第115話 山の怪火と、オカン流・火の用心と焼き芋供養
薩摩の焼け跡の村で最初の「心のゴミ」を片付けたうちらは、次なる目的地である北の『耳鳴川』の古戦場を目指し、険しい山越えの道を歩いとった。
大和郷の南端は、昼間は暖かくても、日が落ちて山の中に入ると、急激に肌寒くなってくる。
「……ふぅ。今日はこの辺で野宿にしよか。アレン、火ぃ熾してくれへんか」
「分かりました、静江さん。風よけになりそうな岩場を探しますね」
街道から少し外れた開けた場所に陣取り、うちらは小さな焚き火を囲んだ。
夕食は、村で持たせてもらった干し肉と、硬いおにぎりや。
「……おばちゃん、お山の中、真っ暗でちょっと怖いよ」
リリルが焚き火の光に寄り添うようにして、うちのポンチョの裾をギュッと握りしめとる。
見上げれば、木々の隙間から覗く空には月もなく、文字通りの漆黒の闇が広がっとった。風が木々を揺らす音が、時折、誰かの呻き声のように聞こえて気味が悪い。
「大丈夫や。おばちゃんがおるし、アレンの兄ちゃんも付いとる。こんな山奥、野盗も熊も出えへんわ」
うちはリリルの頭を撫でながら、温かいお茶をすすった。
……だが、異変は真夜中、うちらが交代で仮眠を取ろうとした時に起きた。
「……静江さん! 起きてください! 周りが……山が燃えています!」
アレンの鋭い声で目を覚ますと、そこは信じられない光景になっとった。
真っ暗だったはずの周囲の山肌に、ボワッ、ボワッと、青白く、あるいは赤黒く燃える『無数の火の玉』が浮かび上がっていたのだ。
それは一つや二つやない。数十、数百という火の玉が、まるで山全体を包み込むようにして、うちらのいる岩場を取り囲むようにジリジリと距離を詰めてきとった。
「……ひぃっ! おばちゃん、火が! いっぱいこっちに来る!」
リリルが悲鳴を上げて抱きついてくる。
「なんだあれは……! 敵の夜襲か!? いや、足音が全くしない! 魔物の群れか!?」
アレンが聖水のモップ槍を構え、額に冷や汗を浮かべて全方位を警戒する。
「アレン、落ち着きなはれ。……あれ、熱気が全然あらへんわ」
うちは立ち上がり、近づいてくる火の玉を睨みつけた。
これだけの火が燃えているのに、パチパチと木が爆ぜる音も、煙の匂いもしない。ただ、凍りつくような「冷気」だけが、火の玉から放たれとるんや。
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「……しゃあない。ちょっと様子見させてもらうで」
うちはアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、冷たい岩の上に置いて両手で触れた。
視界がカチッと切り替わり、肉眼では見えん霊的な波長が浮かび上がる。
水晶越しに見えたその「火の玉」の正体。
それは、恐ろしい魔物や敵の軍勢なんかやなかった。
戦乱で村を追われ、あるいは戦に敗れてこの山に逃げ込み、行き場を失って飢えと寒さで倒れた『落ち武者や農民たちの霊』やった。
彼らは、暗くて冷たい山の中で孤独に震え、お互いの魂を擦り合わせるようにして寄り集まり、少しでも暖を取ろうとして『寂しさの火(怪火)』を灯しとったんや。
『……寒い……。ひもじい……』
『……誰か……見つけてくれ……。暗いよ……』
水晶を通じて、彼らの震えるような啜り泣きが、うちの耳に直接流れ込んでくる。
恨み言やない。ただただ、孤独と寒さに耐えかねて、生者の温もり(うちらの焚き火)に引き寄せられてきただけの「迷子たち」や。
うちは水晶玉から手を離した。
途端に、何百という霊の「寒さ」を共有してしまった代償が、どっと身体に押し寄せてくる。
指先が氷のように冷たくなり、頭の奥でズキズキと知恵熱が弾けた。視界の端にザザッとノイズが走り、一瞬だけ、前世の大阪で、真冬の夜に石油ストーブの前に丸まって震えている自分の姿が重なって見えたわ。
(……あかん、引っ張られそうや。でも、あいつらも好きで火ぃ点けてるんとちゃうんやな)
うちは震える手で、ポッケからハチミツ味の飴ちゃんを取り出し、ガリッと奥歯で噛み砕いた。
濃厚な甘さが脳を叩き起こし、幻覚のノイズを無理やりかき消す。
