第131話 完全停止の港と、小さな占い師の産声
翌朝。
巨大中継港カリカは、建港以来初めての『異常事態』に見舞われとった。
いつもなら夜明け前から響き渡る、巨大な象の魔獣の足音、ドワーフたちが重い荷物を引きずる呻き声、そして獣人たちを怒鳴りつける人間の役人の罵声。
そのすべてが、嘘のようにピタリと止まり、港は不気味なほどの静寂に包まれとったんや。
「……どういうことだ! なぜ誰も港に出てこない! 東の大陸へ向かう積荷の船が、一隻も出航できないではないか!」
特権商社の豪奢な執務室。
冷徹なエリートである総督・クライヴが、報告を持ってきた役人に向かって、水晶のグラスを壁に叩きつけて激怒しとった。
「そ、それが……ドワーフも、獣人も、不可触民の清掃員たちまでもが、一人残らず地下スラムに立て籠もり、『仕事をしない』と……ストライキを……!」
「ストライキだと? あのゴミ共が、自らの意思で徒党を組んだというのか!」
クライヴはギリッと歯を食いしばり、窓の下で完全に機能停止した港を見下ろした。
「……昨日、あの生意気な派手な女が逃げ込んだというスラムだな。よかろう。下等種族に分際を教えるには、圧倒的な『恐怖』が一番だ。正規の武装兵をスラムへ送れ。見せしめに数人殺して、首を広場に吊るせ!」
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その頃、地下スラムの入り口。
昨日おばちゃんのカレーを食べて「オカン・ユニオン」を結成したドワーフや獣人たちは、押し寄せてきた特権商社の重武装兵たちを前に、顔を青ざめさせとった。
「……い、いやだ……。やっぱり、人間には逆らえない……! あんな分厚い鎧と魔導銃を持った正規兵に、丸腰の俺たちが勝てるわけがない……!」
手先が器用なドワーフたちが、カタカタと震えて後ずさる。
力は強いが事務作業で心をすり減らしていた獣人たちも、「家族が……殺される……」と絶望の表情を浮かべとった。
圧倒的な権力と暴力という『常識』の壁。
一度はカレーと勢いで立ち上がったものの、いざ現実の刃を向けられると、長年染み付いたカーストの恐怖が彼らの足をすくわせてしまうんや。
「……アカンな。気合だけで乗り切れる相手やないわ」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、前に出ようとした。
……だが、その時。
うちのポンチョの裾をギュッと握りしめていた小さな手が、ブルブルと震えながらも、一歩だけ、うちの前に進み出たんや。
「……お、おじさんたち……。逃げちゃ、ダメ……」
五歳のエルフの女の子、リリルやった。
彼女は、うちが予備で持たせていたタロットカードの一枚を、両手でギュッと握りしめ、涙目で屈強な大人たちを振り返った。
「リリルちゃん……?」
「……おじさんたち、すっごく怖くて、泣いてる。……でも、このカードは……怒ってるよ」
彼女が震える手で掲げたのは、**『力(Strength)』の正位置**のカードやった。
純白の衣を着た乙女が、恐ろしい百獣の王の口を、優しく、けれど確かな意志で手懐けている絵柄。
「……おばちゃんが、教えてくれたの。未来は、当てるんじゃなくて……選べるんだって。……だから、カードは言ってるよ。……一人じゃ弱いけど、みんなでギュッてすれば、あの硬い鎧のお兄さんたちより、ずっと強くなれるって……!」
リリルの声は、おどおどして小さかった。うちみたいに、腹の底から怒鳴りつけるような迫力は一ミリもあらへん。
やけど、不器用で、自分が一番怖いのに、他人の痛みが分かるからこそ、一生懸命に絞り出したその『共感の言葉』は、ドワーフや獣人たちの心の柔らかい部分に、真っ直ぐに突き刺さったんや。
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「……こんな小さな子供が、震えながら俺たちを励ましてくれているのに。……大人の俺たちが、ここで逃げてどうする!」
ドワーフの一人が、涙を拭って立ち上がった。
「そうだ! 俺たち獣人の『腕力』と、ドワーフの『技術』! 別々に使わされてきた俺たちが、ギュッて(協力)すれば……!」
獣人の男も、野性的な瞳に本来の獰猛な光を取り戻し、ドワーフと固く手を握り合った。
「……よう言うた、リリルちゃん! 立派な占い師の産声やで!」
うちはニカッと笑い、リリルの頭を優しく撫でた。
そして、士気を取り戻した大人たちに向かって、特大トングを突きつけた。
「あんたら! 『適材適所』の時間や! アレン! ここは狭い地下水路の入り口や、あんたが前に出て、敵の突進を神速でいなしなはれ!」
「承知しました! ルミナの騎士の剣、見せてやります!」
「ドワーフの兄ちゃんら! スラムに転がってる鉄屑と魔石で、即席の大盾と罠を組み上げなはれ! あんたらなら数分でできるはずや!」
「おう! 任せとけ! 俺たちの手先の器用さ、見せつけてやる!」
「獣人の兄ちゃんらは、その大盾を持ってアレンの後ろに並ぶ! 敵が罠で怯んだ隙に、持ち前の馬鹿力で一気に押し返すんや!」
「ガハハハ! 帳簿のペンより、盾の方がよっぽど軽いぜ!」
これまで「種族適性法」によってバラバラにされ、苦手なことばかり強要されていた彼らが、おばちゃんの指揮とリリルの占いによって、初めて自分の『得意なこと』を武器にして団結したんや。
「突入しろ! ゴミどもを一人残らず駆逐――なっ!?」
スラムの通路になだれ込んできた特権商社の重武装兵たちを待ち受けていたのは、怯えて逃げ惑う奴隷の姿やなかった。
ドワーフが瞬時に組み上げた「ワイヤーと鉄屑の罠」に足を取られ、体制を崩したところに、アレンの『刹那の観測』が的確に関節の隙間を叩く。
そして、獣人たちが掲げた分厚い即席の大盾が、重戦車のような突進力で武装兵たちを狭い通路ごと外へ弾き飛ばしたんや。
「ぐはぁぁっ!?」
「ば、馬鹿な! 下等種族の寄せ集めが、我が軍の精鋭を……!」
完全武装の兵士たちが、ドロドロになりながらスラムから転がり出ていく。
「よっしゃ! これで入り口は完全に封鎖や!」
うちは、歓喜の雄叫びを上げる獣人やドワーフたちを見渡し、満足げに頷いた。
リリルも、へたり込みながら「……よかったぁ」と、ホッとしたように涙ぐんで笑っとる。
「さてと。特権商社の『暴力』も跳ね返したし、港も止まった。あいつらの工場と魔導船も、もうすぐ魔力切れでストップするはずや」
うちは、地下の天井を見上げ、デコネイルの光る指を突き立てた。
「いよいよやで。元栓が完全に止まったら、あいつらの動力室に乗り込んで……大人のエルフたちを、全員救い出したるわ!」
小さな占い師の勇気と、適材適所の団結力。
おばちゃん率いる「オカン・ユニオン」の反撃が、カリカの街の理不尽な常識を、今、根本から粉砕し始めとったんや。
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