第132話 特権商社の分断工作と、数ヶ月のタイムリミット
特権商社の武装兵による強行突入を、アレンと『オカン・ユニオン』の連携で撃退してから数日が経過しとった。
港の機能は完全にストップし、カリカの物流は麻痺している。
だが、地下スラムに立て籠もるうちらの状況も、決して楽なもんやなかった。
大和郷から持ち込んだ備蓄の食糧も底が見え始め、何より「いつまでこの生活が続くのか」という見えない不安が、ドワーフや獣人たちの顔に濃い疲労の色として張り付き始めとったんや。
「……静江さん。このままでは、ユニオンの士気が持ちません。皆、戦うことには覚悟を決めましたが、『待つこと』には慣れていない」
アレンが、地下水路の入り口を警戒しながら小声で報告してくる。
「せやな。ストライキっちゅうのは、体力より『忍耐力』を削られる泥仕合や。……それに、相手は腐っても特権商社。力でアカンかったら、次は必ず『カネと待遇』で揺さぶりをかけてくるはずやで」
うちがパイプ椅子の上でタロットカードを繰っていた、その時やった。
「――おーい、ドワーフと獣人の諸君。少し話をしないか?」
地下水路の入り口から、武装兵ではなく、仕立てのええ絹の服を着た、胡散臭い笑顔の『交渉人』が一人、白旗を掲げて降りてきよった。
「……何の用だ、商社の犬め。俺たちは一歩もここを退く気はねえぞ」
ドワーフの代表が、即席の罠の奥から睨みつける。
交渉人は大仰に肩をすくめ、懐から豪華な羊皮紙の契約書を取り出した。
「そんなに尖らないでくれ。総督閣下は、君たちの『労働環境への不満』を深く理解された。そこで、特別な譲歩案を持ってきたのだ。……ドワーフの諸君には、君たちが望む涼しい高地での鍛冶仕事を約束しよう。給金も今の三倍だ。……そして獣人の諸君! 君たちには、細かい帳簿付けを免除し、名誉ある『第2階級』の地位と、正規軍の隊長の座を用意しようじゃないか」
その甘い提案に、ドワーフと獣人たちが「なっ……!?」と息を呑んだ。
「どうだ? 悪い話ではないだろう。……ただし、条件が一つある。君たちだけで地上へ戻ってきてもらう。そのエルフのガキどもや、不可触民のゴミ共は、そのまま地下に置いてくるんだ。……身分不相応な者たちと手を組むから、君たちまで貧乏くさい思いをするのだよ」
種族間の分断工作。
特権商社の最も得意とする、冷酷でえげつない手口や。
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「……」
スラムに、重苦しい沈黙が落ちた。
ドワーフも獣人も、本当はエルフや不可触民を見捨てたくはない。だが、彼らにも養うべき家族がいる。飢えと疲労の限界の中で突きつけられた「自分たちだけの特大の待遇改善」は、あまりにも強烈な毒やった。
「……おい、どうする? 俺たちの本当の望みが、叶うんだぞ……」
「しかし、ここで手を離せば……あいつらは……」
大人たちが顔を見合わせ、葛藤で唇を噛み締める。
うちは黙って、アイテムボックスから特大トングを取り出そうとした。おばちゃんの説教で、この甘い毒を叩き割るために。
……だが、うちが前に出るよりも早く。
五歳のエルフの女の子、リリルが、タロットカードを一枚握りしめて、震える足で大人たちの前へと進み出たんや。
「……リリルちゃん?」
「……おじさんたち、迷ってる。……どうしたらいいか、分からなくて、泣きそうになってる」
リリルが握りしめていたのは、『恋人(The Lovers)』の逆位置のカードやった。
誘惑、そして間違った選択の暗示。
「……でもね。おじさんたち、ここで手を離したら……ずっと、ずっと後悔するよ」
リリルの声は、おどおどして、今にも消え入りそうやった。
