第11話 星読みエリートと、地に足ついたおばちゃん
ルミナの街に、なんとも鼻につく「お上品な風」が吹き込んできた。
石畳を鳴らすのは、伯爵家の古びた馬車やない。磨き上げられた白銀の装飾が眩しい、侯爵家お抱えの特注馬車や。そこから降りてきたんは、星が散りばめられたような青い法衣を纏った、若き青年やった。
「……静江さん、見ましたか? あの人、広場で仰々しく天球儀を広げて、道ゆく人に不吉な予言をバラ撒いてますよ」
アレンが酒場の窓から顔を出し、顔を顰めている。
広場の方からは、青年の朗々とした、それでいてどこか芝居がかった声が聞こえてくる。
「――聞け、迷える民よ! 北極星が歪み、凶星がルミナの真上に留まっている。これは、不浄なる者が支配の座に就いた報いだ。このままでは三日三晩、黒い雨が降り注ぎ、街の富は枯れ果てるだろう!」
言うてることは無茶苦茶やけど、あの豪華な格好と、手元でキラキラ光る魔道具のせいで、領民たちは不安そうに顔を見合わせとる。
「……アレン君。あれ、ただのインチキやないな。侯爵家が送り込んできた『公式の刺客』やわ。占星術で街の空気を冷え込ませて、エルゼの立場を悪くしようっちゅう魂胆やね」
「どうします? 放っておくと、せっかくバネッサさんたちが動き出したのに、腰が引けちゃいますよ」
「……しゃあない。ちょっと『本物の生活』っちゅうもんを教えたげよか」
うちはヒョウ柄のスカーフをグイッと締め直し、腰に手を当てて酒場を出た。
広場の中央。セドリックと名乗ったその占星術師は、仰々しく星座の図面を広げ、集まった群衆を威圧しとった。
「――よって、星の導きに従い、ルミナは真の浄化を受け入れねばならぬ。すなわち、侯爵家への全面的な――」
「はいはい、お疲れさん! あんた、朝から喉使いすぎて、声裏返っとるで」
うちは群衆を割って入り、セドリックの真正面に立った。
セドリックは、汚らわしいものでも見るような目でうちを睨みつけた。
「……何者だ、下俗な女。私は侯爵家が筆頭占星術師、セドリック。天の意思を代弁しているのだ。無礼な口を慎め」
「筆頭占星術師ぃ? 大層な肩書きやなぁ。でもあんた、星の動きに夢中で、自分の足元がどないなっとるか、ちっとも見えてへんやろ」
うちはセドリックを上から下まで、いや、服のシワから爪先までジロリと観察した。
「あんた、今朝、左の靴下と右の靴下、間違えて履いとるやろ。色が微妙に違うで。……慌てて着替えたんか? それとも、星の並びが『今日はちぐはぐな靴下でいけ』って言うたんか?」
「なっ……! 貴様、何を……」
セドリックが慌てて裾を捲り上げた。案の定、紺色と黒の靴下が顔を出し、周囲の領民からクスクスと笑い声が漏れる。
「……そんで、あんた、さっきから不吉な予言しとるけど、その前に自分の体調心配しなはれ。目の下にクマが出て、舌が白っぽい。……昨日の晩、冷えたもん食べてお腹下したやろ? 占い師やったら、星に聞く前に自分の顔色で見抜かなあかんわ」
「そ、それは……宿の食事が合わなかっただけで……!」
セドリックの顔がみるみると赤くなる。プライドだけは高いエリートにとって、私生活の「だらしなさ」を衆人環視の中で突かれるんは、呪文を封じられるよりキツい。
「星は遠くのことは教えてくれるかもしれんけど、今日の晩御飯をどう消化するかも教えてくれへんのやねぇ。……そんなんで、この街の未来がどないとか、よう言うわ」
うちは呆れたように肩をすくめ、アイテムボックスから一粒の「オレンジ味」の飴ちゃんを取り出した。
「ほら、これ食べ。あんた、緊張とプレッシャーで、またお腹痛くなりそうやろ? 飴ちゃん舐めて、一回落ち着きなはれ」
