第135話 地下動力室の絶望と、小さな王女の導き
特権商社の上層部が、己の保身のためにエルフの命を限界まで使い潰す「最悪のスイッチ」を入れた。
だが、それは同時に、これまで鉄壁を誇っていた彼らの警備網に、致命的な「隙」を生み出すことになったんや。
「静江殿。地上への物流ルートが止まった今、商社のすべての魔力は地下最深部……巨大な『中央魔力炉(動力室)』へと向けられています。警備の兵も、炉の暴走を防ぐためにそちらへ駆り出されているはずです」
分厚い片眼鏡をかけたリザードマンの参謀、ギディオンが、地下通路の暗がりで正確な見取り図を指差す。
「よっしゃ! ギディオン、案内頼むで! アレン、獣人の兄ちゃんら! 道中に出てくる警備のゴーレムや兵士は、音を立てずに一瞬で黙らせなはれ!」
「承知しました! 僕の『刹那の観測』と、獣人の方々の盾で、一切の反撃を許しません!」
おばちゃんの号令のもと、『オカン・ユニオン』の精鋭たちが地下水路から商社の心臓部へと静かに、けれど猛烈な速度で雪崩れ込んでいった。
ドワーフたちが器用な手先で魔法の電子錠を次々と解除し、現れた警備兵は獣人たちが分厚い盾で壁に押し付け、アレンの峰打ちが一瞬で意識を刈り取る。
理不尽な『種族適性法』によって分断されていた者たちが、お互いの「得意なこと」をパズルのように組み合わせた時、これほどまでに洗練された完璧な部隊になるんや。
やがて、うちらは分厚い鋼鉄の扉をこじ開け、ついに特権商社の最深部――『地下動力室』へと辿り着いた。
「……なんや、ここ。血と、焦げた鉄の匂いが充満しとる……」
うちは思わず、特大のゴミ拾いトングを握る手に力を込めた。
ドーム状の巨大な空間。その中央には、心臓のように不気味な脈動を繰り返す巨大な魔力炉が鎮座しとった。
そして、その魔力炉を取り囲むようにして……何十、何百という「大人のエルフ」たちが、太い魔力吸引の鎖で首や手足を繋がれ、無機質なカプセルの中に幽閉されとったんや。
彼らの美しいはずの金糸の髪は抜け落ち、肌は土気色に変色しとる。
カプセルから伸びる無数の管が、彼らの体内から生命力そのものである魔力を無理やり吸い上げ、その過程で出た真っ黒な「魔力廃液」が、下のドブ川へと垂れ流され続けとった。
「……ひどい。これが、特権商社の動力の正体……。エルフの命を、ただの使い捨ての乾電池としてしか見ていないなんて……!」
アレンが激しい怒りに顔を歪め、剣の柄を強く握りしめる。
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「あんたら! よう我慢したな! 今すぐその鎖、全部ぶっ壊したるわ!」
うちは一番手前にあったカプセルに駆け寄り、繋がれていた一人のエルフの男性に向かって声をかけた。
アレンが即座に駆けつけ、彼を繋いでいる太い鎖に向かって長剣を振り下ろす。
ガキィィィンッ!!
だが、アレンの剣は、鎖の表面に張られた強固な魔力障壁によって、甲高い音を立てて弾き返された。
「……駄目です、静江さん! この鎖、繋がれているエルフ自身の魔力と完全に同化しています! 彼ら自身が『鎖を外したい』と願って魔力を逆流させない限り、外からの物理攻撃はすべて弾かれてしまう!」
「なんやと!? ……おい、お兄さん! うちらは助けに来たんや! ここから逃げたいって、強く念じなはれ!」
うちがカプセルの中の男性に叫ぶ。
だが、重い瞼をゆっくりと開けたそのエルフの男性の瞳には、うちらへの期待も、助かりたいという希望も、何一つ残っていなかった。
「……やめて、くれ……。逆らえば……もっと恐ろしい罰を受ける。子供たちが、殺される……」
「何を言うてんねん! 子供らなら、うちらが安全なスラムの奥でちゃんと保護しとるわ! もう怯えんでええんやで!」
うちが必死に説得しても、男性は首を横に振り、虚ろな目で宙を見つめた。
「……私たちは、『種族適性法』で定められた……ただの『電池』だ。……もう、何も考えたくない。……ただ、魔力を吸われるだけの部品なんだ。……希望など、見せないでくれ……」
その言葉は、彼一人のものやなかった。
周囲のカプセルに繋がれたすべての大人のエルフたちが、「自分たちは電池だ」「どうせ逃げられない」と、完全に心を殺し、自ら鎖に繋がれることを受け入れてしまっとったんや。
何年、何十年という長きにわたる圧倒的な搾取と洗脳。
それは、どんな物理的な壁よりも分厚い『絶望の壁(学習性無力感)』となって、彼らの魂を凍りつかせていた。
これでは、おばちゃんのオカン節すら、弾き返されてしまう。
「……アカン。心が完全に死んでもうとる。これじゃ、どうやって……」
