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【完結】大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明
第8章:戦跡の特殊清掃

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第117話 泥田畷の泥田坊と、オカン流・脂抜きのさっぱり供養

 耳鳴川でエリートたちの鎧をピカピカに洗濯したうちらは、さらに西へと歩を進め、大和郷の西端に位置する『肥前』の国へと足を踏み入れた。


 向かった先は、かつて西の暴君『肥前の熊』が率いる五万の大軍を、泥沼の乱戦と「海を越えた魔導砲の特大差し入れ」で沈めた最大の激戦地……『泥田畷どろたなわて』や。


「……おばちゃん。こここの村の人たち、みんな田んぼの前で困った顔してるよ」


 街道沿いの農村に入ると、リリルの言う通り、農民たちが真っ黒な泥田を前にして頭を抱えとった。


「おっちゃんら、精が出ますなぁ。どないしたん? 田植えの時期やのに、手ぇ止まっとるで」


 うちが声をかけると、農民の一人が怯えたように田んぼを指差した。


「……それが、戦が終わってからというもの、この泥田畷が『底なし沼』になっちまったんでさぁ。おまけに夜になると、泥の中から一つ目の巨大な坊主……『泥田坊』が這い出してきて、『肉を食わせろぉ』『足が痛いぃ』って呻きながら、牛や馬を泥に引きずり込んじまうんで……恐ろしくて誰も近づけねえんです」


「泥田坊、ねぇ……。肉食いてぇ、足痛い……ってもう、誰の怨念か丸わかりやんか」


 うちは呆れたように溜息をついた。


 アレンも「……あの、規格外の巨漢の将ですね」と、苦笑いしながら頷く。


 その日の夜。

 月明かりだけが照らす泥田畷の畦道あぜみちに、うちはパイプ椅子を広げて座っとった。


 やがて、ボコボコ……と泥田の表面が不気味に泡立ち始めた。

 泥が巨大な人型を形成し、伝承にあるような不気味な「泥田坊」が姿を現す。


『……肉を……霜降りの肉を寄越せぇ……。足が……親指の付け根が……痛いんじゃあ……』

 ギトギトとした脂っこい怨念を撒き散らしながら、泥田坊がこちらへ手を伸ばしてくる。

「……アレン、リリルちゃん。ちょっと視せてもらうで」


 うちはアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、両手でそっと触れた。

 視界がカチッと切り替わる。


 泥の巨人の奥底、そのコアの部分でうずくまっていたのは、予想通り、あの黄金の甲冑を着込んだ『肥前の熊』の亡霊やった。


 彼は泥の中で、痛風を発症している右足の親指を抱え込みながら、食べ損ねたご馳走への未練と、泥に沈んだ屈辱でドロドロになっとったんや。


===========


 水晶を通じて、彼の『脂っこい未練と、暴飲暴食への執着』が、うちの精神に直接流れ込んでくる。


 途端に、激しい精神的疲労が押し寄せ、視界の端にザザッとノイズが走った。


 一瞬だけ、前世の大阪で、お正月に餅とすき焼きをドカ食いしすぎて、三日目に強烈な『胃もたれ』を起こしてソファで唸っていた自分の姿が重なって見えたわ。


(……あかん、胃薬……胃薬どこや……。脂っこい念当てられたせいで、こっちまで胃ぃもたれて胸焼けしてきたわ……)


 うちは、その気持ち悪さに引っ張られそうになる意識を、アイテムボックスから取り出した「ハチミツ味」の飴ちゃんを奥歯でガリッと噛み砕くことで、無理やり現在に引き戻した。


 濃厚な甘さが脳を叩き起こし、幻覚のノイズを散らす。


「……静江さん。浄化しますか?」


 アレンがモップ槍を構えるが、うちは水晶玉から手を離し、立ち上がった。


「アホか! あんなギトギトした怨念、まともに相手したらこっちの胃がもたれるわ! ……おい! そこのデカい泥んこ!」


 うちが畦道から怒鳴ると、泥田坊(肥前の熊)が、ギョロリとこちらを睨みつけてきた。


『……おおぉ……貴様は、あの時の妖女……! 私の覇道を泥に沈めた……憎き女ぁ……!』


「覇道を沈めたんはあんたの体重や! ほんまに、死んでからもまだ『肉食わせろ』とか言うとるんか! そんなギトギトした未練抱えてるから、いつまで経っても足の痛みが引かへんのやろが!」


 うちは畦道ギリギリまで歩み寄り、泥田坊の巨大な鼻先をビシッと指差した。


「ええか! 胃腸が疲れとる時に脂っこいもん食べたら、余計にドロドロになるんや! あんたに必要なのは、肉やのうて『さっぱりしたモン』やわ!」


===========


 うちはアイテムボックスから、大和郷の市場で仕入れておいた『大根』と『おろし金』、そして『ポン酢』を取り出した。


 さらに、アイテムボックスから痛風や怪我を治す黄色の「レモン味」の飴ちゃんを取り出し、それをすり鉢で細かく粉末状にすり潰していく。


「アレン! あんた、この大根、全力で擦りなはれ! 鬼おろしや!」


「えっ? 大根おろしですか!? わ、わかりました! はあああッ!」


 アレンが神速の剣技……いや、神速の「おろし技」で、大根をあっという間に雪のような大根おろしの山に変えていく。


「よし! そこにこのポン酢と、魔法のレモン粉末を混ぜて……おばちゃん特製、究極の『脂抜き・さっぱり和風みぞれダレ』の完成や!」


 うちは、タライ一杯にできたその特製ダレを抱え上げると、泥田坊に向かって思いっきりぶちまけた。


『ギャアアアッ!? な、なんだこれはぁぁっ!』


 レモンの酸味とポン酢の爽やかな香りが、泥田坊のギトギトした怨念(泥)に触れた瞬間、ジュワァァッ! と激しい音を立てて脂を分解し始めた。


 大根おろしの酵素が、何万キロカロリーもありそうな肥前の熊の「重たい未練」を、胃に優しく溶かしていく。


『……あ……れ……?』


 泥の巨体が崩れ落ち、中から現れた肥前の熊の亡霊は、ぽかんとした顔で自分の足元を見つめとった。


『……足が……痛くない。それに、あの胸焼けするような肉への渇望が……スッと消えた……』


「せやろ。腹八分目、さっぱりした和食が一番体と心にええんや。……あんたも、上に立つもんとして、色々ストレス溜めて食に走ってたんやろ。もうゆっくり休みや」


 飴ちゃんの魔力と、さっぱりとしたポン酢の香りに包まれた肥前の熊は、生前のドス黒い顔色が嘘のようにスッキリとした表情になり、「……かたじけない……」と深く頭を下げて、サラサラとした光の砂になって天へと昇っていった。


「……消えましたね。田んぼの泥も、元の豊かな土に戻っています」


 アレンがモップ槍を下ろし、星空を見上げる。


「せや。暴飲暴食は身を滅ぼす、ええ教訓やな」


 うちはおろし金をボックスに仕舞い、大きく伸びをした。


「さてと! 明日はこの田んぼ、ちゃんと農家のおっちゃんらに返してあげなあかんな! ……それが終わったら、次はいよいよ東へ向かうで。……今度は、あの四国の海を渡った先の『戸次川へつぎがわ』やな!」



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