第123話 丹波のはぐれ魔族(鬼)と、オカン流・休肝日のしじみ汁
取鳥城での特大炊き出しで何千という亡霊の胃袋を満たしたうちらは、さらに東へ進み、大和郷の中心に近い『丹波』と呼ばれる山深い地域へと足を踏み入れた。
この辺りは霧が濃く、山々が重なり合うようにして連なっとるんやけど、街道沿いの村に立ち寄ると、何やら酒のツンとした匂いが風に乗って漂ってきた。
「……おばちゃん。この村の人たち、みんなお昼なのに眠そうにしてるよ。それに、お酒の匂いがぷんぷんする」
リリルが鼻をつまみながら、不思議そうに見上げとる。
にゃーんと鳴くクロも、酒臭い空気に顔をしかめて、うちの足元に隠れた。
村長らしき男性に話を聞くと、この村は今、山奥に棲み着いた恐ろしい怪異のせいで、深刻な寝不足と物資不足に悩まされとるらしい。
「……旅のお方、お恥ずかしい話ですがな。ここ最近、あの『大江山』と呼ばれる山頂に、巨大な『鬼の盗賊団』が棲み着きましてな。夜な夜な、何十人もの鬼がどんちゃん騒ぎをしては、麓の村から酒とツマミを強奪していくんです。恐ろしい雄叫びとイビキが村まで響いてきて、誰も夜に眠れねえんです」
「鬼の盗賊団、ねぇ。しかも酒飲みかいな」
「へえ。頭目は『酒呑童子』と名乗る、身の丈三メートルはある赤鬼でして……。機嫌が悪いと村の若者を食っちまうって噂で、みんな怯えきってるんでさぁ」
それを聞いて、アレンが聖水のモップ槍を握り直した。
「静江さん。村の酒を奪い、人に危害を加える鬼となれば、立派な討伐対象です。僕が退治してきましょうか」
「アホ。ただのアル中相手に、わざわざ刃物持ち出す必要あらへん。……しゃあない、今日の宿代代わりに、おばちゃんがその鬼どもに『健康指導』しに行ったるわ」
その日の夜。
うちらは村人の制止を振り切り、酒の匂いが充満する大江山の山頂へと足を踏み入れとった。
山頂の開けた広場には、赤や青の肌をし、頭に角を生やした巨大な鬼たちが数十体、車座になって酒樽を囲み、ゲハハハ! と品のない笑い声を上げながら、泥酔して暴れ回っとった。
その中心で、一際巨大な赤鬼――酒呑童子が、大杯になみなみと注がれた酒を、滝のように喉に流し込んどる。
『ガハハハ! 飲め飲め! 奪った酒は美味いぞぉ! 明日のことなど忘れて、今宵も酔い狂えぇ!』
鬼たちの宴は、まさに狂乱の地獄絵図やった。
「……アレン、リリルちゃん。ちょっと視せてもらうで」
うちはアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、両手でそっと触れた。
視界がカチッと切り替わり、彼らの放つ霊的な波長(魔力の淀み)が浮かび上がる。
水晶越しに視えたその「鬼」たちの正体。
それは大和郷の妖怪なんかやない。遠く西の大陸……あの『魔族領』に居場所がなくなり、海を渡ってこの島国に流れ着いた『はぐれ魔族』たちやったんや。
彼らは、かつて魔王が引きこもって魔族領が荒れ果てていた時代に故郷を捨て、この山に逃げ込み、行き場を失った孤独と絶望から目を背けるために、永遠に終わらない酒宴で現実逃避しとっただけやった。
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水晶を通じて、彼らの『故郷を失い、アルコールで誤魔化した底なしの虚無感』が、うちの精神に直接流れ込んでくる。
途端に、激しい精神的疲労が押し寄せ、視界の端にザザッとノイズが走った。
一瞬だけ、前世の大阪で、会社のリストラに遭って昼間から安い居酒屋で管を巻き、「俺の人生、どこで間違えたんやろなぁ……」と泣きながら酒を呷っていた、見ず知らずの常連客のオッサンの哀愁が重なって見えたわ。
(……あー、わかるで。しんどい現実見たくない時って、酒に逃げて、騒いで、全部忘れたくなるんやんな……)
うちは、彼らの重たい虚無感にアテられそうになる意識を、アイテムボックスから取り出した「ハチミツ味」の飴ちゃんを奥歯でガリッと噛み砕くことで、無理やり現在に引き戻した。
濃厚な甘さが脳を叩き起こし、幻覚のノイズを散らす。
「静江さん、奴ら、完全に酔って理性を失っています! 魔族特有の瘴気も混ざっていて危険です!」
アレンが警戒する中、うちは水晶玉から手を離し、広場のド真ん中へとズンズン歩き出した。
「おい! そこのデカい赤鬼! いや、魔族の兄ちゃんら! ええ加減にしなはれ!」
うちが特大のゴミ拾いトングを肩に担いで怒鳴り込むと、魔族たちが一斉に動きを止め、血走った目でこちらを睨みつけてきた。
『……あぁん? なんだこの派手な女は。俺たちの宴に混ざりに来たのか? ギャハハ、肴にして食ってやろうか!』
酒呑童子が立ち上がり、酒臭い息を吐きながら巨大な金棒を振り上げる。