「き、貴様……私を辱めるつもりか! 侯爵家の威光を――」
「ええから黙って舐める! おばちゃんの親切や!」
うちは強引に、セドリックの口にオレンジ味を押し込んだ。
数秒後、セドリックの肩の力が、本人の意思に反してふっと抜けた。激昂していた瞳の奥に、不本意ながらも「冷静さ」が戻ってくる。
「……ふぅ。……なんだ。この、妙な落ち着きは……」
「……気が済んだか? あんた、頭はええんやろうけど、生活っちゅうもんを舐めたらあかんで。星の図面より、まずは自分の靴下の色合わせから始めなはれ」
領民たちの不安は、すっかり爆笑に変わっとった。
不吉な予言者やなくて、「おばちゃんに説教されてる若造」に成り下がったセドリックは、屈辱に震えながらも、うちを指差した。
「……静江、と言ったな。……理屈ではない。星は決して間違えぬ。……ただ、この街の『空気』が、お前のような不確定要素によって歪まされているようだ」
彼は天球儀を乱暴に畳むと、馬車へと引き返していった。
「……覚えていろ。天の意思は、いずれ必ずこの街を裁くであろう!」
最後まで負けを認めん、その意地だけは立派なもんや。馬車が走り去るのを、うちはフンと鼻を鳴らして見送った。
「……やれやれ。アレン君、今の見たか? 勉強ばっかりしてると、ああなっちゃうっていうええ見本やで」
「……静江さんも、相変わらず容赦ないですね。でも、これで街の人は安心したみたいです」
と、その時。
酒場の入り口に立てかけてあった樽の上に腰を下ろし、一連の騒動をゲラゲラと笑いながら眺めていた男がいた。
年の頃は二十代半ば。仕立ての良い服を着てはいるが、あちこちが着崩され、胸元もだらしなく開いている。手には酒場の安酒を持ち、こちらを細めた目で見つめていた。
「ハハハ! 傑作だ! あのセドリックが、飴玉一つで毒気を抜かれるなんて。侯爵家の筆頭占星術師も、形無しだねぇ」
うちはその男の前に立ち、腰に手を当てた。
「……あんた、どこの誰や。侯爵家の関係者なら、あっちの馬車と一緒に帰ったらどないや」
「まさか。あんな堅苦しい連中と一緒にされては困る。私はカイル。……まぁ、侯爵家の中では『余り物』と呼ばれている、しがない次男坊だよ」
カイルと名乗った男は、ひらひらと手を振った。
整った顔立ちではあるが、その瞳の奥には、セドリックのような傲慢さもなければ、エルゼのような悲壮な決意もない。ただ、底の知れない「悪巧み」の色が透けて見えた。
「本家が必死にルミナを呑み込もうとしているのが滑稽でね。……私はね、静江さん。あなたのその『地に足ついた占い』が、どれほど世界を掻き回すのか、特等席で見物させてもらいたいんだ」
うちはじっと男の顔を見た。
水晶を透かして見るまでもない。この男、言葉とは裏腹に、腹の中は真っ黒な泥で渦巻いとる。
「……あんた。さっきの占星術師より、よっぽど腹黒そうやな」
「おっと。最高の褒め言葉だ、静江さん」
カイルは酒を煽り、楽しげに笑った。
侯爵家のエリートを追い返したと思ったら、今度はとんでもない「はぐれ者」が転がり込んできた。
ルミナの街を巡る権力争いは、おばちゃんの予想を遥かに超えて、ややこしく、そして面白くなってきよった。
「アレン君。悪いけど、この男の分もエール一本追加や。……ただし、代金はきっちり三倍で請求しなはれ!」
「さすがですね、静江さん!」
ルミナの夜風が、再びざわつき始める。
それは不吉な予言やなく、新しい波乱と「商機」の訪れを告げる風やった。
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