第114話 始まりの焼け跡と、オカン流の炊き出し供養
佐吉たちと別れてから数週間。
うちとアレン、そしてリリルの三人は、初夏の陽気の中、大和郷の南端である火の国・薩摩の街道をのんびりと歩いとった。
向かった先は、うちがこの大和郷に降り立って一番最初に足を踏み入れた場所。
佐吉が一人で野盗たちと戦い、『背水の修羅』の血を滾らせていた、あの焼け跡の村や。
「……おばちゃん。ここ、前はすっごく焦げ臭かったけど、今はトントンって、木を叩く音がするよ」
リリルが、うちのポンチョの裾を握りながら、少しだけ嬉しそうに耳を澄ませとる。
視線の先には、焼け落ちた家々の跡地に、真新しい木材で小さな小屋を建て直し始めている村人たちの姿があった。
平和になったことで、生き残った村人たちが戻ってきて、復興を始めとるんや。
「せやな。人間のたくましさっちゅうのは、たいしたもんやで」
うちは感心しながら村へ近づいたが、すぐに違和感に気づいた。
トントンと木を打つ音は聞こえるが、村人たちの顔が、一様に土気色で、ひどく疲れ切っとるんや。まるで、見えない重しを引きずりながら、無理やり体を動かしているような暗さやった。
「……そこのおっちゃん。ちょっと休憩しなはれ。えらい顔色悪いけど、どないしたんや?」
うちが声をかけると、木材を運んでいた初老の村長が、ビクッと肩を震わせて振り返った。
「あ、あんたは……! あの時、佐吉を助けてくれた占い師の姉ちゃん……!」
「お久しぶりやね。……復興がんばっとるみたいやけど、なんや村全体の空気が重たいで。栄養足りてへんのか?」
村長は大きなため息をつき、周囲を怯えたように見回してから、声を潜めた。
「……実は、夜な夜な出るんです。この焼け跡に、戦で死んだ者たちの霊が……」
「霊?」
「はい。村を守ろうとして殺された大人たちや、佐吉に斬られた野盗どもの怨念が、夜になるとドロドロと現れて、うめき声を上げるんです。恐ろしくて夜も眠れず、皆、家を建てる気力も尽きかけておりまして……」
どうやら、これがこの村の「復興を妨げるゴミ」らしい。
「なるほどな。……アレン、ちょっと荷物下ろしなはれ。今日のお宿は、この村に決定や」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、ニヤリと笑った。
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日が落ち、村に冷たい夜風が吹き始めた頃。
村人たちが仮設の小屋でガタガタと震える中、うちは焼け跡の広場のド真ん中にパイプ椅子を広げて座っとった。
アレンが聖水のモップ槍を構え、リリルがうちの後ろに隠れる。
うちはアイテムボックスから「特大の水晶玉」を取り出し、膝の上に置いて両手でそっと触れた。
その瞬間、視界がカチッと切り替わる。
気温がスッと下がり、肉眼では見えへんはずの地面から青白い燐光とともに、何十体もの半透明の「あやかし(亡霊)」たちが湧き出してきたのがはっきりと見えた。
『……無念じゃ……。村が……』
『……腹が減った……。痛い……』
村人の霊と野盗の霊が一緒くたになって、水晶越しに恨み言を言いながら広場をウロウロしとる。
「……静江さん。浄化しますか?」
アレンが鋭い視線を向けるが、うちは水晶玉を撫でながら、フンと鼻を鳴らした。
「アホか。あいつら、恨んでるんとちゃうわ。ただ『心配』で『お腹が空いてる』だけや。……おい、そこの村長! 隠れてんと、こっち来なはれ!」
うちの怒声に、小屋の陰から村長が恐る恐る顔を出した。
「ヒィッ! な、なにを……!」
「あんたら、自分らの家族やご近所さんが死んだのに、怖がって逃げてるだけかいな! あの村人の霊、あんたらがちゃんと村を立て直せるか心配で、地縛霊になっとるんやわ! 野盗の霊かて、ただ未練が残ってウロウロしてるだけの『迷子』や!」