でも、彼女は必死に顔を上げ、ドワーフと獣人たちの目を真っ直ぐに見つめた。
「……おばちゃんが、教えてくれたの。本当に強いのは、一人だけ美味しいご飯を食べる人じゃないんだって。……みんなで一緒に、温かいご飯を囲んで『いただきます』って言える人が、一番強いんだって……!」
それは、占いの知識やない。
大和郷からの長い旅の中で、おばちゃんの背中を見て学んだ、リリルなりの『生活の真理』やった。
「……それに、わたし、知ってるよ。ドワーフのおじさん、昨日自分のご飯を半分、不可触民の小さな男の子に分けてあげてた。獣人のおじさんも、エルフのお友達が寒くないように、自分のマントを被せてくれた。……みんな、すっごく優しいんだよ。だから、そんな悲しいお顔しないで……一緒に、選ぼう……?」
リリルが、ポロポロと涙をこぼしながら、カードを胸に抱きしめる。
その純粋すぎる、真っ直ぐな言葉が。
大人たちの心に絡みついていた『誘惑の毒』を、綺麗さっぱり洗い流していった。
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「……ああ、そうだな。俺は、なんでこんな紙切れ一枚に迷っちまったんだ」
ドワーフの男が、自嘲気味に笑って立ち上がった。
「獣人の誇りは、弱い者を護ることだ。……ガキに教えられちまったな」
獣人の傭兵も、獰猛な笑みを浮かべて横に並ぶ。
彼らは、胡散臭い交渉人に向かって、拾い上げた小石を一斉に投げつけた。
「帰れ、商社の犬め! 俺たちはもう、誰かが泣くような飯は食わねえ! 地下スラムの全員で地上に出て、特大の食卓を囲むと決めたんだ!」
「い、痛いっ! 貴様ら、後悔するぞ!」
交渉人は、額に石をぶつけられながら、顔を真っ赤にして喚き散らした。
「いいだろう! このまま地下で泥水でもすすって、全員で飢え死にするがいい! 港の機能が止まっても、特権商社はびくともしない! なぜなら、我らには地下工場に繋がれた『生きたエルフの電池』がいるからだ!」
交渉人の言葉に、リリルがビクッと肩を震わせる。
「エルフどもから魔力を限界まで絞り尽くせば、工場の備蓄と街の機能は、あと『数ヶ月』は完全に維持できる! だが、数ヶ月後には、あのエルフどもは一滴の魔力も残らず干からびて、完全に廃人になるぞ! お前たちが飢え死にするか、エルフの命が干上がるか! せいぜい絶望しながら待っているんだな!」
交渉人は、最悪の『タイムリミット』を叩きつけ、逃げるように地上へと去っていった。
数ヶ月。
それは、特権商社が干上がるまでの時間であり、同時に、大人のエルフたちの命の灯火が完全に消え去るまでの時間。
スラムの大人たちが、その重すぎる現実に息を呑む。
「……数ヶ月。そんなに長く、この地下で耐え抜けるのか……?」
「耐える必要なんかあらへんわ!」
うちは、パイプ椅子から立ち上がり、ヒョウ柄のポンチョをバサッと翻した。
「相手が数ヶ月で干上がるなら、こっちはその数ヶ月の間に、あいつらの備蓄とカネの回りを『内側』から全部食い破ったるわ! 籠城戦は終わらへん。でも、ただ待つだけの時間は終わりや!」
うちは、泣きはらした顔で立っているリリルの頭を、優しく、誇らしく撫でてやった。
「……よう言うた、リリルちゃん。あんたの占いが、この組合の心を繋ぎ止めたんや。立派な『オカン・ユニオンの精神的支柱』やで」
数ヶ月という残酷なタイムリミット。
だが、小さな占い師の導きによって、種族の壁を越えた結束は、かつてないほどに強固なものとなっていた。
特権商社を干上がらせ、エルフたちを救い出すための『反撃の兵糧攻め』が、今、静かに、そして確実に動き始めとったんや。
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