ひ、ひぃぃっ! や、野郎ども、ずらかるぞ!」と、尻尾を巻いて酒場から逃げ出していった。
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「……ふぅ。やれやれ、どこの世界にも弱い者いじめのしょうもないチンピラはおるもんやな」
うちはトングを片付け、テーブルに突っ伏して荒い息を吐いているアーニャの隣に腰掛けた。
「あんた……一体、何者……? なんで、私を……」
アーニャが霞む目でうちを見上げる。
「うちは静江。ただの出張鑑定の占い師や。……あんた、自分もやけど、船に乗ってる身内も全員、その病気で倒れとるんやろ」
うちは彼女の腕の斑点と、血の滲む歯茎を見て、小さく溜息をついた。
(……あーあ。こっちの世界じゃ『呪い』なんて大層な呼ばれ方してんのか。これ、ただの『壊血病』やんか。新鮮な野菜や果物が長期間食べられへん船乗りがなる、深刻なビタミンC不足やわ)
「……ええ。私の海賊団は、もう終わりよ……。ちょうどこの島に寄港したばかりだけど、もう誰も、帆を張る力すら残ってない……」
アーニャの目から、悔し涙がポロリとこぼれ落ちた。
「……三十の海賊団が争うこの島じゃ、弱みを見せればすぐに喰い物にされる。……父上が遺してくれた船と誇りだけは守りたかったのに……ッ!」
「……アホか」
「え……?」
「誇りや船のために、命落としてどないすんねん。生きて美味しい飯食うて、ガハハと笑うのが一番の海賊の誇りやろが」
うちは、アイテムボックスの奥深くに手を突っ込み、鮮やかな黄色の『レモン味』の飴ちゃんを、ドサドサッと『五十個』ほど、テーブルの上に小山のように積み上げた。
「静江さん、それは……」
アレンが息を呑む。
「せや。怪我の回復と、そして何より『強烈なビタミンC(クエン酸)』の塊や! その海の呪いとやらには、これが一番効く特効薬やで!」
うちはそのうちの一つを袋から取り出し、アーニャの口に強引に放り込んだ。
「んぐっ……!? す、すっぱい……! な、なにこれ……!?」
あまりの酸っぱさに、アーニャの顔が梅干しのようにクシャクシャに歪む。
だが、その直後やった。
飴ちゃんの強烈なビタミンCと回復の魔力が、彼女の身体の中で枯渇していた細胞を、一気に蘇らせていったんや。
「……あ、あれ……? 息が、苦しくない。それに、腕の斑点が……消えていく……? どんな神官の魔法でも治せなかった呪いが……」
アーニャが自分の両手を見つめ、信じられないというように目を見開いた。
歯茎からの出血もピタリと止まり、土気色だった頬に、健康的な血色がみるみると戻ってくる。
「……すごい……。海の呪いが、たった一粒の甘酸っぱいお菓子で解けるなんて……! あなた、大魔法使いなの!?」
「ただの飴ちゃんや。……ほら、船にはあんたの部下たちがぎょうさんおるんやろ? あんたの船の連中にも、これを一つずつ舐めさせなはれ。明日には全員、甲板でピンピンして大声出せるようになっとるわ」
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「……静江、さん」
完全に体力を取り戻したアーニャは、椅子から転げ落ちるようにして立ち上がり、うちの前に深々と膝をついた。
「……私と、私の家族(船員)の命を救ってくれて、本当にありがとう。……このバラックス一家の恩義、一生忘れないわ!」
「大げさやな。おばちゃんのお節介や。……でも、タダやないで」
うちは、アイテムボックスからタロットカードを取り出し、酒場のテーブルにバシッと一枚展開した。
出たのは、『女帝(The Empress)』の正位置や。
「……アーニャ。あんた、うちらの『魔の海域・大掃除プロジェクト』の最初の身内(家族)になりなはれ」
「え……? 掃除、プロジェクト?」
「せや! この三十の海賊団がドロドロに争ってるこの島、おばちゃんが全部の悩みを解決(値切り倒)して、一つに束ね上げたろと思てんねん! そのための案内人として、あんたの船を貸してもらうで!」
「三十の海賊団を……一つに束ねる!? そんなこと、アルビオン帝国の軍艦でも不可能だったのに……!」
アーニャが目を丸くして驚愕するが、彼女の瞳には、かつてないほどの強い「希望」の光が宿っとった。
「……ふふっ。分かったわ、静江姐さん……いや、オカン! 私の船、好きに使ってちょうだい! この島の海賊どもの『悩み』なら、私が全部教えてあげるわ!」
壊血病から復活した若き女海賊の、頼もしい笑い声が酒場に響く。
アレンも「静江さんと二人の旅は、本当に退屈しませんね」と爽やかに笑った。
魔の海域にひしめく三十の海賊団。そのすべてをオカンの愛と飴ちゃんで攻略していく、おばちゃんとアレンの「海賊諸島編」の幕が、今ここに力強く開いたんや!
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