第134話 下請け社長の自滅と、オカン・ユニオンのゲリラ戦
特権商社の交渉人が「エルフの命のタイムリミットは数ヶ月」という残酷な宣告を残して去ってから、数週間が経過しとった。
だが、カリカの地下スラムに立て籠もる『オカン・ユニオン』の面々に、飢えや絶望の色は微塵もあらへんかった。
まともな食料はとっくに尽きたが、おばちゃんから支給される「メロン味の飴ちゃん」が彼らの胃袋と体力を完璧に満たしとったからや。
「……静江殿。本日未明、第4区画にある特権商社の『予備武具庫』の制圧、および物資の搬出が完了しました。見張りの兵たちは、アレン殿が音もなく気絶させて縛り上げております」
スラムの広場に広げた精緻なカリカの地下見取り図の上で、分厚い片眼鏡をかけたリザードマンのギディオンが、羽ペンで印をつけながら報告する。
「ようやった! 獣人の兄ちゃんらも、重たい荷物運びご苦労さん!」
うちは、獣人たちが次々と運び込んでくる大量の木箱や武具を、片っ端からアイテムボックスへとスゥッと吸い込ませていった。
この数週間、うちらはただ地下で震えて待っていたわけやない。
ギディオンという「最高の頭脳」が加わったことで、特権商社の警備の穴や、物資の保管場所、さらには役人たちの巡回ルートまでが完全に丸裸になっとったんや。
「ドワーフの技術で魔法の鍵を無力化し、獣人の腕力で物資を運び出し、静江殿の無限の収納庫で痕跡を消し去る……。我が参謀としての知識が、これほど完璧に機能するとは」
ギディオンが、少しだけ興奮したように尻尾を揺らす。
「せやろ? 敵が数ヶ月で干上がるつもりなら、こっちはその期間を利用して、あいつらの備蓄を内側から『特売の詰め放題』みたいに全部かっさらってしまえばええんや! これで、あいつらのカネも魔力もスッカラカンやで!」
うちはガハハと笑い、労働を終えたユニオンの面々に「イチゴ味(疲労回復)」の飴ちゃんをドバドバと配って回った。
適材適所による、完璧なゲリラ的兵糧攻め。
この「見えない反撃」が、地上の特権商社をどれほど追い詰めているか。その答えは、地上から聞こえてくる役人たちの悲鳴が何よりの証拠やった。
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同じ頃。地上の特権商社、最上階の総督執務室。
冷房の魔道具が効いているはずの部屋で、総督クライヴは滝のような冷や汗を流し、通信用の魔法鏡の前に跪いとった。
『――クライヴ。カリカの港が機能停止して、すでに一月が経過している。我が神聖帝国へ送られてくるはずの香辛料も、魔力結晶も、すべてが滞っている。これはどういうことだ?』
鏡の向こうから響くのは、特権商社の後ろ盾である「国家(元請け)」の、高位貴族の冷酷な声やった。
「も、申し訳ございません! 突如として下等種族どもが暴動を起こし、地下に立て籠もっておりまして……! すぐに鎮圧し、物流を再開させますゆえ!」
『言い訳は聞かぬ。我々が特権商社にカリカの独占権を与えているのは、お前たちが”有能な管理業者”だからだ。……このまま物流の遅延が続くなら、お前たちから特許状を取り上げ、別の商会にすげ替えるだけだ。次の満月までに解決できねば、お前の首を王都へ送れ』
通信がブツリと切れ、鏡がただのガラスに戻る。
「……あ、あああ……っ!」
クライヴは絶望に顔を歪め、床に崩れ落ちた。
強大な権力を持っているように見えても、所詮は国から特権を借りているだけの「下請けのブラック社長」。元請けに見捨てられれば、彼には何の力も残らんのや。
「総督閣下! 大変です!」
そこへ、顔面を蒼白にした役人が転がり込んできた。
「第3区画と第4区画の備蓄庫が、もぬけの殻です! 我々の武装商船を動かすための魔力結晶も、すべて盗まれました!」
「な、なんだとォォッ!? 誰が、どうやってあんな大量の物資を!?」
クライヴは狂乱し、机の上の書類をすべて払い落とした。
カネがない。物資もない。このままでは国から粛清される。
追い詰められた下請け社長の脳裏に、最後に残された「最悪の手段」が浮かび上がった。
「……こうなれば、仕方がない。地下の動力室に繋いでいる、あの『エルフの電池ども』から、残りの魔力を一滴残らず絞り尽くせ! 奴らの命が今日枯れ果てようが構わん! 魔導船を無理やりにでも動かし、帝国への物流を再開させるのだ!」
「し、しかし閣下! それではエルフたちが死に絶え、来月からの動力が……」
「来月など知るか! 今すぐやれ! 奴らの魂ごと、魔力炉にくべろォォッ!」
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そのクライヴの絶望と狂気が、最悪の形で地下スラムへと伝播した。
ドブ川の大掃除をして以来、澄んでいたスラムの空気が、突如として赤黒く濁り始めたんや。
「……お、おばちゃん……!」
リリルが、うちのポンチョの裾を強く引っ張った。
彼女の大きな瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちとる。
「……痛い。……お父さんたちが……お母さんたちが、すごく痛いって、泣き叫んでる……! 命が、吸い取られてるよぉっ……!」
同時やった。
カイルが設置してくれた上流の「浄化フィルターの魔道具」が、ピィィィィッ! という異常な警告音を立て、真っ黒な廃液をせき止めきれずにヒビ割れ始めた。
「静江殿! 上流からの魔力廃液の量が、通常の十倍以上に跳ね上がっています! フィルターが持ちません!」
ギディオンが叫ぶ。
「……数ヶ月のタイムリミットが、今日に前倒しになったっちゅうことか」
うちは厳しい顔をして、パイプ椅子から立ち上がった。
追い詰められたブラック企業が、ついに保身のために「従業員の命」を完全に使い潰すスイッチを入れたんや。
「アレン! ギディオン!」
「はい!」
「敵はパニックになって、無理やり工場を動かそうとしとる! つまり、今あいつらの意識は地下の『動力室』に集中してて、地上の警備は手薄なはずや! ……いよいよ、元栓を完全にぶっ壊す時が来たで!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、スラムに集まったドワーフや獣人たち、オカン・ユニオンの全組合員を見渡した。
「あんたら! まともな飯も食わずに、よう我慢してくれた! 敵のカネも兵糧も、うちらが全部かっさらってスッカラカンや! これより、特権商社の地下動力室へ総攻撃をかける!」
「「「おおぉぉぉぉッ!!」」」
怒りと誇りを取り戻した労働者たちの雄叫びが、地下スラムを揺るがす。
「リリルちゃん、泣くんはまだ早いで。おばちゃんが、あんたのお父ちゃんとお母ちゃん、絶対に助け出したるからな!」
「……うんっ! わたしも、一緒に行く!」
涙を拭い、リリルが力強く頷く。
国という巨大な元請けの影に怯え、自滅への道をひた走る特権商社。
そして、ついに牙を剥いたオカン・ユニオン。
生きた電池にされたエルフたちを救い出し、この街の理不尽なカースト制度を根底から粉砕するための「特大の労働基準監督署(ガサ入れ)」が、今、怒涛の勢いで幕を開けようとしとったんや!
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