第122話 取鳥城の渇え殺しと、オカン流・超特大炊き出し
山の祟り神の祠をリフォームしたうちらは、さらに本州の北側の海沿いを東へ進み、『取鳥城』と呼ばれる険しい山城の麓へと辿り着いた。
ここはかつて、中央の関白軍が西へ侵攻する際、最も凄惨な「兵糧攻め」が行われた因縁の地や。
「……おばちゃん。この辺りの人たち、みんなご飯を食べる時、お山の方を向いてごめんなさいって手を合わせてるよ」
街道沿いの茶屋で、リリルが新しく家族になった黒猫のクロを撫でながら、不思議そうに言う。
茶屋の女将に話を聞くと、あの戦の後から、この取鳥城の跡地に恐ろしい怪異が棲み着いてしもうたらしい。
「……夜になると、山から『腹が減った……』『米をくれぇ……』という、何千人もの呻き声が聞こえてくるんです。恐ろしくて、誰もあの山には近づけません。関白軍の奴ら、戦の前にこの辺りの米を相場の何倍もの高値で買い占めて、村人ごと城に閉じ込めて干上がらせたんですよ。あの『渇え殺し』の無念が、今も山を覆っているんです」
それを聞いて、アレンが顔をしかめ、拳を強く握りしめた。
「……民を巻き込み、カネの力で意図的に飢餓を作り出す。それが関白のやり方ですか。あまりに非道だ」
「買い占めで物価を釣り上げて、弱いもんを兵糧攻めにするやなんて、商売人の風上にも置けへん外道やわ。……しゃあない、今日の宿代代わりに、おばちゃんがその『腹ペコの亡霊たち』に、腹いっぱい飯を食わせたるわ」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、取鳥城へと続く険しい山道を睨みつけた。
その夜。
草木も生えない荒れ果てた取鳥城の本丸跡に、うちはパイプ椅子を広げてどっかと座っとった。アレンが警戒しながら周囲を睨み、リリルとクロはうちの背中に隠れとる。
やがて、冷たい風が吹き抜け、地面からボコボコと不気味に土が隆起し、青白い燐光が漏れ出し始めた。
「静江さん、気をつけてください。尋常じゃない数の気配が、土の中から湧き出してきます!」
アレンが聖水のモップ槍を構える。
「……アレン、リリルちゃん。ちょっと視せてもらうで」
うちはアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、両手でそっと触れた。
視界がカチッと切り替わる。
その瞬間、肉眼では見えへんはずの景色が鮮明に浮かび上がり、腹の底から絞り出すような呻き声が、うちの耳に直接流れ込んできた。
『……腹が……減った……』
『……草の根も……木の皮も、もうない……。ひもじい……』
土の中から這い出してきたのは、ガリガリに痩せ細り、骨と皮だけになった何百、何千という兵士や農民たちの亡霊やった。
水晶越しに視えたのは、憎しみや恨みやない。ただ純粋な「飢え」と、ひとかけらの食べ物を求めて泥をすする、極限状態の地獄絵図やった。
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水晶を通じて、彼らの『内臓が裏返るような、狂おしいほどの飢餓感』が、うちの精神に直接流れ込んでくる。
途端に、激しい精神的疲労が押し寄せ、視界の端にザザッとノイズが走った。
一瞬だけ、前世の大阪で、給料日前に財布の底が尽き、三日間水と少しの塩だけで飢えを凌いで、スーパーの惣菜コーナーの匂いを嗅ぐだけで気が狂いそうになっていた時の、あの「惨めなひもじさ」の記憶が重なって見えたわ。
(……あー、わかるで。お腹が空いてる時って、周りのもん全部が食べ物に見えて、頭がおかしくなりそうになるんやんな……)
うちは、彼らの飢えに引っ張られそうになる意識を、アイテムボックスから取り出した「ハチミツ味」の飴ちゃんを奥歯でガリッと噛み砕くことで、無理やり現在に引き戻した。
濃厚な甘さが脳を叩き起こし、幻覚のノイズを散らす。
「静江さん、奴ら、飢えのあまり理性を失っています! 我々を食い殺そうと……!」
アレンが聖水のモップ槍を構え、迫り来る亡霊の群れを牽制する。
