第13話 金色の罠と、派手な占師の矜持
酒場『黄金の樽亭』の昼下がり。
ルミナの街を照らす陽光は、石造りの街並みを美しく縁取っているが、うちの「占いのブース」だけは別世界や。
派手な紫の暖簾をくぐれば、そこに座っているのは、この街の「まとも」な価値観を真っ向から否定するような女。
脱色したような明るい髪、まぶたに塗られた金色の粉、そして何より、野生の獣をそのまま纏ったようなヒョウ柄の衣装。その見た目だけを見れば、酒場で酔客に媚を売る「あばずれ」か、あるいは禁忌に触れた「魔女」にしか見えへん。
「……静江さん。さっきから、外で変な役人たちがヒソヒソ話してますよ。……その、お姉さんの格好を見て、顔を赤くしたり眉をひそめたり……」
アレンが心配そうに、うちはめくり上げたヒョウ柄の袖を直してやった。
「ええねん。うちはこの格好が正装や。見た目で中身まで決めつけるような奴は、うちの占いを受ける資格もないわ」
と、その時。
重厚な足音と共に、一人の男が入ってきた。鎧を着た騎士でも、布を纏った占星術師でもない。仕立ての良すぎる黒い法衣を纏い、片手に丸まった羊皮紙を持った、神経質そうな中年男や。
「――占師、静江。貴殿を『公序良俗に反する疑い』、および『無許可の魔術行使』の罪で、侯爵領法務局の名において告発する」
男は冷徹な声で宣告した。酒場にいた客たちが一斉にざわつく。
男の名はバルトロ。侯爵家が法的な力を使って、物理的な暴力ではなく「法の罠」でうちをルミナから叩き出そうという算段や。
「……えらい格好ええ紙持ってきたなぁ。なんや、公序良俗って。うちの服がハデすぎるから、街の美観を損ねるってか?」
「ふん。その淫らな装束、そして街民を惑わす怪しげな術。……貴殿の存在自体が、この清廉なるルミナの風紀を乱している。……ここに、侯爵閣下の署名が入った『営業停止および国外退去勧告状』がある。異議は認められない」
バルトロは羊皮紙をテーブルに叩きつけた。
アレンが震える手で剣の柄に触れようとしたが、うちはそれを手制した。
バルトロはうちの胸元や化粧を蔑むように一瞥し、鼻を鳴らした。
「……正直、貴殿のような女が占師を名乗るとは笑止。せいぜい夜の路地裏で客でも引いているのがお似合いだ。どれ、退去する金がないというなら、今夜一晩、私が直々に『査察』してやってもいいが?」
バルトロが汚らわしい笑みを浮かべ、うちの頬に手を伸ばそうとした。
その瞬間、うちは男の手をパシッと叩き落とした。
「……あんた、うちは一晩つき合うても、あんたの不摂生な生活習慣への説教しかせえへんで。それでもええんか? 高いつくよぉ」
「な……っ!」
「あんた、胃にポリープ予備軍あるやろ。それに、公務のストレスで頭髪が薄うなっとるのを、その法衣のフードで隠しとる。……そんな不潔な手で、うちに触らんといて。うちはハデやけど、あんたみたいに心が汚れてる奴は大嫌いやねん」
うちは立ち上がり、バルトロの顔を真正面から見据えた。
ギャルギャルしい見た目とは裏腹に、その瞳に宿るのは、何十年もの荒波を越えてきた「大阪のオカン」の凄みや。バルトロが、法的な優位に立っているはずなのに、思わず一歩後退りした。
「……このヒョウ柄も、この化粧も、うちがうちであるための『魂』や。あんたみたいな小役人に否定される謂れはないわ。……『公序良俗』? 街の人に聞いてみ。うちが来てから、どれだけ多くの人が笑って、悩みを解決して帰っていったか」
「戯言を! 契約書は絶対だ! 署名がある以上、貴様は――」
「その署名、偽造やないけど、権限に不備があるわ。……バネッサさーん! 出番やで!」
酒場の奥から、メロン味の飴を転がしてすっかり元気になった商業ギルドのバネッサが、優雅に現れた。
「……バルトロ。侯爵領の法がルミナで通用するのは、商業ギルドがそれを認めた時だけだよ。……この店は、うちの大事な『取引先』さ。あんたの紙切れ一枚で閉めさせてたまるかい」
バルトロの顔が青ざめた。法務局の役人にとって、経済のトップであるギルドを敵に回すのは自殺行為や。
「……チッ。……覚えていろ、派手なだけの魔女め。理屈で逃げ切れると思うな」
バルトロは逃げるように店を去っていった。
静寂が戻った酒場で、女将のマーサが心配そうに歩み寄ってきた。
「静江、あんた……。悪いことは言わない、その格好、この世界じゃまともな女のすることじゃないよ。……今日みたいに付け込まれるスキを作るのは感心しないね」
「知っとるわ、マーサさん。……でもな、着るもんが心を作るんとちゃう。心が着るもんを使いこなすんや。……うちはこの姿で、あんたらの未来を占う。それに嘘はない。……それでええやろ?」
うちはニカッと笑い、ヒョウ柄の袖を直した。
見た目は娼婦か魔女。中身は口うるさいおばちゃん。
そんな奇妙な「占師・静江」の存在は、ルミナの古い常識を、飴玉一粒の甘さで少しずつ溶かし始めていた。
「アレン。……あんた、うちの格好、嫌いか?」
「……いえ。世界中で静江さんだけが着こなせる、一番誇らしい衣装だと思います」
「……よし! 今日の給料、飴ちゃん一粒追加や!」
ルミナの夜風が、再び心地よく吹き抜けた。
侯爵家が法を盾にするなら、うちは「生活」と「信頼」を盾にしてやるまでや。
大阪のおばちゃんを怒らせたら、どんな理不尽な契約書も、ただの鼻紙にしかならんのやから。
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
みなさんの応援が、次回更新の原動力になります。
引き続きよろしくお願いします!