「……静江さん。浄化しますか? あの数、放っておけば山全体が怨念で汚染されます」
アレンがモップ槍に力を込めるが、うちは特大のゴミ拾いトングでその槍をペシッと叩いて下ろさせた。
「アホか。あいつら、襲ってきてるんとちゃうわ。ただ『寒くて寂しい』から、みんなで集まって焚き火してるだけや。……おーい! あんたら!」
うちは、山を取り囲む無数の火の玉に向かって、両手をメガホン代わりにして大声で叫んだ。
「こんな夜更けに山の中で、勝手に火ぃ点けたらアカン! 今、乾燥注意報出とるんやで! 山火事になったらどないすんねん! 火の用心や!」
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うちの突然の「火の用心」の説教に、無数の火の玉たちが「ビクッ」と震えて、一斉に動きを止めた。
アレンもリリルも、ぽかんと口を開けてうちを見とる。
「……そんでな! せっかくそんなぎょうさん火ぃ集めたんやったら、ただぼーっと燃やしとくのはもったいないやろ! ちょっと待ちぃ!」
うちはアイテムボックスの奥深くに腕を突っ込み、薩摩の農家で安く買い叩いて……いや、譲ってもらった大量の『サツマイモ』と、使い古しの『鉄板』を取り出した。
「あんたら、お腹も減ってるんやろ! その火、おばちゃんの焼き芋の熱源として有効活用させてもらうで!」
うちは岩場に鉄板を敷き、その上に洗ったサツマイモを並べた。
そして、火の玉たちに向かって手招きする。
「ほら、遠慮せんとこっち来なはれ! あんたらのその火、鉄板の下に入れてみぃ! 寒さも紛れるし、ええ匂いも嗅げるで!」
亡霊たちは、うちの気迫に押されたのか、それとも「焼き芋」という言葉に生前の記憶を刺激されたのか。おずおずと、火の玉の姿のままうちらの焚き火の周りに集まり、鉄板の下へと潜り込んでいった。
霊的な火(怪火)は本来熱を持たないが、うちがそこに「オレンジ味(精神安定)」と「メロン味(満腹感)」の飴ちゃんを砕いてサツマイモに振りかけると、不思議なことが起きた。
飴ちゃんの魔力が亡霊たちの火と反応し、ジュワァァッ……と、本物の熱と、焦げた蜜の暴力的なまでに甘い匂いが、夜の山に立ち込め始めたんや。
「……うわぁ! おばちゃん、すっごくいい匂いがする!」
「信じられない……。亡霊の怨念の火を、調理の熱源に変えるなんて……」
リリルが目を輝かせ、アレンが呆れたように呟く。
「よし、焼けたで! ほら、あんたらも食べなはれ!」
うちはホクホクに焼き上がったサツマイモを半分に割り、湯気を立てる黄金色の中身を、火の玉たちに向けて差し出した。
『……ああ……。温かい……』
『……甘い匂い……。母ちゃんが、焼いてくれた芋の匂いじゃ……』
『……もう、寒くない……』
飴ちゃんの蜜が染み込んだ焼き芋の湯気を吸い込んだ火の玉たちは、チカチカと嬉しそうに明滅した。
彼らの抱えていた「孤独」と「寒さ」が、温かいお供え物によって内側から満たされていく。
やがて、青白かった火の玉の色が、優しい黄金色へと変わり……一つ、また一つと、ホタルが空へ舞い上がるように、静かに夜空へと昇って消えていった。
「……消えた。みんな、お腹いっぱいになって、お空に帰ったんだね」
リリルが、空を見上げて小さな手を合わせる。
「せや。寂しい時は、甘くて温かいもんを誰かと分け合うのが一番や。……さぁ、うちらも冷めんうちにこの芋食べて、明日からの山越えに備えるで!」
うちは残った焼き芋をアレンとリリルに渡し、自分も大きく一口かじりついた。
翌朝。
太陽が昇った山には、あれだけの火が燃え盛っていたにも関わらず、焦げ跡一つ残っていなかった。
残っていたのは、うちらが食べた焼き芋の皮と、清々しい山の空気だけや。
「さてと! 耳鳴川はもうすぐやな。あそこには、エリートたちの厄介なプライドがこびりついとるはずや。気合入れて掃除に行くで!」
怪火の伝承が残る山を越え、おばちゃん一行は、大和郷を二分する激戦の跡地『耳鳴川』へと、再び元気よく歩き始めたんや。
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