第133話 オカン流・下請け乗っ取り理論と、蜥蜴人の書記官
特権商社の交渉人が「エルフの命のタイムリミットは数ヶ月」という残酷な宣告を残して去った後。
地下スラムに立て籠もる『オカン・ユニオン』の空気は、絶望ではなく、静かな、けれど熱い怒りに満ちとった。
「……静江さん。皆の士気は高いですが、現実的な問題があります。大和郷から持ち込んだ米や野菜などの食料は、あと数日で完全に底をつきます」
アレンが、空になりかけた木箱を確認しながら小声で報告してくる。
数ヶ月というタイムリミットの前に、籠城しているうちらが先に餓死してしまっては元も子もない。
だが、うちはパイプ椅子に座ったまま、ガハハと笑い飛ばした。
「アレン、心配しなはんな。まともなご飯がのうなっても、最悪、おばちゃんのこの飴ちゃんがあるわ。これ一粒舐めれば、お腹いっぱいになるまで食べればええ。……餓死だけは絶対にさせへんで!」
うちはアイテムボックスから、鮮やかな緑色に輝くメロン味の飴をジャラジャラと取り出し、山のように積んでみせた。
「た、確かに、静江さんの無限の飴があれば飢えは凌げますが……」
「せやけどな。やっぱり人間、温かいスープや、ちゃんとした飯を食わんと心が荒んでくるんや。せやから、何ヶ月もダラダラ籠城する気はあらへん。ここからは、打って出る『反撃の兵糧攻め』や!」
うちは立ち上がり、ドワーフや獣人たち、そしてスラムの不可触民たちを集めた。
「ええか、あんたら! うちらの最終目標は、特権商社をぶっ潰して、エルフの大人たちを助け出すことや。……でもな、それだけじゃ根本的な解決にはならへんのやで」
うちの言葉に、大人たちが不思議そうに顔を見合わせる。
「あの『種族適性法』っちゅうふざけた法律。あれを作ったんは、このカリカを管理してる特権商社やのうて、その後ろにおる『西の巨大な国家(元請け)』やろ? 商社なんて、国から特権をもろてふんぞり返ってるだけの『ブラックな下請け会社(天下り先)』に過ぎへんのや!」
おばちゃんの口から飛び出した「元請けと下請け」の社会構造に、アレンもハッとして息を呑んだ。
「せやから、特権商社だけ潰しても、また国から新しい下請けがやって来て、同じ法律で縛られるだけや。……うちらが狙うんは、この巨大中継港カリカの『完全な乗っ取り』や! うちらの組合で物流の首根っこ(ハブ)を実効支配して、後ろにおる国(元請け)と対等に法律を変えるための『特大のクレーム交渉』をするんや!」
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「港を乗っ取り、国家と直接交渉する……。なんという、壮大で理にかなった戦略だ」
その時、スラムの暗がりから、擦れた、けれど極めて知的な低い声が響いた。
コツ、コツと杖を突いて進み出てきたのは、分厚い鱗に覆われ、長い尻尾を持った『リザードマン(蜥蜴人)』の初老の男やった。
だが、彼は他の屈強なリザードマンたちとは違い、身体がひどく痩せ細っており、鼻先には分厚い『片眼鏡』をかけとった。手には、ボロボロの分厚い本と羽ペンを抱えとる。
「……なんや、おっちゃん。あんたもスラムの住人か?」
「いかにも。私の名はギディオン。……本来、我らリザードマンは『前線で槍を振るう兵士』が適性とされています。しかし、私は生まれつき体が弱く、剣よりペンを握る方が得意でした。……ゆえに、種族適性法から弾き出され、このスラムでただ歴史の記録を綴るだけの、無力な隠遁者となり果てておりました」
ギディオンと名乗った蜥蜴人は、自嘲気味に笑った。
本来なら学者や法務官として類まれな才能を持っているはずなのに、「蜥蜴だから肉体労働をしろ」と強要され、それができないから捨てられたんや。
「ギディオンおじちゃん! おじちゃん、すっごく物知りなんだよ! わたしのお友達にも、いつも字の読み方、教えてくれてたの!」
リリルが、うちの背中から顔を出して嬉しそうに言う。
ギディオンは、リリルの顔を見ると、その細い目をさらに優しく細めた。
「リリル様。……先ほどの、交渉人を追い返した貴女の言葉、この耳でしかと聞かせていただきました。……『本当に強いのは、一人だけ美味しいご飯を食べる人じゃない』。……あの一言で、私は悟ったのです」
ギディオンは、静かに、けれど熱い光を帯びた瞳でうちとリリルを見据えた。
「静江殿。貴女の『乗っ取り戦略』は完璧だ。しかし、この数千人の異なる種族の労働者をまとめ上げ、国家と交渉するには、強固な『規約』と、皆の心を一つにする『象徴(旗印)』が必要です。……どうか、私をリリル様の『書記官(参謀)』として使っていただけないだろうか」
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「書記官、やて?」
「はい。リリル様の純粋で真っ直ぐな言葉を、私が『論理』と『法』に翻訳し、このオカン・ユニオンの確固たる理念として明文化します。……腕力はありませんが、特権商社の法の抜け穴や、王都の貴族たちの思考回路なら、誰よりも熟知しております」
ギディオンが、深く頭を下げた。
うちは、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「……最高やないの。おばちゃんは実務とハッタリは得意やけど、細かい書類仕事(事務)は苦手やねん。リリルちゃん、ええお友達(サポート役)がおってよかったな!」
「うんっ! ギディオンおじちゃん、一緒に頑張ろうね!」
リリルが小さな手でギディオンの鱗に覆われた手を握ると、老蜥蜴人の目から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……おお。この無力な老いぼれに、再びペンを握る居場所を与えていただけるとは……。この命に代えても、リリル様とこの組合の『知恵』となりましょう」
精神的支柱(小さなジャンヌ・ダルク)としてのリリル。
そして、彼女の言葉を理論武装し、実務面で支える知的な参謀、ギディオン。
これで、オカン・ユニオンの組織としての骨組みは、盤石なものとなったんや。
「よっしゃ! 腹の虫が鳴る前に、反撃開始や! ギディオン、あんたの知識で、特権商社の『一番痛い備蓄庫(急所)』を洗い出しなはれ! アレン、ドワーフの兄ちゃんら! 夜の闇に紛れて、あいつらのカネと魔力を少しずつ削り取ったるで!」
「承知いたしました、静江殿。まずは、第3区画にある魔力結晶の保管庫から、物流の網を断ち切りましょう」
「はい! ゲリラ戦なら、僕の神速にお任せください!」
まともな食料は尽きかけている。
だが、メロン味の飴ちゃんと、最強の頭脳を得たオカン・ユニオンの士気は、かつてないほどに高まっとった。
カリカの街を内側から食い破り、国家を引きずり出すための「エグすぎる兵糧攻め(ゲリラ戦)」が、今、スラムの底から静かに幕を開けたんや!
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