うちは立ち上がり、村長に向かってビシッとトングを突きつけた。
「怯えてる暇があったら、かまどに火を点けんかい! 今ある一番ええ米炊いて、具沢山の豚汁作るんや! 生きてるもんが元気な姿見せな、死んだもんも安心できへんやろが!」
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おばちゃんの凄まじい気迫に押され、村人たちは震えながらも、広場にかまどを出し、火を点けた。
鍋で豚汁が煮え、炊きたての米で大きなおにぎりが握られていく。
出汁と味噌のええ匂いが、夜の村に立ち込めた。
「よし、できたな! ほな、お供えや!」
うちは、広場の中央に置かれたおにぎりと豚汁の前に進み出ると、アイテムボックスから「メロン味(満腹感)」と「オレンジ味(精神安定)」の飴ちゃんを取り出し、細かく砕いてその食事の上にパラパラと振りかけた。
そして、ウロウロしている亡霊たちに向かって、パンパン! と大きく柏手を打った。
「あんたら! いつまでも焼け跡をウロウロして、生きてるもんの邪魔すな! 村はな、残った連中がちゃーんと立て直しとるわ!」
亡霊たちが、ビクッと肩を揺らしてこちらを見る。
「村人の兄ちゃんら、心配せんでええ! あんたらの家族は、おばちゃんが保証したるくらい逞しく生きとるわ! それから野盗の連中も、腹減ってるならこの飯の匂い嗅いで、さっさと満足して成仏しなはれ!」
うちの言葉とともに、飴ちゃんの魔力が溶け込んだ温かいご飯の匂いが、亡霊たちの鼻腔(魂)をくすぐった。
『……ああ。ええ匂いじゃ……』
『……村の皆が、こんなに立派に……。……もう、案ずることはないな』
『……腹が……いっぱいになった気がする……』
恨み言を口にしていた亡霊たちの顔から、ドロドロとした執着がスゥッと消え去っていく。
彼らは、湯気を立てるおにぎりと豚汁に向かって一度深く頭を下げると、キラキラとした光の粒に変わり、夜空へと昇っていった。
うちは水晶玉から手を離し、アイテムボックスへ仕舞い込んだ。
途端に、どっと押し寄せる精神的な疲労。長時間の霊視の代償で指先が氷のように冷たくなり、頭の奥でズキズキと嫌な痛みが走る。
視界の端にザザッとノイズが走り、一瞬だけ、前世の大阪で町内会の炊き出しの鍋をかき混ぜている自分の姿が重なって見えたわ。
(……あかん、知恵熱出そうや。でも、村人らの前で倒れるわけにはいかへん)
うちは震える手でこっそりとハチミツ味の飴ちゃんを口に放り込み、ガリッと噛み砕いて無理やりノイズを散らした。
「……消えた。……仏様たちが、笑って天へ……」
村長や村人たちが、その温かい光景を見て、ポロポロと涙を流しながら手を合わせとる。
「せや。供養っちゅうのは、怖がることやない。『うちらは大丈夫やで、お疲れさん』って、笑って飯食うて見せることや」
うちはトングを肩に担ぎ直し、ニカッと笑った。
「さぁ、冷めんうちに、あんたらもそのおにぎり食べなはれ! 明日からの村の復興、気合入れてやらなあかんで!」
その夜、焼け跡の村には、恐怖の呻き声の代わりに、村人たちが豚汁をすする温かい笑い声が響き渡った。
薩摩の地に残っていた最初の「心のゴミ」は、オカンの炊き出しによって綺麗に片付いたんや。
「……さてと。次は、北の『耳鳴川』やな。あそこには、泥水すすって死んだエリートたちのプライドが、まだこびりついとるはずやわ」
夜空を見上げるうちの隣で、アレンとリリルが力強く頷いた。
大掃除の旅は、休む間もなく次の古戦場へと続いていくんや。
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