第147話 高地の地下王国と、実家を奪った地上げ屋
巨大中継港カリカを特権商社の支配から解放し、完全な「自由貿易港」として独立させたうちら。
種族も大陸も超えた世界連合軍による特大の祝勝会を終えた翌日、うちらは息つく間もなく、次の「大掃除」のターゲットへと向けて出発しとった。
目指すは、カリカから北へ何日も歩いた先にある険しい山脈地帯。ドワーフたちの本来の故郷である、高地の地下王国『ガルダ』や。
「……ふぅ。えらい空気薄なってきたな。おばちゃんのヒザが『もう勘弁して』って悲鳴上げとるわ。それに、急に寒うなってきたし……」
うちは特大のゴミ拾いトングを杖代わりにして、岩肌の続く険しい山道を登りながらボヤいた。
カリカの熱砂の気候から一転、インド北部のチベット山脈を思わせるこの高地は、標高が上がるにつれて刺すような冷たい風が吹き下ろしてくる。
「おばちゃん、がんばって! もう少しでお山の上だよ!」
うちが手縫いで作ってやったヒョウ柄のポンチョをすっぽりと被ったリリルが、前を歩きながらうちのスカジャンの裾を引っ張って応援してくれる。
彼女の隣には、山のような野営道具や炊き出しのセットが入った巨大なリュックを軽々と背負ったアレンが、涼しい顔で歩いとった。
「静江さん、無理しないでくださいね。いざとなれば、僕が静江さんをおんぶして登りますから!」
「アホ、ええ大人が若い子におんぶされるかいな。意地でも自力で登り切るわ!」
うちらの後ろには、カリカでの強制労働から解放され、うちらに同行してきた数十人の「ドワーフの職人たち」が続いとった。
彼らは、息を切らすどころか、標高が高くなるにつれてどんどん顔色がようなっていく。
カリカの灼熱の熱砂では、常に顔を真っ赤にして息苦しそうにしていた彼らやけど、久しぶりに嗅ぐ故郷の冷たい空気を、まるで極上の酒でも味わうように深く、深く肺の奥まで吸い込んどった。
「……ああ。この冷たくて、少し鉄の匂いが混じった乾いた空気。……間違いねぇ、俺たちの故郷だ」
ドワーフの親方が、ゴツゴツとした手で山肌の岩を撫でながら、涙ぐんだ声で呟く。
「帰ってきたんだな……。長かった。あの灼熱の地獄から、ついに俺たちの涼しい地下工房へ……!」
他のドワーフたちも、故郷への帰還に胸を躍らせ、足取りを早めていく。
やがて、うちらはついに山頂の尾根へと辿り着いた。
そこから眼下を見下ろせば、すり鉢状になった巨大な盆地の底に、ドワーフたちの誇り高き実家……地下王国『ガルダ』の入り口が見えるはずやった。
「見ろよ! あれが俺たちの……!」
親方が歓喜の声を上げようとして、その言葉は喉の奥で完全に凍りついた。
「……なんだ……あれは。俺たちの誇り高き『実家』が、なんてザマだ……!」
親方がギリッと歯を食いしばり、ワナワナと太い腕を震わせる。
うちも隣に立って、特大のサングラス越しにその光景を覗き込んだ。
本来なら、ドワーフの建築技術の粋を集めた、美しい石造りの巨大な門があるはずの地下王国の入り口。
そこは今、真っ赤な軍服を着た『神聖アルビオン帝国軍』の兵士たちによって、無機質で冷たい鉄板とコンクリートで覆い尽くされた「要塞」へと無惨に作り変えられとった。
無数に突き出た煙突からは、昼夜を問わず真っ黒な煙が吐き出され、故郷の澄んだ空気をドス黒く汚染している。
さらに、要塞化された入り口の周辺の敷地では、目を覆いたくなるような悲惨な労働風景が広がっとった。
「あれを見なはれ……。カリカの特権商社がやってたことより、もっとタチが悪いわ」
うちが眉をひそめて指差す先。
そこには、足枷をつけられたドワーフの同胞たちが、真っ黒な煙を上げる巨大な魔導炉の前で、休む間もなくピッケルとハンマーを振らされとる。
さらに酷いことに、その魔導炉の火力を維持するために、エルフたちが「魔力バッテリー」として何十本もの魔導管に繋がれ、苦痛に顔を歪めながら無理やり魔力を吸い上げられとった。
『おい! 作業効率が落ちているぞ! マニュアル第12条に従い、一分間に三十回、正確なリズムでハンマーを振り下ろせ!』
拡声魔道具を持った赤い軍服の帝国の将校が、片手に分厚いマニュアル本を持ち、もう片方でムチを鳴らしながら冷酷な声で怒鳴り散らしている。
