第118話 肥前の化け猫騒動と、オカン流・魅惑の猫じゃらし
泥田畷で肥前の熊の脂っこい未練をさっぱりと洗い流したうちらは、肥前の中心街へと足を踏み入れとった。
ここは今、肥前の熊(龍王家)に代わって、うちらの傘下に入った新領主・ナベシマ殿が治めとるんやけど……なんや街の空気がどんよりしとる。
「……おばちゃん。ここの人たち、みんな目の下にクマができてるよ。すごく眠そう」
リリルが、行き交う街の人々を見て不思議そうに首を傾げる。
宿屋の女将に話を聞くと、ここ最近、新領主のナベシマ殿の城に夜な夜な『巨大な化け猫』が現れ、呪いの鳴き声を上げて城中を恐怖に陥れているらしい。
「そのせいで、殿様も家臣も一睡もできず、街全体が不眠症でお通夜みたいになってるんですよ。……龍王家の残党の呪いだってみんな噂してます」
「化け猫、ねぇ。……アレン、今日の宿代はナベシマの殿さんに払ってもらうで。おばちゃんが、その猫の『しつけ』をしたるわ」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、意気揚々とナベシマの城へと乗り込んだ。
その日の深夜。
うちらは、すっかり怯えきって震えとるナベシマ殿の寝所にパイプ椅子を広げて陣取っとった。
やがて、丑三つ時。
障子の向こう側から、ギギギ……と爪で木を引っ掻く嫌な音が響き、ねっとりとした冷気が部屋に入り込んできた。
『……にゃあぁぁぁん……』
普通の猫の鳴き声やない。腹の底から絞り出すような、怨念の籠もった赤ん坊の泣き声のような不気味な声や。
障子がバンッ! と弾け飛び、そこに現れたのは、牛ほどもある巨大な黒猫やった。二つの尾を揺らし、金色の瞳を爛々と輝かせながら、鋭い牙を剥き出しにしとる。
「ひぃぃっ! 出たぁっ! 私を呪い殺しに来たのだぁっ!」
ナベシマ殿が布団を被って悲鳴を上げる。
「静江さん、下がって! 尋常じゃない怨念の塊です! 斬り捨てます!」
アレンが素早くモップ槍を構え、神速の踏み込みで化け猫に斬りかかろうとした。
「アホ! ストップやアレン!」
うちは特大トングでアレンの槍をパシッと弾き落とした。
「えっ!? 静江さん、なぜ止めるんですか!」
「猫が怒っとるんは、あんたらに何か分かってほしいことがあるからやろ! 爪立ててる子に刃物向けてどないすんねん! 怯えさせて余計に引っ掻かれるだけやわ!」
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うちはアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、両手でそっと触れた。
視界がカチッと切り替わり、霊的な波長が浮かび上がる。
巨大な化け猫の背後に重なって見えたのは、龍王家の巻き添えになって理不尽に家を奪われ、命を落とした一人の老婆の霊やった。
『……私の可愛いクロ。……私が死んだ後、お前は一人ぼっちで……。お腹を空かせて、石を投げられて……。許さない、許さないよ……!』
水晶を通じて、老婆の『愛猫を残して死んでしまった無念』と、化け猫の『飼い主を奪われた寂しさ』が、うちの精神に直接流れ込んでくる。
途端に、激しい精神的疲労が押し寄せ、視界の端にザザッとノイズが走った。
一瞬だけ、前世の大阪で、近所の野良猫にちくわをあげようとして、逆にシャーッと威嚇されて指を思いっきり引っ掻かれた時の、あの「悲しさと痛みの記憶」が重なって見えたわ。
(……あー、わかるで。猫は寂しい時ほど、人にツンケンして攻撃的になるもんやんな……)
うちは、化け猫の強烈な悲しみに引っ張られそうになる意識を、アイテムボックスから取り出した「ハチミツ味」の飴ちゃんを奥歯でガリッと噛み砕くことで、無理やり現在に引き戻した。
濃厚な甘さが脳を叩き起こし、幻覚のノイズを散らす。
