第153話 小さな社長の独立と、西の海に漂う難破船
森の息の根を止めていた『魔導ヘドロ・プラント』が純白の泡とともに崩壊し、エルフと獣人たちの故郷である南の熱帯雨林に、本来の豊かな緑と清らかな水が戻ってから数日。
森の中央に急造された巨大な集会用テントには、ドワーフの親方、獣人たちの長、そしてエルフの大人たちがズラリと顔を揃えとった。
その上座の木箱の上に立っているのは、うちが手縫いで作ってやったヒョウ柄のポンチョを羽織った、五歳の小さな王女……リリルや。
「みんな、聞いて! アルビオン帝国を追い出せたのはおばちゃんたちのおかげだけど、これからこの豊かな森と、ドワーフのおじちゃんたちの地下王国を守っていくのは、わたしたち自身の仕事だよ!」
リリルは、用意した一枚の羊皮紙(特売チラシの裏紙)を、バンッと机に叩きつけた。
「だから、おばちゃんが大和郷で作った『島津グループ』みたいに、わたしたちも種族の壁をなくして『南の森・合同会社』を作るの! ドワーフの武器、エルフの魔法、獣人の力を全部合わせて、西のルミナや東の大和郷と直接貿易するの。……帝国みたいな悪い元請けは絶対に通さない、超ホワイトな直取引だよ!」
かつて、悪い大人に怯えて暗い木箱の奥でガタガタと震えていた少女の面影は、もうどこにもあらへん。
静江の背中を一番近くで見続け、タロットの読み方と「オカン流のビジネス(説教)」を叩き込まれた彼女は、今や各種族を対等に束ねる、立派な『若き社長』の顔になっとった。
「おおぉぉ……! 小さな王女様……いや、社長! 我らドワーフの地下工房、全力で出資させていただきますぞ!」
「獣人族も異存はねぇ! 帝国の理不尽な『種族適性法』なんかより、社長の言う直取引の方がずっと理にかなった適材適所だ!」
大人たちが歓声を上げ、リリルの提案に次々と熱い賛同の声を上げていく。
その頼もしい光景をテントの隅で眺めながら、うちは特大のサングラスの奥で、こっそりと目頭を拭った。
「……立派になったもんや。あの子なら、もううちのお節介がなくても、この土地をしっかり回していけるわ」
「ええ。静江さんの教えが、こうして海を越えて、また新しい国……いや、新しい会社を作っていくのですね」
アレンが優しく微笑み、カイルもインテリ眼鏡を光らせて「我々ルミナ商業ギルドとしても、最高の取引先ができました」と満足げに頷いた。
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「さて、静江殿。我ら大和郷の軍勢も、そろそろお暇させてもらうぞ」
テントの外に出ると、泥だらけの甲冑を着た佐吉と、島津の若殿・久義たちが、帰り支度を整えて待っとった。
「佐吉、久義。あんたらも遠いとこまでホンマにお疲れさん。大和郷の留守、しっかり頼んだで」
「ああ。島津グループの社長として、東の国はしっかり回しておく。……おばちゃん、また帝国相手に『特大のバーゲンセール(戦)』があったら、いつでも呼んでくれよな! 泥をすすってでも、一番に駆けつけるからよ!」
佐吉がニカッと笑い、久義も「次はアルビオンの冷たい本国でチェストですな!」と物騒なことを言い残して、大和郷勢は元気よく東へ向かう船へと乗り込んでいった。
そして、いよいよ。
うちとアレン、カイルの西の大陸組も、エルゼたちが待つルミナへと帰還する時が来た。
港に停泊しているガレオン船の前に立つうちのところに、リリルが短い足を一生懸命動かして走ってきた。
「……おばちゃん」
リリルはうちの前に立つと、ギュッと唇を噛み締め、大きな瞳にいっぱい涙を溜めとった。
「……わたし、泣かないよ。おばちゃんが教えてくれたみたいに、ちゃんと前を向いて、みんなを守る社長になるんだから」
「せや。社長が人前で泣いたらアカンで」
うちはしゃがみ込み、アイテムボックスから色とりどりの飴ちゃんがパンパンに詰まった袋と、うちが使っていたのと同じ型の『特大ゴミ拾いトング(予備)』を取り出して、彼女の小さな手に握らせた。
「これ、退職金……いや、独立祝いや。迷った時は飴ちゃん舐めて、タチの悪いクレーマーが来たらこのトングで鼻先つまんでやりなはれ」
「……うんっ……! おばちゃん……ありがとう。わたし、おばちゃんのこと、絶対忘れないから……!」
リリルはついに我慢しきれず、うちの胸に飛び込んで、わあわあと声を上げて泣き出した。
うちは彼女の金色の髪を、少しだけ乱暴に、けれど心を込めて撫でてやった。
「立派になりや、リリルちゃん。あんたは、おばちゃんの一番自慢の弟子やで」
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数日後。
うちらを乗せたガレオン船は、南の熱帯雨林を後にし、エルゼの待つ西の大陸へ向けて穏やかな海を進んどった。
「……あーあ。なんか、急に静かになってもうたな」
うちは甲板のパイプ椅子に座り、潮風に吹かれながら少しだけ寂しそうに呟いた。
アレンが苦笑しながら、温かいハーブティーを差し出してくれる。
「リリルがいないと、静江さんのボケに対する鋭いツッコミがいなくて寂しいですね。……でも、彼女の作った南の合同会社と、東の大和郷、そして我々の西のルミナ。これで、アルビオン帝国を包囲する強大な『世界商圏ネットワーク』が完成しました」
「ええ。帝国も、今回の植民地連続喪失で、建国以来の特大の『大赤字』を叩き出しているはずです。ですが、あの冷徹なマニュアル国家がこのまま黙っているはずがない。……静江さん、アルビオンとの戦いは、むしろこれからが本番ですよ」
カイルが海図を見つめながら、冷静に指摘する。
「分かっとるわ。自分らの利益しか考えへん巨大な悪徳元請け(アルビオン)とは、これからも何度も何度も、特大のクレーム合戦になるやろな。……上等や、いつでも受けて立ったるわ!」
うちはハチミツ飴をガリッと噛み砕き、西の空を睨みつけた。
その時やった。
「前方、濃霧! ……ん? 霧の中に、何か船の影が見えます!」
見張り台の水夫が、緊迫した声を上げた。
うちらの船が濃い霧を抜けた先、波間にポツンと浮かんでいたのは……。
マストがへし折れ、船体がボロボロに傷つき、今にも沈みそうになっている一隻の『難破船』やった。
「……静江さん、あれは……!」
アレンが剣の柄に手をかけ、目を細める。
「……なんや、また厄介な『忘れ物』が海に落ちとるみたいやな」
大帝国アルビオンとの次なる激突を前に。
西の海に漂う謎の難破船との遭遇が、おばちゃん一行を、新たなる波乱と因縁の渦へと引きずり込もうとしとったんや。
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