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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第15話 おばちゃん首脳会談と、泥棒猫の次男坊

 侯爵領の役人、バルトロを説教一つで追い返してから数日。ルミナの街は、表面上は穏やかな日常を保っているように見えた。けれど、市場を歩けば、その水面下で確実に何かが蝕まれ始めているのがわかる。


「……静江さん。さっき市場を通ったら、塩の袋が先週の半分になってました。それに、傷を癒す薬草の値段が、昨日の倍以上に跳ね上がってる。街の商売人たちが、みんな不安そうな顔をしてます」


 アレンが隣で、空になった買い物袋を握りしめて報告してくる。彼の声には、かつての「逃亡者」としての怯えではなく、この街を、そしてうちの店を守りたいという切実な焦りが混じっていた。

 侯爵家による「経済の締め付け」。それは、派手に街を焼くような暴力やない。真綿でじわじわと首を絞め、呼吸を困難にさせる、一番陰湿で効果的な攻め方や。


「……ええねん。あっちがその気なら、こっちはこっちのやり方があるわ。……アレン、今日は買い物はええ。商業ギルドへ行くで」


 うちは光沢のあるサテン生地のヒョウ柄ブルゾンを羽織り、ファスナーをシャカッと上げた。この世界には存在せえへん、不自然なほど滑らかな化学繊維の質感。それが、ルミナの古い石造りの街並みの中で、うちという「異物」の存在感を際立たせる。


 商業ギルドの奥座敷。そこは、ルミナの金の流れが決まる「心臓部」や。

 重厚な扉を開けると、そこには高級な香木の香りと、それ以上に重苦しい沈黙が立ち込めていた。


「遅いよ、静江! あんたがバルトロを追い返したせいで、向こうもなりふり構わなくなってる。北の関所を完全に閉鎖しやがった。このままじゃ、一週間もしないうちにルミナの経済は干上がるよ!」


 バネッサがテーブルを激しく叩いた。彼女の指先にある高価な宝石がジャラジャラと鳴るが、うちのブルゾンの金色のファスナーの方が、魔法灯の光を鋭く、そして冷たく反射しとる。


「せやから言うたやんか、バネッサさん。焦ったら負けや。……で、カイル。あんた、なんでここに、自分の家みたいに寛いどるんや?」


 ギルドの高級酒を勝手にグラスに注ぎ、優雅に揺らしている男――侯爵家の次男坊、カイルがいた。彼はニヤリと、獲物を狙う野良猫のような笑みを浮かべた。


「おっと、つれないねぇ。私はこれでも、静江さんの身を案じて特大の『爆弾』を届けてあげたんだよ。……本家が、バルトロの失敗を受けて、古い書庫からこれを見つけ出してきた。伯爵家ですら忘れていた、ルミナの『根っこ』を揺るがす一枚だ」


 カイルがテーブルに放り出したのは、煤けた色をした古い羊皮紙や。バネッサがそれを手に取り、目を通した瞬間、彼女の顔から血の気が引いていくのがわかった。


「……馬鹿な。これじゃあ、ルミナの街の広場から市場まで、法律上はすべて侯爵家の『私有地』扱いじゃないか! 古い寄進状の不備を突いて、土地の権利を遡らせるつもりだ……!」


 アレンが背後で息を呑む。「公序良俗」なんていう言葉は、ただのきっかけに過ぎなかった。本家は、この街そのものを「物理的」かつ「法的」に奪い取ろうとしとるんや。


 うちは黙ってその羊皮紙を指で弾いた。

 バルトロが触れた時に戦慄した、あの若すぎる、けれど不自然に密度が詰まった肌。その指先が、何百年も前の古い文字をなぞる。


「……カイル。あんた、なんでこれをうちに教えた? 本家を裏切って、あんたに何の得があるんや」


「得? はは、面白いものが見られる。それ以上の得があるかい? 私はね、本家のあのカビの生えた連中が、路地裏の派手なおばちゃんに足元を掬われる瞬間を、特等席で見物したいだけさ」


 この男、ホンマに食えん。本家への忠誠心もなければ、街を救いたいという善意もない。ただ、自分の「退屈」を紛らわすためのスパイスとして、うちを利用しとる。


「……バネッサさん。あんた、この街の地下水路の管理権、どないなっとるか知ってるか?」


「え……? 地下水路? そんなもん、どこの公文書にも載ってやしないよ。古すぎて誰も管理してないはずだ」


「せやろな。……でもな、バルトロのあの青白い顔色を見て、うちのカードが言うてたんや。……『見えへん流れこそが、一番の武器になる』ってな」


 うちはニカッと、金色の粉を塗ったまぶたを細めて笑った。

 この世界の連中は、目に見える「土地」の権利にはうるさいけど、その下を流れる「インフラ」という概念が希薄なんや。大阪の商店街で、排水管の詰まり一つでどれだけの大騒ぎになるか、あいつらは知らん。


「土地が侯爵様のもんやとしても、その下を流れる『水』まであいつらのもんやとは、この古い紙には書いてへんわ。……アレン、悪いけどもう一仕事や。市場の古老たちに聞いてきなはれ。……『昔、この街の水を守ってたんは誰や?』って」


「水……ですか。わかりました! すぐに調べてきます!」


 アレンが駆け出していく。バネッサが呆気にとられたようにうちを見ている。


「静江……。あんた、まさか、水路を盾に侯爵家と喧嘩するつもりかい? 相手は正式な土地の権利を主張してるんだよ?」


「喧嘩やない、商談や。……カネを止めるより、水を止める方が人は早く泣きつくで。……カイル。あんた、もしうちがこの『契約』をただの鼻紙ティッシュにしたら、本家の兄ちゃん、どんな顔すると思う?」


「……ククッ。想像しただけで、エールが三杯は飲めそうだ」


 カイルは楽しげにジョッキを掲げた。その瞳の奥には、好奇心とともに、静江という「異物」への底知れない警戒心が見え隠れしていた。


「……さぁて、バネッサさん。オレンジ味(冷静)の飴ちゃん、もう一粒いこか。……これから、えげつないまでの『根回し』、したるわ。侯爵様には、泥水でもすすってもらおやないか」


 うちはアイテムボックスからオレンジ味の飴を取り出し、バネッサの口に放り込んだ。

 

 ルミナの夜風が、湿り気を帯びて吹き抜ける。

 見た目は不気味な派手な女。中身は口うるさいおばちゃん。

 そんな歪な存在が、中世の「不平等条約」という高い壁を、現代の知恵と大阪の商い魂で粉砕しようとしていた。


「おばちゃんを怒らせたら、どんな理不尽な契約書も、ただのゴミクズにしかならんのやから!」


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