「……静江さん。浄化しますか?」
アレンが再び槍を握り直すが、うちは水晶玉から手を離し、不敵に笑った。
「浄化やない。……『餌付け』や!」
うちはアイテムボックスの奥深くに手を突っ込み、薩摩の市場で仕入れておいた『極上のマタタビの粉末』と、西の大陸から持ってきた魚のすり身ペースト(異世界版チュール)を取り出した。
さらに、先端に鳥の羽がついた『ホコリ取り用のハタキ』を右手に構える。
『シャアァァァッ!』
化け猫が威嚇し、巨大な爪を振り下ろそうと飛びかかってきた。
「はいはい、そんなに怒りなさんな! そーれ!」
うちはマタタビの粉末を空中にバサッと撒き散らし、同時にハタキを化け猫の目の前で、小刻みに、そしてトリッキーにヒュンヒュンと振った。
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『にゃ……?』
化け猫の動きが、空中でピタリと止まった。
極上のマタタビの香りが鼻腔をくすぐり、目の前では羽のついたハタキが「獲物」のようにチラチラと動いとる。
どれだけ怨念で巨大化しようが、猫は猫や。本能には絶対に逆らえへん。
『にゃ、にゃあぁっ……!』
化け猫は怨念を完全に忘れ、ハタキの羽を捕まえようと前足でチョイチョイとじゃれつき始めた。
「おばちゃん、すごい! 化け猫さんが、遊んでる!」
リリルが目を輝かせて拍手しとる。
「せやろ? 猫じゃらしの動かし方にはコツがあるんや。……よし、今や!」
化け猫がハタキに夢中になって、コロンと仰向けに寝転がった隙を突き、うちは魚のすり身ペーストに「オレンジ味」の飴ちゃんを砕いて混ぜ合わせた特製おやつを、猫の鼻先にスッと差し出した。
『ペロ……ペロペロペロ……! にゃ〜ん……』
化け猫は夢中になってそのペーストを舐め始めた。
飴ちゃんの魔力が溶け込んだ極上のおやつが、化け猫の中に渦巻いていた「怒り」と「飢え」を、優しく胃袋から満たしていく。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
さっきまでの呪いの鳴き声が嘘のように、部屋中に心地よい猫の喉鳴りが響き渡った。
『……ああ。クロが……あんなに嬉しそうに……』
化け猫の背後におった老婆の霊が、ポロポロと安堵の涙を流しとる。
『……占い師さん。ありがとう。……あの子のこと、どうかよろしくお願いします……』
老婆は深々と頭を下げると、未練をすっかり無くし、キラキラとした光の粒になって夜空へと昇っていった。
同時に、牛ほどもあった化け猫の姿がシュゥゥッと縮んでいき……後には、毛並みの艶やかな、手のひらサイズの可愛らしい黒猫が残っとった。
「にゃーん」
黒猫は、うちのポンチョの裾にすりすりと頭を擦り付けとる。
「……信じられん。あの大怨霊が、ただの愛らしい猫になるとは……」
布団から顔を出したナベシマ殿が、呆然と呟く。
「せや。怨念なんて、お腹いっぱいになって安心すれば、すぐ消えるもんや。……さて、この子やけど」
うちは黒猫をひょいと抱き上げ、優しく撫でた。
「ナベシマ殿、この子はうちが引き取るわ。西の大陸のルミナで、うちらの会社の『看板猫』としてスカウトさせてもらうで!」
「は、はい! どうぞお連れください! 謝礼は弾みますゆえ!」
こうして、肥前の国を恐怖に陥れた化け猫騒動は、オカンの猫じゃらしと異世界チュールによって、一滴の血も流れることなく、ほっこりと幕を閉じたんや。
「さてと! 猫ちゃんも家族に加わったことやし、次はいよいよ四国へ渡る途中の激戦地……『戸次川』やな! 気合入れていくで!」
「にゃーん!」
おばちゃんの腕の中で黒猫が元気に鳴き、大掃除の旅は次なる古戦場へと続いていくんや。
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