第112話 天下分け目の株主総会と、一斉の裏切り
大和郷の中央に位置する、広大な盆地。
秋の冷たい朝霧が立ち込める中、東西を二分する巨大な軍勢が、息を殺して対峙しとった。
東には、天下を我が物にせんと野心を燃やすタヌキ親父が率いる、およそ十万の大軍。
西には、うちら薩摩を中核とした西軍。
大和郷の未来を決める、天下分け目の最終決戦の地や。
タヌキ親父は、本陣の小高い丘に設けた豪奢な床几に深く腰掛け、霧の向こうの西軍を見下ろしながら、満足げに腹を揺らした。
「……ふははは。帝の威光を借りて東の大名に声をかけたようだが、実際に西軍として集まったのは数万。対する我が軍は十万の圧倒的多数。……あの忌々しい妖女も、薩摩の野蛮人どもも、今日で皆殺しにしてくれるわ!」
タヌキ親父の陣立ては完璧やった。
前衛、右翼、左翼と、彼が日頃から恩賞で飼い慣らしている東の諸大名たちが、西軍を完全に包囲するように布陣している。
やがて、太陽が昇り、朝霧がサァッと晴れた。
それを合図に、タヌキ親父は手にした軍扇をバシッと開き、天高く掲げた。
「時は来た! 全軍、突撃! 薩摩の陣を踏み荒らし、天下をこの手に掴み取れぇぇッ!」
……だが。
軍扇を振り下ろしても、地鳴りのような足音は響かなかった。
動いたのは、タヌキ親父の直属の部隊、わずか数千のみ。
右翼に布陣していた大名も、左翼を取り囲んでいた大軍も、誰一人として一歩も前に出ようとせえへん。
それどころか、彼らは無言のまま、手に持った槍の穂先や、鉄砲の筒先を、西軍ではなく「タヌキ親父の本陣」へと一斉に向け始めたんや。
「……な、なんだ? どうしたのだ! 貴様ら、どこに刃を向けている!」
タヌキ親父が慌てて立ち上がる。
すると、右翼を任されていた東の有力大名が、馬を進み出させ、タヌキ親父に向かって冷酷に言い放った。
「……タヌキ殿! 申し訳ござらぬが、我らはこれ以上、貴殿の冷酷な野心の捨て駒になる気はありませぬ! 我らはすでに西の島津殿と新たな『誓約』を交わした。……今日この陣立ては、貴殿を討つための包囲網よ!」
「な、なに……!?」
「我らもだ! 帝のお墨付きと、西の莫大な資本! そして何より、我らの領地を正当に安堵するという厚遇! 貴殿の裏切りに怯える日々は、今日で終わりだ!」
次々と上がる東の大名たちからの、堂々たる反旗。
十万の軍勢のうち、なんと八万がすでにうちらの「事前のヘッドハンティング」によって寝返っており、タヌキ親父は一瞬にして、自陣のド真ん中で完全に孤立してしもうたんや。
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「な、なんだと……!? 貴様ら、我を裏切るというのか! 恩知らずどもめ!」
タヌキ親父が絶望に目を見開いたその時。
西軍の陣の真ん中がパカッと割れ、その奥から、特大のゴミ拾いトングを肩に担いだうちが、悠々と歩み出てきた。
「……おはようさん、タヌキのおっちゃん。朝から血圧上げて、大声出したら体に毒やで」
後ろには、西の大陸の長剣を構えたアレン、そして不敵に笑う佐吉や久義たちが続いとる。
うちはタロットカードの『審判』の正位置をバシッと指で弾いて見せ、不敵に笑った。
「妖術ぅ? 人聞き悪いこと言いなはんな。うちはただ、労働環境の改善と、利益の正当な分配(ホワイトな契約)を提案しただけやわ。……さて、タヌキ社長。あんたはこれまで、下請けの大名を使い捨てにして自分だけ丸々と肥え太ってきたな。でも、それも今日で終わりや」
うちは、パイプ椅子をガシャンと広げて座り、足を組んだ。
「今日は大和郷の『定時株主総会』や。見ての通り、議決権の過半数はうちらがガッツリ握っとるで! これより、タヌキ社長の『解任動議』を提出する!」
「ふざけるな! たかが小娘の戯言で、この私が……ッ! 出合え! 我が最強の双璧、赤備えの猛将と無傷の豪傑よ! あのふざけた女の首を刎ねよ!」
タヌキ親父が最後の切り札として、本陣の左右に控えていた最強の二大猛将を呼びつける。
かつて、うちらの退却戦で凄まじい殺気を放って追いすがってきた、あの狂犬のような赤備えと、巨大な槍を持つ豪傑や。
だが、彼らはタヌキ親父の命令を受けても、重い腰を上げようとせえへんかった。
「……おい! 何をしている! 早く行かんか!」
「……タヌキ殿。申し訳ござらぬ。我らは長年の最前線での酷使により、最早戦う気力が湧かぬのだ」
赤備えの猛将が、申し訳なさそうに視線を逸らす。
「左様。あの妖女の甘露(飴)を口にしてから、積年の古傷が痛み出し、無為な戦に命を散らすのが馬鹿らしくなってな。これ以上の奉公は、御免被る」
鹿角の豪傑も、槍を地面に突き立てて深くため息をついた。
オカンの飴玉によって完全に毒気を抜かれ、「自分の健康と生活」の大切さに目覚めてしもうた彼らは、もはや狂気で戦うことを放棄しとったんや。
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「な、なんだと……!? 貴様らまで……私の下から、すべてが離れていく……!」
タヌキ親父は膝から崩れ落ち、震える両手で地面の草を握りしめた。
武力も、権力も、人も、すべてを失った。
血で血を洗う戦国最大の合戦は、一滴の血も流れることなく、ただの「ブラック企業の倒産手続き」として、完璧な結末を迎えたんや。
「……さて。これで解任動議は可決やな。タヌキのおっちゃん、あんたもええ歳なんやから、天下がどうのって血走ってんと、縁側で盆栽でもいじって、のんびり隠居しなはれ」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、アイテムボックスから『メロン味』の飴ちゃんを取り出して、呆然としているタヌキ親父の膝の上にポイッと落とした。
「ほら、退職金代わりの飴ちゃんや。甘いもんでも舐めて、今までの自分の行いをじっくり反省しぃや」
「……」
タヌキ親父は、膝に落ちた緑色の飴玉を見つめたまま、もはや返す言葉すら失っとった。
戦場を覆っていた殺気は完全に消え去り、澄み渡った秋の空が、盆地全体を明るく照らし出しとる。
「……終わったな。本当に、誰も死なずに、一番上まで登り詰めたぞ」
佐吉が、鞘に納めたままの刀を握りしめ、信じられないものを見るような目で青空を仰いだ。
「せや。生きて美味い飯を食うのが、一番の勝利やからな」
うちは特大のトングを肩に担ぎ直し、アレンや佐吉たちの方を振り返って、ニカッと笑った。
「さぁて、大和郷の大掃除もこれで完了や! 久義、佐吉! あんたらが新しい社長(天下人)として、この国をホワイトで平和な場所に作り替えるんやで!」
「応ッ!! ヒョウ柄の軍師殿の教え、決して忘れはせん!」
薩摩の若武者たちと、東の大名たちから、天を揺るがすような歓声が上がった。
天下分け目の大戦。
それは、大和郷の歴史に「おばちゃんの出張鑑定がもたらした、最も痛快で、最も平和な大商談」として、永遠に語り継がれることになったんや。
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