第150話 死のジャングルと、泥濘(ぬかるみ)のゲリラ戦
ドワーフたちの地下王国『ガルダ』から南へ向けて何日も下り、気候が急激に変わり始めた頃。
うちらはいよいよ、エルフと獣人たちの本来の故郷である「南の熱帯雨林」へと足を踏み入れた。
……やけど、そこでうちらを待っていたのは、地下王国以上に悍ましい(おぞましい)、絶望的な光景やった。
「……なんや、この息が詰まるような空気は……」
うちは、特大のサングラスを押し上げながら、額から噴き出す汗をヒョウ柄のタオルで乱暴に拭った。
占いに出た『太陽』の正位置。それは勝利の暗示やとばかり思っていたが、現実は違った。頭上から容赦なく照りつける殺人的な日差しが、森に充満する強烈な「湿気」を温め、ジャングル全体が息もできないほどの『巨大なサウナ』になっとったんや。
おまけに、うちらの目の前に広がる森は、かつての「豊かな緑」など見る影もない。
見上げるような巨木は根本から無惨に切り倒され、切り株だけが墓標のように並んどる。そして、森を縫うように流れていたはずの清らかな川は、神聖アルビオン帝国が建設した魔導工場の排水によって、ドス黒く濁った『毒のヘドロ沼』へと変わり果てとった。
「……ああっ……。俺たちの森が……精霊たちの遊び場が……」
「こんな……こんな死の沼に、されてしまったというのか……!」
同行してきた獣人やエルフの大人たちが、変わり果てた故郷の姿に膝から崩れ落ち、血の涙を流した。
「……おばちゃん。森が、すっごく痛いって泣いてるよ……。息ができないって、苦しんでる……っ!」
リリルが、両手で小さな耳を塞ぎ、顔を真っ青にしてしゃがみ込んでしもうた。
彼女の強い魔力感知が、森の精霊たちの断末魔の悲鳴を直接拾ってしまっているんや。
「リリルちゃん、無理して聞いたらアカン! 耳塞いどき!」
うちは慌ててリリルを抱き寄せ、精神を安定させる「オレンジ味」の飴ちゃんを口に含ませた。
「アレン! 警戒しなはれ! この森、ただ空気が悪いだけやないで!」
「はい! ……ですが、静江さん。足場が、悪すぎます……!」
アレンが剣を抜き放ちながら、ギリッと歯を食いしばる。
うちらの靴は、腐った落ち葉とヘドロが混ざり合った底なしの泥濘に、足首までズブズブと沈み込んどった。
そして、その「悪すぎる足場」こそが、帝国軍がこの森に敷いた最もえげつない防衛戦術やったんや。
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ヒュッ!
鬱蒼と茂るシダ植物の陰から、音もなく飛来した『黒い矢』が、先頭を歩いていた獣人の肩を掠めた。
「ぐあっ!?」
「毒矢です! 静江さん、下がって!」
アレンが神速の剣で二発目、三発目の矢を弾き落とすが、その顔にはかつてないほどの焦りが浮かんどった。
姿が見えない。
帝国軍は、地下王国の時のように、整然と陣形を組んで待ち構えているわけやなかった。
彼らは、この不快な熱帯雨林の気候と、ヘドロの泥濘を「天然の要塞」として利用し、赤い軍服を迷彩色のポンチョで隠して、遠距離からの『ゲリラ戦』を仕掛けてきとったんや。
『……目標、侵入者。マニュアル第42条、ジャングル防衛戦術を実行。泥濘に足を取られた標的に対し、一定の距離から毒矢による波状攻撃を加え、体力を削り殺せ』
拡声魔道具も使わず、冷酷な声だけが森の奥から木霊する。
「くそっ! 姿を見せろ、帝国の犬ども!」
獣人の一人が怒りに任せて森の奥へ突っ込もうとしたが、三歩踏み出したところで「落とし穴」にハマり、その中に仕掛けられていた魔力感知式の地雷が爆発した。
「ぎゃああっ!」
「動くな! 敵の罠だらけだ!」
アレンが叫び、負傷した獣人を急いで引き戻す。
うちはアイテムボックスから、体力回復の「イチゴ味」と、怪我と毒を治す「レモン味」の飴ちゃんをすり鉢で砕き、水筒の水に溶かして負傷者たちに飲ませて回った。
「ほら、これ飲んで耐えなはれ! 毒はすぐ抜ける!」
飴ちゃんの効果で傷は塞がるが、根本的な解決にはなっとらん。
「……静江さん、マズいです」
アレンが、泥だらけになったブーツを引き抜きながら、荒い息を吐いた。
「僕の『刹那の観測』で矢の軌道は見えますが……この底なしの泥濘のせいで、踏み込みのスピードが普段の三分の一以下に落ちています。敵との距離が詰められない!」
神速の騎士であるアレンの最大の武器が、この環境によって完全に封じられてしもうとったんや。
見えない敵。足を取られる泥沼。殺人的な熱気と湿気。
占いで出た『戦車』の前進力は、この泥濘の前に完全にエンストを起こし、空回りして体力を削られるだけのジリ貧状態に陥っとった。
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「……ハァ、ハァ……。おばちゃん、みんな、もう歩けないよ……」
リリルが、オレンジ飴を舐めながらも、限界に近い顔でうちのポンチョを握りしめる。
エルフや獣人たちも、故郷の変わり果てた姿に心を折られ、毒と暑さで次々と膝をつき始めとった。
「……チッ。あの赤い軍服の連中、マニュアル通りにしか動けん機械やと思とったけど、この環境の嫌らしさはしっかり計算に入れとるな」
うちは、アイテムボックスからパイプ椅子を取り出し、泥の中にガシャンと広げて座り込んだ。
頭の上を、また数本の毒矢がヒュンヒュンと通り過ぎていく。
「静江さん! 座っている場合じゃありません、的になります!」
「ええねん。当てられるもんなら当ててみぃ! どんなに毒矢撃たれても、おばちゃんは死なへんわ!」
うちはわざと大声で叫び、敵の注意を自分に引きつけながら、手元のタロットカードをジッと見つめた。
(『戦車』の正位置。……ただガムシャラに突っ走るだけが前進やない。泥道で車輪が回らんのなら、回るようにしてやればええだけのことや)
うちは、デコネイルでパイプ椅子の肘掛けをコンコンと叩いた。
「アレン。あんた、泥に足を取られて走られへんのやったら、足が沈まんように『道』を作ったら走れるか?」
「え? は、はい。平らな足場さえあれば、一瞬で敵の懐に潜り込めますが……こんな底なし沼に、どうやって道を?」
「決まっとるやろ! ただ進むんやない。うちらがこのジャングルを、端から端まで『舗装(大掃除)』しながら進むんや!」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ直した。
「リリルちゃん、エルフのおっちゃんら! 森が泣いてるんやったら、あんたらの力で『新しい根っこ』を張って、泥の水分を吸い上げなはれ!」
「……え?」
「アレン! あんたは、うちがこれから出す『アイテム』を使って、この泥沼の上に強制的にレッドカーペット……いや、最強の『足場』を敷いていくんや! ゲリラ戦なんかで、おばちゃんの行軍が止められると思たら大間違いやで!」
殺人的な熱帯雨林の奥深く。
姿を見せない帝国軍の卑劣な罠に対し、最強のオカンが繰り出す、前代未聞の「ジャングル強制舗装作戦」が、今、泥の底から反撃の産声を上げようとしとったんや!
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