第119話 戸次川の船幽霊と、四国の家族の転職先
肥前の国で、恐ろしい化け猫をただの「甘えん坊の黒猫」に変えてスカウトしたうちらは、さらに東へと旅を続けとった。
次なる目的地は、大和郷を東西に分かつ海峡のすぐ手前にある大きな川……『戸次川』や。
ここはかつて、中央のブラック企業(関白)に無理やり駆り出された四国のエリート武将たちが、うちの「特売ダッシュ(釣り野伏せ)」の罠に見事にはまって、泥沼の森の中で壊滅した古戦場やった。
「……おばちゃん。ここの川の近くの漁師さんたち、みんなお船を岸に縛り付けて、すごく怖がってるよ」
リリルが、新しく家族になった子猫の『クロ』を抱きかかえながら、不思議そうに川辺を眺めとる。
漁村の顔役らしきお爺さんに話を聞くと、戦が終わってからというもの、この戸次川の河口付近にタチの悪い怪異が棲み着いてしもうたらしい。
「夜になって川に小舟を出すと、川底から青白い手がいっぱい伸びてきてなぁ。『柄杓を貸せぇ……』って、泣きそうな声でせがまれるんじゃ。恐ろしくて柄杓を渡すと、今度はそれで船の中にザバーッ! と水を入れられて、船ごと水底に引きずり込まれちまうんでさぁ」
「柄杓を貸せ、なぁ……。アレン、あんたなんか心当たりあるか?」
うちが聞くと、アレンは少し考えてから頷いた。
「おそらく『船幽霊』の類ですね。海や川で命を落とした者たちが、生者の船を沈めて仲間に引き込もうとする怪異です。伝承によれば、そういう時は『底の抜けた柄杓』を渡せば、水を汲み入れられずに諦めて退散するそうですが……」
「底の抜けた柄杓で誤魔化す? なにそれ、えらい意地悪な伝承やな」
うちは呆れたように鼻を鳴らした。
「……しゃあない。今日の宿代代わりに、おばちゃんがその船幽霊の『身の上相談』に乗ったるわ」
その日の深夜。
川霧が立ち込める戸次川の河口に、うちは借りた小舟を浮かべて、どっかとパイプ椅子に座っとった。アレンが警戒しながら櫓を漕ぎ、リリルはクロと一緒にうちの背中に隠れとる。
やがて、チャプン、チャプンという不気味な水音とともに、小舟の周囲の川面が青白く発光し始めた。
『……柄杓を……柄杓を貸してくれぇ……』
水の中から、何十本もの透き通った泥だらけの手が伸びてきて、うちらの小舟の縁をバンバンと叩き始めた。
「……アレン、リリルちゃん。ちょっと視せてもらうで」
うちはアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、両手でそっと触れた。
視界がカチッと切り替わり、肉眼では見えん霊的な波長が浮かび上がる。
船の周りに群がっていたのは、予想通り、あの戦いでうちの罠にはまって倒れた、四国の武将や下請けの兵士たちの霊やった。
彼らの顔には、うちらへの恨みよりも、もっと深く、切実な「恐怖と絶望」が張り付いとった。
『……帰らねば……。沈む、船が沈んでしまう……。水を掻き出す柄杓を……!』
『……俺たちがここで死んだら、残された妻や子供はどうなる……。関白様の理不尽な罰金で、一族もろとも飢え死にしてしまう……!』
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水晶を通じて、彼らの『残してきた家族を案じる、痛いほどの未練』が、うちの精神に直接流れ込んでくる。
途端に、激しい精神的疲労が押し寄せ、視界の端にザザッとノイズが走った。
一瞬だけ、前世の大阪で、自分の体調が悪いのに「私が倒れたら、子供の学費はどうなるんや」と無理してパートを掛け持ちし、過労で倒れてしまったお母さんの姿が重なって見えたわ。
(……あー、わかるで。自分が死ぬことより、残された家族が苦労するんが一番怖いんやんな……)
うちは、彼らの切実な悲痛に引っ張られそうになる意識を、アイテムボックスから取り出した「ハチミツ味」の飴ちゃんを奥歯でガリッと噛み砕くことで、無理やり現在に引き戻した。
濃厚な甘さが脳を叩き起こし、幻覚のノイズを散らす。
「……静江さん! 奴ら、船をひっくり返そうとしています! 伝承の通り、僕が加工しておいた『底の抜けた柄杓』を渡して退散させます!」
アレンが焦って、底をぶち抜いた木杓を差し出そうとするが、うちは特大トングでそれをパシッと弾き飛ばした。
「アホ! 底の抜けた柄杓なんか渡したらアカン!」
「えっ!? で、でも、そうしないと船が沈められ……」
「家族心配して泣いてるお父ちゃんに、わざと使えへん道具渡して『残念でしたー!』って笑うなんて、オカンが絶対に許さへんわ! そんな意地悪するから、いつまでも未練残して川底を彷徨うんやろが!」
うちは立ち上がり、船の縁にすがりついている四国兵の亡霊たちに向かって、腹の底から怒鳴りつけた。
