第130話 ドブ川の大掃除と、元栓を締める『オカン組合』
光の届かないカリカの地下スラム。そこは、特権商社が作り上げた『種族適性法』の枠組みからすら弾き出された者たちの、絶望の吹き溜まりやった。
太陽の温もりを知らないジメジメとした空気と、鼻を突く吐き気をもよおすような悪臭。
だが今、その暗く淀んだ空間には、強烈に食欲をそそるスパイスカレーの匂いと、おばちゃんの威勢のええ怒声が響き渡っとった。
「アレン! 上流から水が流れ込んでくる入り口に、カイルが送ってくれた『浄化フィルターの魔道具』、しっかり設置しなはれ!」
「はい! 仕送りの木箱に入っていた、ポリタンク大の予備ろ過機を、支流の入り口の岸辺に固定しました! 本体から『浄化の魔法結界』を扇状に展開し、流れ込んでくる水を濾過しています! 魔力稼働、問題ありません!」
アレンが地下水路の奥で声を上げる。
エルゼやカイルたちが西の大陸から送ってくれた大量の仕送り。その中に入っていた小型の魔道具を使い、まずは上流のエリートどもが垂れ流してくるウンコ水や魔力廃液を、物理的かつ魔法の結界でシャットアウトするんや。
ブゥゥン……という低い稼働音と共に、青白い光の網が川幅いっぱいに広がり、上流からのヘドロをせき止め始めた。
「よっしゃ! これで一旦、新しいゴミは入ってこん! 次は今あるヘドロの大掃除や!」
うちはアイテムボックスの奥深くに手を突っ込み、同じく仕送りに入っとった『特製・重曹ペースト』と『王都の清め塩』をドバドバと取り出した。
「ええかアレン! 汚れっちゅうのはな、力任せに擦っても落ちへん! ヘドロは酸性や! まずはアルカリ性の重曹で中和して汚れを浮かせてから、一気に擦るんやで!」
「承知しました! 聖水のモップ槍で、川底の汚れを一気に掻き出します!」
うちは特大のゴミ拾いトングを構え、アレンと共に、スラムの中央を流れる真っ黒な「ガンザ大河の支流」の大掃除を開始した。
重曹と塩の塊がドロドロのヘドロに触れた瞬間、シュアアアッ! と嫌な音を立てて、長年こびりついていた酸性の汚れを分解して浮かせていく。
そこをアレンの『刹那の観測』による神速のモップ捌きが、豪快に、かつ的確に削り落としていった。
スラムを覆っていた吐き気を催す悪臭が、嘘のように消え去っていく。
真っ黒だった水が本来の透明さを取り戻し、水底の石がキラキラと光を反射し始めた。
「……すごい。あんなに黒くて臭かったお水が、透き通っていく……」
「息が、苦しくないよ……!」
カレーを食べて元気を取り戻したエルフの子供たちや不可触民の大人たちが、信じられないものを見るように、涼やかな川面を覗き込んどる。
彼らの土気色だった顔に、ほんの少しだけ「明日への希望」のような血色が戻り始めとった。
===========
「よし! これでうちらの『本陣』はピカピカや! 水も安全に飲めるで!」
うちが額の汗を拭って振り返ると、スラムの住人たちが、ボロボロと涙を流しながら深く頭を下げてきよった。
「……ありがとう、異国のお方。我々のような不可触民のために、ここまでしてくれるなんて……」
「礼なんかええわ。……でもな、喜ぶんにはまだ早いで」
うちは厳しい顔をして、アレンが設置した上流の『ろ過機』をトングの先で指差した。
設置してまだ数十分しか経ってへんのに、ろ過機が展開している光の結界には、真っ黒なヘドロと不気味な色の魔力廃液がべったりと張り付いとった。
ポリタンク大の魔道具本体が、許容量の負荷に耐えかねて、ギリギリ……ピィッ、ピィッ……と嫌な警告音を立てて明滅しとる。
「アカン。上の連中がガンガン汚水流してくるから、このポータブルサイズの魔道具じゃすぐ限界になってまうわ! いくら下で掃除しても、上流の連中の『元栓』を締めな、完全にイタチごっこや!」
うちの言葉に、スラムの大人たちが再び暗い顔で俯いた。
せっかく取り戻した希望が、特権商社という巨大な壁を前に、再び泥の中に沈みそうになっとる。
「……元栓など、締められるはずがありません。特権商社の上層部が、巨大な魔導船や工場を動かすために、毎日大量の魔力廃液を垂れ流しているのですから。我々が逆らえば、即座に武装商船団にすり潰されます……」
その時、リリルと一緒にカレーを食べていたエルフの少年が、小さな手で器をギュッと握りしめて口を開いた。
「……その工場や船で……僕たちのお父さんやお母さんは、太い鎖で繋がれてるんだ。死ぬまで魔力を吸い取られる『生きた電池』にされて……。あの黒い廃液には、お母さんたちの血も混ざってるんだよ……!」
「電池……」
「僕たちはまだ魔力が少ないから、あそこで隠れてるしかなかった。……でも、大人たちは、毎日血を吐きながら、無理やり働かされてるんだ……!」