「アホか! 肴になるつもりなんか一ミリもあらへんわ! あんたら、魔族のくせに毎日毎日酒ばっかり飲んで、肝臓の数値どないなっとんねん! 目が真っ黄色やないか!」
うちはトングの先で、酒呑童子の巨大な鼻先をビシッと指差した。
「現実がしんどいからって、酒に逃げても何も解決せえへんで! 酒が抜けた時の二日酔いの頭痛と、自己嫌悪が倍になって襲ってくるだけやろが! ええ大人が、いつまでも逃げてんと現実見んかい! 今日は強制的に『休肝日』や!!」
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うちの「休肝日宣言」に、魔族たちがポカンと口を開けた。
『……き、きゅうかんび、だと……? ふざけるなァ! 俺たちから酒を奪う奴は、生かしてはおかん!』
酒呑童子が逆上し、瘴気を纏った巨大な金棒をうちの頭上へと振り下ろしてきた。
「アレン! お仕置きや!」
「はいッ! 峰打ちでいきます!」
アレンが神速の踏み込みでうちの前に出ると、モップ槍の柄で、振り下ろされた金棒の軌道を鮮やかに逸らし、そのまま酒呑童子の鳩尾に強烈な一撃を叩き込んだ。
『ごふぅッ!?』
さしもの上位魔族も、泥酔状態で急所を突かれては堪らない。白目を剥いて、ドスーン! とその場に倒れ込んだ。他の魔族たちも、アレンの剣幕に恐れをなして後ずさる。
「よっしゃ、大人しゅうなったな。……酒の〆は、これと決まっとる!」
うちはアイテムボックスから、巨大な寸胴鍋と、大和郷の海沿いの市場で大量に買い付けておいた『しじみ』を取り出した。
さらに、怪我や肝臓の疲れを回復させる黄色の「レモン味」の飴ちゃんをすり鉢で粉々に砕き、特製の味噌と一緒に鍋へぶち込む。
カイルに作ってもらった携帯用の魔導コンロで一気に火にかけると、広場中に、出汁の効いた熱々の『しじみ汁』の匂いが立ち込め始めた。
「ほら! おばちゃん特製、レモン飴風味の超特大・しじみ汁や! オルニチンたっぷりで、アルコール漬けの肝臓に染み渡るで! 二日酔いになる前に、さっさとこれ飲んで寝なはれ!」
うちはお玉でしじみ汁をすくい、倒れている酒呑童子や、周りの魔族たちに向かって、バシャァァッ! と豪快にぶちまけた。
『ギャアアアッ!? な、なんだこれはぁぁっ!』
熱々のしじみ汁と、レモン飴の強烈な回復魔力が、魔族たちの赤黒い肌に触れた瞬間、ジュワァァッ! と凄まじい水蒸気が上がった。
しじみの出汁が、彼らの体にこびりついていた「アルコールの淀みと、故郷を失った絶望」を、内側から優しく洗い流していく。
『……あ、あれ……? 頭が……ガンガンしない……。それに、この温かい汁……胃の腑に染み渡って……』
魔族たちの顔から、さっきまでの自暴自棄な凶暴さが消え、憑き物が落ちたようにスッキリとした表情になっとった。
「……酒はな、楽しい時に誰かと笑いながら飲むもんや。辛いことを忘れるために飲んでも、泥に沈むだけやで」
うちが優しく声をかけると、酒呑童子と呼ばれていた大柄な魔族が、涙ぐみながら深く頭を下げた。
『……かたじけない、人間の女よ。我らは、かつて魔族領が荒れ果てていた頃に故郷を捨て、ただ己の弱さから逃げていただけだったのだ……』
「故郷を捨てた? アホやなぁ。……今の魔族領、あんたらが知ってる頃とは大違いやで。バアルやゾルゲが中心になって、めちゃくちゃホワイトな『リサイクルセンター』になっとるわ」
『な、なんだと……!? あのバアル様や、ゾルゲ様が……!?』
魔族たちが一斉に驚きの声を上げる。
「せや。……あんたらも、ここで飲んだくれて村人に迷惑かけるんやったら、さっさと海渡って故郷に帰りなはれ。……うちの名前を出せば、履歴書なしでも即採用してくれるわ。魔族領の復興、手伝うたってや」
うちがそう言って笑うと、はぐれ魔族たちはボロ泣きしながら、「……ありがとう、姉御! 俺たち、故郷に帰って真っ当に働くよ!」と何度も頭を下げ、夜明け前の空を西の海へ向かって飛んでいった。
「……消えましたね。山の酒臭さも、完全に浄化されました」
アレンがモップ槍を下ろし、星空を見上げる。
「にゃーん」
クロが、こぼれたしじみの身を美味しそうに舐めとる。
「せや。アル中とヤケ酒の未練には、肝臓を労わるんが一番の特効薬やからな」
うちは寸胴鍋をアイテムボックスに仕舞い、大きく伸びをした。
「さてと! 明日、村の人らに『鬼の宴会はもう終わりや』って伝えたら、次はさらに東へ向かうで! 大和郷の中心地、近畿のど真ん中に、まだまだ厄介なゴミが転がっとるはずやからな!」
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