第143話 小さな王女の視察と、誇りを取り戻す兵器工場
カリカの港が国家の『無敵艦隊』によって波状攻撃を受けている頃。
エルフの小さな王女リリルと、大和郷から駆けつけた森の長兄率いる「解放軍(別働隊)」は、カリカから北へ少し離れた山間部にある、巨大な『特権商社・第三兵器工場』の敷地を見下ろす崖の上に潜んどった。
「……チッ。胸糞の悪い煙だぜ。カリカの本店が乗っ取られたせいで、こっちの支店(工場)で無理やり大砲の弾やら武具やらを増産させてやがるな」
森の長兄が、大太刀の柄を握りしめながら眼下の工場を睨みつける。
工場の煙突からは、昼夜を問わず真っ黒な煙が吐き出されとった。
敷地内では、人間の役人たちがムチを振り回し、顔を煤で真っ黒にしたドワーフたちに、不休で鉄を打たせている。そしてその炉の火力を維持するために、エルフたちが「魔力バッテリー」として魔導管に繋がれ、苦痛に顔を歪めとった。
すべては、オカン・ユニオンが立て籠もるカリカの防衛壁を打ち砕くための、理不尽なブラック労働や。
「嬢ちゃん。ここは俺たち水軍が裏から突っ込んで、役人どもの首を片っ端から刎ねてやる。あんたはここで見てな」
殺気を放つ森の長兄の太い腕を、リリルが小さな両手でギュッと掴んで引き止めた。
「……だめだよ、おじちゃん。それじゃ、ただの『暴力』になっちゃう。おばちゃんが言ってたよ。力で無理やり解放しても、あのおじさんたちの心は、ずっと怖いままになっちゃうって」
「あぁん? じゃあ、どうするってんだ」
「わたしが、みんなの『本当の心』を呼び覚ましてくるの」
リリルは、静江が手縫いで作ってくれたヒョウ柄のポンチョの裾をギュッと握りしめ、自分を奮い立たせるように小さく深呼吸をした。
そして、森の長兄が止める間もなく、崖の斜面をトテトテと滑り降り、怒号と槌音が響き渡る工場のド真ん中へと歩み出たんや。
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「……おい! 早くその大砲の筒を冷ませ! カリカの反乱軍をすり潰すために、今日中にあと百門は必要だ!」
人間の工場長が、過労でふらつくドワーフの背中をムチで打ち据えた。
「……おじさん、そんなことしちゃダメだよ。そのドワーフのおじちゃんは、もう倒れそうだよ」
突然、煤けた工場の真ん中に響いた、鈴を転がすような澄んだ子供の声。
工場長が驚いて振り返ると、そこにはポンチョを被り、両手でタロットカードの束を握りしめた五歳のエルフの女の子が立っとった。
「な、なんだこのガキは! どこから入り込んだ!」
工場長がムチを振り上げるが、リリルはブルブルと足の震えを堪えながらも、一歩も退かずに彼を睨み返した。
そして、握りしめていたタロットカードの中から、一枚のカードをペタッと自分の胸の前に掲げた。
出たのは、『ペンタクル(金貨)の8』の正位置や。
「……ドワーフのおじちゃんたち。みんな、すっごく器用で、本当は綺麗なアクセサリーとか、みんなの生活を豊かにする便利な道具を作るのが『得意』なんでしょ?」
リリルの言葉に、ムチで打たれていたドワーフの手が、ピタリと止まった。
「……おばちゃんが言ってたよ。自分の得意なことで、誰かを殺すための怖い道具を作らされるのは、一番心がすり減る『ブラック労働』だって」
「な、何を馬鹿なことを言っている! おい、早くそのガキを捕まえろ!」
工場長が叫ぶが、リリルの言葉は、過労で心を麻痺させていたドワーフたちの魂の奥底に、確かに届いとった。
彼女は、さらに大きな声を張り上げる。
「カリカの街は、もう『適材適所』を取り戻したんだよ! だから、みんなも……もう、こんな怖い道具を作るのはやめて! 自分の『誇り』を思い出して!」
リリルの目からこぼれ落ちた透明な涙が、工場の熱い鉄板の上に落ちる。