「あんたら! いつまでこんな冷たい川でジメジメ心配しとんねん!」
うちの怒声に、亡霊たちがビクッと動きを止めた。
『……貴様は、あの時の妖女……! 貴様の罠のせいで、我らは……! ああ、残された妻と子が、関白の罰金で路頭に迷ってしまう……!』
「アホか!! あんたらの奥さんや子供はな、おばちゃんがとっくに薩摩(ホワイト企業)に転職させて、今は安全な場所で毎日お腹いっぱい白飯食うとるわ! 心配せんと、さっさと成仏しなはれ!!」
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『……な、何……? 転職、だと……?』
亡霊たちが、ポカンと口を開けて固まった。
「せや! うちが四国に潜入した時、井戸端会議で奥さんらに『特売チラシ』配って、ガッツリ引き抜いたんやわ! 『戸次川で負けたのはウチの人のせいじゃないのに!』って泣いてた奥さん、今頃薩摩の郷中で、あんたの子供に元気に木刀振らせて、ゲラゲラ笑うとるで!」
『……あっ……。それ、私の……妻の口癖だ……』
一人の武将の霊が、震える両手で顔を覆った。
「関白からの借金もチャラにして、領地も安堵したったわ! ブラック企業(関白)の罰金なんか、一文も払わせへん! あんたらの家族は、おばちゃんが責任持って泥沼から救い出したったんや!」
うちはアイテムボックスから「オレンジ味(精神安定)」と「メロン味(満腹感)」の飴ちゃんを取り出し、細かく砕いて川面へとばら撒いた。
飴の魔力が溶け込んだ水が、亡霊たちの「家族への執着」という重たい呪縛を、優しく、そして力強く解きほぐしていく。
『……そうか……。俺の妻は、生きているのか……。子供は、腹いっぱい飯を……』
『……俺たちを殺した敵が、俺たちが一番守りたかった家族を、救ってくれていたなんて……』
亡霊たちの顔から、ドス黒い未練と怨念がスゥッと消え去っていく。
自分たちを殺した憎き敵であるはずの「ヒョウ柄の女」が、実は自分たちの家族を地獄から救い出してくれていたという真実。
それ知った彼らは、うちらの船をひっくり返そうとしていた手を離し、代わりに、深く、深く頭を下げた。
『……ありがとう、薩摩の軍師殿。……これでようやく、安心して逝ける……』
彼らはポロポロと光の涙を流しながら、次々とキラキラとした光の粒に変わり、夜明け前の空へと昇っていった。
「……消えましたね。川の澱みも、すっかり晴れました」
アレンが、底の抜けた柄杓を持ったまま呆然と呟く。
「まさか、自分たちを殺した怨念を、『残された家族の救済』という事実で昇華してしまうなんて……。静江さんのあの時の『奥様ネットワーク調略』が、こんなところで生きてくるんですね」
「せや。敵や味方や言う前に、みんな誰かの『家族』なんや。意地悪して追い返すより、ちゃんと安心させてやった方が、後腐れなくて綺麗に掃除できるんやわ」
うちはパイプ椅子を畳み、朝焼けの川面に向かって大きく伸びをした。
「さてと! 戸次川のゴミも片付いたし、次はいよいよ本州……この大和郷の中心に続く海峡やな! そこには昔の、『源平の合戦』で沈んだめんどくさい怨念がいっぱいおるはずやで!」
うちが特大のトングを肩に担いで気合を入れると……。
「……ゲンペイ? 何ですかそれ」
アレンが、不思議そうに首を傾げた。
「あ、いや、うちの故郷の昔話や。大昔に二つの大きな勢力が、その海峡で戦って滅んだっていう……まぁ気にせんといて」
うちが誤魔化すように笑うと、今度はリリルがジト目でうちを見上げてきた。
「……おばちゃん」
「大昔の怨念もそうかもしれませんが……静江さん、一番大事なこと、忘れてませんか?」
アレンも、呆れたように深ぁぁくため息をついた。
「あの海峡の底には、ついこの間、僕たちが『特売の火攻め』で丸焼きにして沈めた、関白軍の数万の兵たちの怨念が、一番新しくてギッシリ詰まってるはずですよ……」
「あ……」
うちは思わず、特大トングを落としそうになった。
せや。あそこは、他でもないうちらが一番最近、特大の「ゴミ(犠牲者)」を派手に出した現場やないか。
「……そ、そうやった! 自分の家の埃に文句言う前に、自分らで出したゴミは、自分らでちゃんと分別して片付けなあかんな! よっしゃ、気合入れて『アフターサービス(供養)』に行くで!」
「まったく、静江さんは都合の悪いことはすぐ忘れるんだから……」
「にゃーん」
呆れるアレンと、クロの鳴き声を背に受けながら、大掃除の旅は、いよいよ自分たちがしでかした「最大の後始末」へ向けて、海峡へと船を進めていくんや。
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