少年の悲痛な叫びに、隣にいたリリルも、かつて両親を同じように奪われた記憶がフラッシュバックしたのか、大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。
「……お、おばちゃん……。みんな、電池じゃないよ。……痛いって、苦しいって、泣いてるよ……」
リリルが、うちのヒョウ柄のポンチョの裾を強く握りしめる。
うちは無言で立ち上がり、地下の天井――つまり、この上にある特権商社の豪奢な建物の方向を、静かに、けれど特大の殺意を込めて睨みつけた。
「……あんたら、電池やない。命や。……人の命を使い捨ての乾電池扱いして、しかもそのゴミを平気で下に押し付けるような超絶ブラック企業。絶対におばちゃんが解体(ぶっ潰)したる」
===========
「……おい。ここか? とんでもなく美味そうな匂いがするっていうのは……」
その時、地下水路の入り口から、重苦しい足音と野太い声が響いてきた。
アレンが即座にモップ槍を構え、住人たちが悲鳴を上げて物陰に隠れる。
だが、そこに現れたのは、うちらを追ってきた商社の武装兵やなかった。
昼間、地上で重い荷物を限界まで運ばされ、過労で倒れかけていた『ドワーフ』の男たち。
さらにその後ろからは、役人に蹴り飛ばされながら不器用な手で帳簿を付けさせられていた、トラの半獣である『獣人』の傭兵たちも、鼻をクンクンさせながら恐る恐る降りてきたんや。
「なんやあんたら。上から匂い嗅ぎつけて来たんか?」
「あ、ああ……。俺たちドワーフは、本来は涼しい高地の出身だ。この熱砂の街で重労働ばかりさせられ、もう何日もまともな飯を食ってねぇ。……頼む、その鍋の汁を、少しでいいから分けてくれねぇか……」
「俺たち獣人もだ! 人間に逆らえず、苦手なペンを持たされてストレスで胃に穴が開きそうなんだ! 俺たちは戦うための用心棒だぞ、なぜ一日中机に向かって怒鳴られなきゃならねぇんだ……!」
彼らは警戒しつつも、飢えと疲労、そして何より『種族適性法』という理不尽な労働への不満で、完全に限界を迎えとった。
本来の適性を無視され、特権商社の都合の良いように使い潰されている被害者たち。
「金なんか要らんわ! 腹減ってるなら、黙ってそこに並びなはれ! おかわりは無限にあるで!」
うちは再び寸胴鍋に火をかけ、彼らに熱々のスパイスカレーと、疲労回復の『イチゴ味』、そして胃の痛みを和らげる『レモン味』の飴ちゃんをドバドバと振る舞った。
一口食べた瞬間、ドワーフも獣人も「うおおぉぉっ!?」と雄叫びを上げ、涙を流しながら鍋を空にする勢いで食らいつき始めた。
飴ちゃんの魔力と、大和郷の出汁、そして西のスパイスが、彼らの冷え切っていた内臓を叩き起こし、失われていた「生きる気力」を急速に満たしていく。
「……さて。腹も膨れたところで、ちょっと『悪い相談』しよか」
うちは、すっかり綺麗になったドブ川のほとりで、パイプ椅子に座り直した。
そして、アイテムボックスから取り出したタロットカードを、バシッ、バシッと二枚、彼らの前に展開した。
出たのは、『正義(Justice)』の逆位置、そして『塔(The Tower)』の正位置や。
「あんたら、それぞれ違う種族やけど、特権商社っていう『ブラック社長』に得意なことを奪われて、こき使われてるんは一緒やな。……どうや? あんたら全員で手を組んで、明日から仕事を『全部ボイコット』せえへんか?」
「ボ、ボイコット……!?」
ドワーフの男が、驚きで目を見開く。
「せや! 港の荷下ろしも、帳簿付けも、警備も! 全部一斉にストップして、この街の物流を完全に麻痺させたれ! あいつらの工場や魔導船が動かんようになれば、このドブ川に流れてくる魔力廃液の『元栓』も止まるハズや!」
ドワーフも、獣人も、不可触民たちも、息を呑んでおばちゃんの顔を見つめた。
今まで、種族ごとに分断され、いがみ合わされてきた彼らが、初めて一つの「巨大な敵」に向かって団結しようとしている。
「元栓を締めて特権商社を干上がらせて、空っぽになったあいつらの動力室から、エルフの大人たちを全員救い出すんや!」
種族の壁を越えた、かつてない『超特大・労働組合』の結成。
川の汚染を根本から絶ち、同胞たちを救うための世界商圏を揺るがす大ストライキが、今、綺麗になった地下スラムから高らかに狼煙を上げたんや!
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
みなさんの応援が、次回更新の原動力になります。
引き続きよろしくお願いします!