だが、うちは水晶玉から手を離し、パイプ椅子から立ち上がった。
「アレン! 武器は下ろしなはれ! 腹減って泣いてる子に刃物向けてどないすんねん!」
「で、でも、このままでは……!」
「食われる前に、食わせたらええねん! アレン、リリル! 炊き出しの準備や!」
うちはアイテムボックスの奥深くに腕を突っ込み、これまでの旅で買い溜めておいた、大量の大根、人参、ごぼう、そして薩摩で仕入れた極上の豚肉を、ドサドサッと広場に放り出した。
さらに、特大の寸胴鍋と、薪を組み上げる。
「アレン! あんたの神速の剣技で、この野菜と肉を一瞬で一口サイズに切り刻みなはれ!」
「えっ!? 剣で料理を……!? わ、わかりました! はあああッ!」
アレンが剣を抜き、目にも止まらぬ『刹那の観測』の剣技で、山のような食材をあっという間に見事な乱切りに変えていく。
「よし! ほな、火ぃ点けるで!」
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うちは火打石で薪に火をつけ、大和郷特産の味噌をたっぷりと溶かし入れた。
グツグツと煮え立つ鍋から、出汁と豚肉の脂が混ざり合った、暴力的なまでに食欲をそそる匂いが山頂に立ち込める。
亡霊たちの動きが、ピタリと止まった。
『……匂いが……する……』
『……温かい……飯の匂いじゃ……』
「まだまだ! これが究極の隠し味や!」
うちは、すり鉢で粉々に砕いておいた、緑色の「メロン味」と、オレンジ色の「オレンジ味」の飴ちゃんを、特製スパイスとして鍋の中にドバドバと投入した。
飴ちゃんの魔力が溶け込んだ豚汁は、ただの料理から「魂を満たす究極の供養食」へとランクアップした。
「ほら! おばちゃん特製、メロン飴風味の超特大・具沢山豚汁や! おにぎりもぎょうさん握ったるから、焦らんと一列に並びなはれ!」
うちはお玉で鍋をかき混ぜながら、何千という亡霊たちに向かって怒鳴った。
「関白の買い占めなんかに負けなや! 横入りしたらおばちゃんのトングが飛ぶからな! 順番に、腹いっぱい食べ!」
亡霊たちは、うちの気迫と、何よりもその「温かい飯の匂い」に誘われ、おずおずと、まるで配給を待つ村人のように一列に並び始めた。
うちは、お椀にたっぷりの豚汁を注ぎ、リリルが一生懸命に握った塩おにぎりと一緒に、彼らの透き通った手に次々と手渡していった。
『……あ、ああ……。温かい……。胃の腑に……染み渡る……』
『……美味い……。本当に、美味い……』
飴ちゃんの魔力が溶け込んだ豚汁をすするたびに、ガリガリに痩せ細っていた亡霊たちの身体が、生前のふっくらとした健康的な姿へと戻っていく。
彼らの顔に張り付いていた「飢えと絶望」が、満腹感と幸福感によってスゥッと解け、穏やかな笑顔に変わっていった。
『……ありがとう、派手な姉ちゃん。……ありがとう、嬢ちゃん……。これでようやく、満足して……逝ける』
亡霊たちは、空になったお椀を大事そうに抱えたまま深く頭を下げ、次々とキラキラとした光の粒になって、夜空へと昇っていった。
「……消えましたね。山の飢えも、完全に満たされました」
アレンが剣を納め、ホッと息をつく。
「にゃーん」
クロが、おこぼれの豚肉をもらって満足そうに喉を鳴らとる。
「せや。人間、腹が減ったらろくなこと考えへん。カネに物言わせて人の飯を奪うような奴は、いずれ絶対に痛い目見るんやわ」
うちは空になった特大の寸胴鍋をアイテムボックスに仕舞い、星空を見上げた。
「さてと! 取鳥城の『心のゴミ(空腹)』も片付いたし、次はいよいよ近畿方面やな! 大和郷の中心に近づくにつれて、もっと面倒くさい因縁が落ちとるはずやで!」
おばちゃんの「特大炊き出し」によって、最も凄惨な古戦場は、温かい満腹の記憶と共に浄化された。
大掃除の旅は、休むことなく、さらに歴史の深部へと続いていくんや。
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