第141話 小さな王女の出陣と、伝播する飴ちゃん
特権商社のカリカ支部を乗っ取ってから数週間。
海からは国家の無敵艦隊(第2波)がジリジリと圧力をかけ、街には特権商社の放った暗殺者や工作員が入り込むという、終わりのないヒリヒリとした防衛戦(冷戦)が続いとった。
「アレン! 第3防波堤の補強、急がせなはれ! ギディオン、今日の食料配給のシフト、これで回るか?」
「はい、静江殿! 完璧なローテーションです!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、要塞化が進むカリカの街を走り回って指示を飛ばしとった。
そんな息の詰まるような籠城戦の合間。うちは防壁の上に立ち、潮風に吹かれながら、遠く離れた周辺都市が広がる陸地の方角をジッと見つめた。
「……さて。うちの可愛い一番弟子は、ちゃんと『お友達』を呼べとるやろか。……まぁ、あの子なら大丈夫やな。うちの飴ちゃんと、ド正論ツッコミの才能を受け継いどるんやから」
うちは西の空に向かってニカッと笑い、防衛の指揮へと戻っていった。
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その頃。カリカから少し離れた、別の小さな港町。
本店であるカリカの機能が止まったことで、この町の特権商社の残党どもは、不足した魔力と物資を補うため、残されたエルフや獣人たちへの搾取を狂ったように強めとった。
「……早く歩け、この下等種族ども! カリカの本店が機能していない今、お前たちの命を削ってでも魔導船を動かすのだ!」
人間の役人が鞭を振り上げ、鎖に繋がれたエルフたちを怒鳴りつけとる。
その悲惨な光景を、町の路地裏からジッと見つめている二つの影があった。
大和郷から駆けつけた豪快な海将『森の長兄』と、静江が手縫いで作ってやった小さなヒョウ柄のポンチョを被った、エルフの小さな王女・リリルだ。
「……チッ。胸糞の悪い光景だぜ。おい、嬢ちゃん。俺が今からあいつらの中に斬り込んで、役人どもの首を全部吹っ飛ばしてきてやる。あんたはここで隠れてな」
森の長兄が大太刀の柄に手をかけ、殺気を放つ。
大和郷の『特売ダッシュ』を経験した彼なら、あの程度の私兵、数分で皆殺しにできるだろう。
だが、リリルは小さな両手で、彼の大太刀の柄をギュッと掴んで引き止めた。
「……だめだよ、森のおじちゃん。それじゃ、おばちゃんの言う『ただの別の怖い人』になっちゃう」
「あん? 別の怖い人?」
「うん。……力でやっつけても、お友達の心はずっと怖いままなの。……だから、わたしがお話ししてくるね」
リリルは、森の長兄が止めるのも聞かず、路地裏からトテトテと歩み出た。
そして、鞭を振るう役人と、怯えるエルフの大人たちのド真ん中へと進み出たのだ。
「……な、なんだこのガキは! どこから入り込んだ!」
突然現れた小さな子供に、役人が驚いて鞭を止める。
リリルはブルブルと足の震えを堪えながらも、両手でしっかりとタロットカードの束を握りしめ、それに一枚の『カード』をペタッと押し当てた。
掲げたのは、『太陽(The Sun)』の正位置のカードだった。
「……おじさんたち。もう、泣かなくていいんだよ。……カリカの街は、もう『誰かが泣く街』じゃないの」
「こ、子供……? なぜこんなところに。逃げなさい、お前も捕まってしまう……!」
鎖に繋がれたエルフの男性が、虚ろな目でリリルを庇おうとする。
「……カリカにはね、すっごく強くて、優しいおばちゃんがいるの。みんなの『得意なこと』を、すごいねって褒めてくれるの」
リリルは首を横に振り、自分が一番怖いのに、必死に声を張り上げた。
「だから、もう下を向いてちゃダメ。……わたしたちは、誇り高いエルフだよ。……一緒に、選ぼう?」
彼女の目からこぼれ落ちた透明な涙が、冷たい石畳に落ちる。
その瞬間、涙が落ちた石の隙間から、淡い緑色の光を放つ『双葉』が力強く芽吹いた。
特権商社によって根絶やしにされたはずの、エルフの『王族』だけが持つ、命を芽吹かせる絶対的な証明。
「お、王族の……命の芽吹き……!?」
「まさか、生き残っておられたのか……! 小さな王女様が……我らを導くために!」
虚ろだった大人たちの瞳に、急速に熱い闘志と、かつての誇りが蘇っていく。
「……ひっ! な、なんだお前たちは! 反抗する気か!」
慌てた役人が鞭を振り下ろそうとした、その時。
「……もう、貴様らの理不尽には屈しない! 我らは、王女様の下へ集うのだ!」
エルフの大人たちが一斉に咆哮を上げ、自らの意志で魔力を逆流させ、繋がれていた鎖を内側から粉々に砕き割ったのだ!
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「おおぉぉぉッ!!」
エルフだけではない。抑圧されていた獣人やドワーフたちも、リリルの言葉と奇跡を目の当たりにして、次々と武器となる鉄パイプや石を手に取り、自発的な『蜂起』を始めた。
「ガハハハッ! そうこなくっちゃな! 俺たちも暴れるぜ!」
森の長兄が堪えきれずに路地裏から飛び出し、大太刀を振り回して残党の兵たちを峰打ちで次々と薙ぎ払っていく。
リリルは、解放されて涙を流す同胞たちの中に飛び込み、アイテムボックスの端っこから分けて持たせていた『飴ちゃん』を配って回り始めた。
「ほら、これ食べて! オレンジ味だよ! おばちゃんの魔法の飴だから、すっごく元気になるの!」
「……ああ、甘い……。本当に、力が湧いてくる……!」
「ありがとう、王女様! 我らもカリカへ向かいます! 共に戦いましょう!」
力による制圧ではない。
小さな王女が心に寄り添い、彼ら自身の足で立ち上がらせる『本物の解放』。
おばちゃんの飴ちゃんとド正論が、こうしてリリルの手によって、周辺都市へと確実に伝播していた。
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そして再び、巨大中継港カリカの防衛拠点。
海風を感じていた静江の鼻が、微かにピクッと動いた。
「……おっ。遠くの風の匂いが、少しだけ軽くなった気がするわ」
うちは、特大のサングラスを押し上げ、嬉しそうに目を細めた。
魔法の通信も、透視の水晶もいらない。おばちゃんの長年の勘が、遠く離れた小さな弟子が立派に役目を果たしていることを告げていた。
「静江殿! 海上より、国家の無敵艦隊・第2波が接近しています! 敵の数、前回よりさらに増強されております!」
ギディオンが、片眼鏡を光らせながら緊迫した声で執務室に駆け込んできた。
「……上等やないの。お嬢ちゃんが外で頑張っとるんや、うちらも負けてられへんで!」
うちはパイプ椅子を蹴り飛ばし、特大トングを肩に担ぎ直した。
小さな王女の解放戦争が周辺地域で燃え広がる中、巨大国家との終わりのない防衛戦が、再び激しい砲撃の音と共に幕を開けようとしとったんや!
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