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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第12話 居座る次男坊と、尾行ヘタな影たち

「占いの館・静」の朝は、相変わらず早い。

 と言っても、うちは別に早起きが得意なわけやない。酒場『黄金の樽亭』の重い扉が開く音、女将のマーサさんが仕込みで包丁を振るう威勢のええ音、そしてアレンが店の前を掃除する箒の音が、二階の寝室まで響いてくるからしゃあないんや。


 うちは大きな欠伸をしながら、ヒョウ柄のガウンを羽織って下へ降りた。


「おはよう、静江さん。今日もその毛皮の模様ヒョウがらは冴え渡っているね。まるでルミナの朝焼けを、そのまま布にしたようだ」


 店の前の樽に腰掛けて、だらしなく朝酒を煽っているカイルの声に、うちは思わず眉をひそめた。


「……あんた、またおるんか。侯爵家の次男坊が、朝から路地裏で何しとるんや。実家(本家)に帰って、お兄ちゃんのお手伝いでもしてきなはれ」


「いやぁ、あそこは居心地が悪くてね。ここなら、星の動きよりも『今日の安売り情報』に詳しい賢者がいるし、何より酒が美味い。……それにほら、静江さん。あんたのファンが、あそこに待機しているよ?」


 カイルが顎で指したのは、路地の向こう、パン屋の陰に不自然に隠れとる二人組の男。ボロい服を着て街民のフリをしとるけど、背筋が真っ直ぐすぎて「私は訓練を受けた隠密です」と全身で語っとる。


「……アレン。あれ、昨日からおるやつらやな?」


「はい。さっきからパンを一個も買わずに、ずっとこっちを見てます。……どうします? 路地裏に連れ込んで、少し『掃除』しましょうか?」


 アレンが箒を握る手に力を込める。一ヶ月前はあんなに震えてた子が、今や「掃除」なんて物騒な言葉を吐くようになった。でも、その瞳にはまだ、自分を救ってくれたこの店を守りたいという真っ直ぐな忠誠心が宿っとる。


「アカン。そんな血生臭いことしたら、昼間の商売に響くやろ。……ええわ、ちょっとうちの買い物に付き合わせよか。アレン、大きな買い物袋持ってき」


 うちはカイルの横っ腹を肘で突きながら、市場へと歩き出した。


 ルミナの市場は、今日も活気に溢れとる。

 焼きたてのパンの匂い、干魚の塩辛い香り、そして商売人たちの威勢のええ声。うちはわざと、細い路地や人混みが激しい店を選んで、蛇行するように歩き回った。


「あ、この大根、ちょっと色が悪いわぁ。おっちゃん、もうちょいまけて! ほら、このヒョウ柄の服に免じてや!」


「……あんた、またそんな派手な格好して! 静江さんの派手さには参るよ。……わかった、景気づけに少しだけおまけしてやるよ!」


 そんなやり取りをしながら、うちはチラリと後ろを振り返る。

 例の二人組は、人混みの中でうちを見失わんように必死や。武具を服の下に隠してるんか、不自然に肩を怒らせて、野菜の入ったカゴにぶつかっては店主に怒鳴られとる。


「……静江さん、あいつら、もう限界そうですよ」

 アレンが呆れたように言う。カイルは横でリンゴをかじりながら「本家の隠密も形無しだねぇ」と楽しそうや。


 うちは一通り買い物を済ませると、わざと行き止まりの狭い路地へと入っていった。

 案の定、男たちは「好機チャンス!」と言わんばかりに距離を詰めてくる。


「……待て! 静江、と言ったな。大人しく――」


 男たちが声をかけようとした瞬間、うちはくるりと振り返って、買い物袋から真っ赤な「イチゴ味」の飴ちゃんを二つ取り出した。


「はいはい、お疲れさん。尾行、ヘタやなぁ。あんたら、角曲がるたびに足音立てすぎやねん。……これ、食べ。朝から走り回ってお腹空いたやろ?」


「なっ……! 貴様、気づいて……」


「気づくもクソも、あんたら不自然すぎて街中の笑いもんやで。ほら、食べ。おばちゃんの親切や。毒なんか入ってへんわ」


 うちは無理やり、呆然とする男たちの手に飴を握らせた。

 男たちはあまりの空腹と静江の剣幕に押され、飴を口に放り込んだ。


 途端に、男たちの顔に微かな生気が戻り、足の疲れがスッと引いていく。


「……なんだ。この、温かくなるような感覚は……」


「気が済んだら、帰って親玉に言いなはれ。……『占い師を追いかける暇があったら、自分の靴磨きでもしてな』ってな。アレン、帰るで」


 酒場に戻ると、カイルがカウンターの特等席に勝手に座り込んでいた。


「いやぁ、素晴らしい。隠密を『迷子のお守り』にしてしまうなんてね。……でもね、静江さん。一つだけ忠告だよ。本家はね、負ける時ほど静かになるんだ。……次に扉を叩くのは、もっと得体の知れない『契約』かもしれないよ」


 男はそう言い残すと、またいつもの飄々とした笑顔に戻って、店を出て行った。


「……あんた、星より腹黒そうやな」


 うちは買ってきたばかりの猪肉を抱えて、厨房に顔を出した。

 そこには、大きな鍋をかき混ぜているマーサさんの姿があった。


「マーサさん、ええ肉手に入ったで! これ、今日の酒場の煮込みに使って。……あと、これ隠し味に使ってみて。肉の臭みが消えて、もっと旨なるから」


 うちは市場で選んだ香草をマーサさんに手渡した。


「おや、静江。あんたは本当に鼻が利くね。……よし、今夜の煮込みは特別製だ。客たちが喜ぶよ」


 うちは満足げに頷いて、アレンを呼んだ。


「アレン。うちは占いの場所を借りてる身や。勝手に料理したらマーサさんの顔に泥を塗ることになる。……でもな、こうやって『ええもん』を繋ぐんは、商売の基本や。今夜はマーサさんの煮込みをしっかり食べて、明日への活力にしなはれ」


「はい! 静江さんの選んだ肉なら、絶対に美味しいはずです」


 ルミナの酒場に、夕暮れの準備の音が響き始める。

 商売の筋を通し、美味い飯を食い、ガハハと笑う。

 それが、大阪のおばちゃん流のサバイバル術なんやから。


読んでくれてありがとうございます!


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