『貴様らは帝国の偉大なる生産部品だ! 個人の工夫など必要ない! 決められた規格の鉄球を、決められた時間内に作り続けろ! それ以外の行動はすべて反逆とみなす!』
ムチが振るわれ、疲労で動きが鈍ったドワーフの背中を容赦なく打ち据える。
ドワーフたちが本来持っている「職人としての誇り」や「美しい意匠へのこだわり」。帝国はそんなものを一ミリも認めず、彼らをただ魔力結晶を掘り出し、兵器の部品を作るための『機械』として扱っとるんや。
血の通った人間を、感情のない数字とマニュアルで完全に管理し、搾取する。それが、神聖アルビオン帝国という巨大国家の恐ろしい支配のやり方やった。
「……あのおじさんたち、心が真っ暗になってる」
リリルが、水晶を通さなくてもその悲痛な気配を感じ取り、胸をギュッと押さえた。
「……悲しいのに、痛いのに、涙も出なくなっちゃってるよ。心の中が、冷たい石みたいにカチカチに固まってるの……」
五歳のエルフの子供が震えながら紡いだ言葉が、ドワーフの親方の心に火をつけた。
「……許せねぇ。俺たちの実家(工房)に土足で上がり込みやがって……!」
親方が、怒りで顔を真っ赤にし、背負っていた巨大なハンマーを力任せに握りしめた。
「帝国の連中め、俺たちの魂である技術を『マニュアル』なんていうふざけた紙切れで縛り付けやがって! おい野郎ども! 今すぐあの要塞にカチ込んで、赤服どもの頭をカチ割ってやるぞ!」
「おおぉぉッ!!」
故郷を汚されたドワーフたちが、血走った目で一斉に武器を構え、今にも崖を駆け下りようとする。
「待ちィな、おっちゃんら!!」
うちは、親方の丸太のように太い腕を、両手でガシッと掴んで引き止めた。
「離してくれ、静江の姉ちゃん! 俺たちはもう我慢できねぇ!」
「頭に血ぃ上らせて突っ込んでも、ハチの巣にされるだけやわ! よう見なはれ、あの監視塔の数と、規則正しく巡回してる兵士の動きを!」
うちが指差すと、アレンも鋭い目で敵陣を分析して頷いた。
「静江さんの言う通りです。あの赤い軍服の兵士たち……一人一人の動きが完全に統率されています。感情で動く傭兵とは違う、恐ろしいほど訓練された正規軍だ。正面から突っ込めば、一瞬で包囲されて終わります」
「相手は、人間の命すら数字でしか見えへん、感情のない冷徹なマニュアル軍隊や。気合と怒りだけで勝てる相手やないんやわ」
うちは親方の腕を離し、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
冷たい風が吹き荒れる岩肌の上に、見えない力でカードを円形に展開していく。
バシッ、バシッと乾いた音が、張り詰めた空気に響く。
うちはその中から、最も強い波長を放っている一枚をスッと表に返した。
出たのは、『悪魔(The Devil)』の正位置や。
鎖に繋がれた男女と、彼らを支配する巨大な悪魔が描かれた、束縛と堕落のカード。
「……やっぱりな。効率とマニュアルによる、徹底的な搾取と支配。……あいつら、人間の感情も、職人の誇りも、全部『数字』でしか見とらんわ」
うちはカードの絵柄をデコネイルで弾き、ゆっくりと立ち上がった。
特大のサングラスの奥で、おばちゃんの鋭い眼光が、眼下の赤い軍服の帝国軍を射抜く。
「他人の実家(工房)に勝手に入り込んで、リフォームと称して住み着き、数字ばっかり気にして住人をこき使う悪徳地上げ屋……。おばちゃんが一番嫌いなタイプの客やわ」
うちは、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「ええか、アレン、おっちゃんら! 正面から殴り込むんやない! どんなに分厚いマニュアルにも、必ず『想定外のバグ(死角)』っちゅうもんが存在するんや! あいつらのその『マニュアルの死角』を突いて、この地下王国の所有権、根こそぎ奪い返したるで!」
巨大な覇権国・神聖アルビオン帝国との、本格的な第一回戦。
ドワーフの誇り高き実家(地下工房)を取り戻すための、おばちゃんの「地上げ屋撃退作戦」が、今、険しい高地を舞台にド派手に幕を開けたんや!
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