うちが唇を噛み締め、トングを下ろしかけた、その時やった。
うちのヒョウ柄のポンチョの背中に隠れていた小さな影が、ブルブルと足の震えを堪えながら、一歩、また一歩と、カプセルの前へと進み出たんや。
「……リリルちゃん?」
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五歳のエルフの女の子、リリル。
彼女は、自分のお父さんやお母さんと同じようにボロボロにされた同胞たちを前にして、大粒の涙をポロポロとこぼしとった。
やけど、彼女は逃げ出さず、両手でしっかりとタロットカードの束を握りしめ、それを一枚、虚ろな目をしたエルフの男性の目の前に、ペタッと押し当てた。
「……おじさんたち。すっごく痛くて、苦しいって……泣いてる」
リリルが震える手で掲げたのは、『星(The Star)』の正位置のカードやった。
暗闇の中で、一筋の希望の光が降り注ぐ絵柄。
「……私たちは、電池じゃないよ。……森の木々を育てて、お花とお話しできる、誇り高いエルフだよ」
「……子供……? なぜ、こんなところに……。逃げなさい、お前も電池にされてしまう……」
男性が、焦点の合わない目でリリルを見る。
リリルは首を横に振り、ポタポタと涙をこぼしながら、男性の冷え切った手に、自分の小さな両手を重ねた。
「……おばちゃんがね、教えてくれたの。未来は、当てるんじゃなくて、自分で選べるんだって」
彼女の涙が、冷たい鋼鉄の床に、ポタッと落ちた。
――その瞬間やった。
リリルの涙が落ちた無機質な鉄の床の隙間から、あり得ないことに、淡い緑色の光を放つ『一本の小さな双葉』が、力強く芽吹いたんや。
「なっ……!?」
それを見た大人のエルフたちの瞳に、雷に打たれたような驚愕の色が走った。
鉄やコンクリートのような死の大地からでも、生命を芽吹かせることができる奇跡の魔力。それは、数年前に特権商社によって根絶やしにされたはずの、エルフの『王族』だけが持つ絶対的な証明やった。
「お、王族の……『命の芽吹き』……!?」
「まさか……。あの時、燃え盛る森から逃げ延びたという、最後の王女様……!?」
虚ろだった大人たちの瞳に、急速に血の気が巡り、凍りついていた心が激しく波打ち始める。
リリルは、おどおどした顔のまま、それでも真っ直ぐに、彼らの目を見つめ返した。
「……だから、おじさんたち。もう、泣くのはやめて。……下を向いてちゃダメ。……一緒に、選ぼう……?」
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それは、静江のような威勢の良いハッタリでも、アレンのような力強い宣言でもない。
自分が一番怖くて怯えているのに、それでも他人の痛みに寄り添い、純粋なド正論で背中を押そうとする、リリルにしかできない『共感の占い』やった。
「……王女様が……我らを導くために、生きて戻ってきてくださった……」
エルフの男性の目から、どす黒い絶望の涙ではなく、透明な、熱い涙が溢れ出した。
「おおお……! 我らは、電池などではない! 森を愛し、誇り高き王をいただく、エルフの民だァァッ!」
絶望の壁が、完全に粉砕された瞬間だった。
カプセルに繋がれていた何百という大人のエルフたちが、一斉に天を仰いで咆哮を上げた。
彼らの身体から、吸い取られていたはずの魔力が爆発的に逆流し、鎖を覆っていた「防護障壁」を内側からバリバリと破壊していく。
「アレン! 今や!!」
「承知しました! ルミナの騎士の剣、見せてやります!」
うちの叫びと同時に、アレンが『刹那の観測』の神速で動力室を駆け抜ける。
障壁を失った魔力吸引の鎖が、アレンの西の大陸の長剣によって、次々と、紙屑のようにスパスパと斬り裂かれていった。
「……静江殿! 外で暴れていた警備のゴーレム部隊、すべて我ら『オカン・ユニオン』が制圧しました!」
背後の通路から、ドワーフや獣人たちを引き連れたギディオンが、誇らしげに声を上げる。
「よっしゃ! これで特権商社の『元栓』は完全にぶっ壊れたわ!」
うちは特大トングを肩に担ぎ、解放されて涙を流しながら抱き合うエルフたちと、その中心でへたり込んで泣き笑いしているリリルを見渡した。
「ようやった、リリルちゃん! あんたは立派な、オカン・ユニオンの精神的支柱やで!」
小さな王女の純粋な言葉と涙が、どん底の絶望を打ち砕いた。
特権商社という名の超絶ブラック企業を干上がらせ、理不尽なカースト制度を解体するための最後の反撃が、今、完全に機能を停止した動力室から、怒涛の勢いで始まろうとしとったんや。
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