ジュワッ、という音とともに、そこから淡い緑色の光を放つ『双葉』が芽吹いた。
魔力バッテリーとして繋がれていたエルフたちが、その絶対的な「王族の証」を見て、虚ろだった瞳に強い光を宿した。
「……命の芽吹き……! 王女様が……我らを導くために!」
エルフたちが自らの意志で魔力を逆流させ、魔導管を内側から破裂させる。
「ひぃっ!? 魔力炉が暴走するぞ!」
「……もう、たくさんだ! 俺たちの誇り高き『鉄を打つ技術』を、同胞を殺すための大砲なんぞに使わせるものか!」
ドワーフの一人が咆哮を上げ、打ちかけだった真っ赤な大砲の筒を、巨大なハンマーで力任せに叩き潰した。
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「おおぉぉぉッ!!」
それが合図やった。
抑圧されていたドワーフや獣人たちが、次々と手にしたハンマーや鉄パイプを振り上げ、自発的な『蜂起』を始めた。
「ガハハハッ! そうこなくっちゃな! 俺たちも暴れるぜ!」
崖の上から、森の長兄と水軍の荒くれ者たちが雪崩れ込み、逃げ惑う役人たちを峰打ちで次々と薙ぎ払っていく。
リリルは、工場の中で涙を流しながら武器を置いたドワーフやエルフたちの中に飛び込み、アイテムボックスの端っこから分けて持たせていた『飴ちゃん』を配って回り始めた。
「ほら、これ食べて! イチゴ味とオレンジ味だよ! おばちゃんの魔法の飴だから、すっごく元気になって、疲れが取れるの!」
「……ああ、甘い……。擦り切れていた腕の痛みが、消えていく……!」
「ありがとう、王女様! 俺たちは、もう誰かの言いなりにはならねぇ!」
飴ちゃんの魔力と、小さな王女の言葉が、彼らの失われていた「職人としての誇り」を見事に蘇らせた。
「王女様! 俺たちの作った大砲や剣は、あらかた『不良品(手抜き)』にしておきました! これなら、カリカの防壁を破ることは絶対にできません!」
「俺たちもカリカへ向かいます! 今度は、自分たちの街を守るための『最強の盾』を、この手で打ち直して見せますぞ!」
ドワーフたちが、油と煤にまみれた顔でニカッと笑う。
力による制圧やない。彼ら自身の「得意なことへの誇り」を取り戻させることによる、本物の解放や。
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その頃。
激しい防衛戦が続く、巨大中継港カリカ。
特大の具沢山豚汁で労働者たちの士気を完全回復させたうちは、防壁の上で、はるか北の山間部から上がる「黒い煙」が、スゥッと白く綺麗な煙に変わったのを見逃さへんかった。
「……ふふっ。うちの可愛い一番弟子、また一つ『ゴミ屋敷(ブラック工場)』を綺麗に片付けたみたいやな」
うちは特大のサングラスを少しだけずらし、満足げに笑った。
「静江殿! 敵の揚陸艦の動きが鈍っています! どうやら、後方からの『弾薬の補給』が完全にストップしたようです!」
ギディオンが、片眼鏡を光らせて興奮気味に報告してくる。
「せやろな。支店(工場)の連中が、みんなうちらの『特売(解放)』に乗り換えたんやわ」
うちはパイプ椅子の上に立ち上がり、眼下に広がる国家の無敵艦隊に向かって、特大のゴミ拾いトングをビシッと突きつけた。
「さぁ、あんたら! 弾切れの客なんて怖ないで! 東西の家族が来るまで、このまま店を死守するんや!」
小さな王女が外で起こした「内部崩壊」の波が、カリカの絶対防衛戦に確かな勝機をもたらしとった。
終わりの見えない冷戦は、おばちゃんと弟子による完璧な『二方面作戦』によって、徐々に、しかし確実に、特権商社という巨大な組織の首を絞め上げようとしとったんや!
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