第109話 水晶の牽制と、二大猛将への処方箋
退路となる細い一本道。
両側が険しい斜面になったそのド真ん中にパイプ椅子を広げて座る、ヒョウ柄のブルゾンを着たハデな女。
そしてその周囲を固める、一人の若き騎士と、四人の鉄砲隊。
たった六人で、数万のタヌキ軍の追撃を食い止めようという、常軌を逸した「殿」の陣形や。
「……あんたら、ええ歳してタヌキのパシリやらされて、血圧上がってへんか? ちょっとそこ座って、おばちゃんの出張鑑定受けていきなはれ!」
うちが不敵に笑って言い放つと、先頭を走る赤備えの猛将が、兜の奥で血走った目をカッと見開いた。
「たかが六人で我らを止めるとは、舐められたものよ! 妖女の戯言に耳を貸すな! 蹴散らせぇぇッ!」
殺気を物理的な圧力に変えて、赤備えの猛将が馬の腹を蹴る。隣を走る鹿の角の兜を被った豪傑も、身の丈ほどもある巨大な槍を振り上げ、地鳴りのような足音を立てて突っ込んできた。
「……と言うても、素直に止まるタマやないわな。せやけど、ここから先は一歩も行かせへんで!」
うちはパイプ椅子から立ち上がらず、足を組んだまま、背後の鉄砲隊に向かって鋭く指を鳴らした。
「今や! 撃ちぃ!」
パァァァァンッ!!
四丁の火縄銃が、狭い一本道に耳を劈くような轟音を響かせ、一斉に火を噴いた。
狙いは正確無比。
「ぐはぁッ!?」
先頭を突っ走っていた赤備えの猛将の右肩を、鉛玉が見事に撃ち抜いた。
真っ赤な鎧からさらに濃い血飛沫が舞い上がり、猛将は激しい衝撃にバランスを崩し、馬上から泥だらけの地面へとドサリと転げ落ちた。
「た、隊長が撃たれたぞぉぉッ!」
後続のタヌキ軍がパニックを起こして急ブレーキをかける。
さらに運が悪かったのは、横に並んで突撃していた鹿角の豪傑の方やった。
猛将が落馬した混乱と、放たれた銃声で彼の乗る馬がパニックを起こし、大きく棹立ちになったんや。
「むっ……! 痴れ者がぁッ!」
ドガシャァァァンッ!!
「生涯無傷」と恐れられるその巨大な豪傑が、馬から派手に投げ出され、重たい甲冑ごと泥まみれの地面にド派手に転がり落ちた。
たった一度の射撃で、タヌキ軍が誇る最強の二大巨頭が、同時に泥を舐めることになったんや。
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「……お、おのれ! 小賢しい真似を!」
鹿角の豪傑は、泥だらけになりながらも巨大な槍を杖にして、すぐにガバッと立ち上がった。
「この程度の小石、我が身体にはかすり傷一つ付けられんわ! 我は生涯無傷の――」
「はいはい、強がらんでええって!」
うちはパイプ椅子から立ち上がり、特大のゴミ拾いトングで豪傑をビシッと指差した。
「あんた、今ド派手に馬から落ちて、思いっきり右の腰打ったやろ! さっきから右足庇って変な立ち方になっとるやないか!」
「なっ……!?」
「何が『無傷』やねん! 重たい鎧着てあんな落ち方したら、絶対どこか打撲しとるわ! ええ歳したおっちゃんが、若い部下の前で見栄張って痛いの我慢すな!」
凄まじいオカンのツッコミに、豪傑は「ぐぬぅ……」と顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
図星もええとこや。実際、彼の右腰のあたりからは、鈍い痛みがジンジンと主張しとるはずやからな。
「……黙れ、妖女! 貴様らなど、私が一突きで――」
豪傑が激昂し、痛む腰を無理やり捻って、うちに向かって巨大な槍を恐ろしい速度で突き出してきた。
だが、その槍の穂先がうちの鼻先に届くことはなかった。
ガキィィィンッ!!
「悪いが、静江さんには指一本触れさせない」
うちの前に風のように滑り込んだアレンが、西の大陸の長剣で、豪傑の重い槍を真正面から弾き返したんや。
「なっ……我が槍を、細腕の剣士が弾いたと!?」
「あなたの力は凄まじい。ですが、大振りすぎて『隙』だらけだ!」
アレンの瞳が、青白い光を帯びる。彼の固有スキル『刹那の観測』。
豪傑の槍の軌道、そして後続から群がってくるタヌキ軍の雑兵たちの動きが、彼にはスローモーションのように見えとるんや。
アレンは流れるような身のこなしで豪傑の懐に潜り込み、柄でその鳩尾を強打して動きを止めると、返す刀で周囲に群がってきた十数人の雑兵たちの武器を、目にも止まらぬ速さで次々と叩き落としていった。
「ひぃぃッ! なんだこの剣士、速すぎる!」
「化け物だ! 近づけない!」
アレンの神速の剣技に、タヌキの精鋭たちは完全に足を止められ、一本道の前に防大な壁が築かれた。
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だが、タヌキ軍の二大巨頭は、これだけで折れるタマやなかった。
「……退くなぁッ! 我らの誇り……ここで、死なすわけには……!」
肩を撃ち抜かれ、おびただしい血を流している赤備えの猛将が、修羅のような執念で立ち上がり、折れた槍を杖にしながらジリジリとうちに迫ってきた。
その凄まじい殺気と精神力は、さすがタヌキ親父の懐刀や。
「……あんたら、ホンマに命知らずやな。血ぃ出すぎやで、大人しく寝ときって言うてるのに」
うちは溜息をつき、アイテムボックスから、あの海でサメの魔物を撃退した時に使った『特大の水晶玉』をスッと取り出した。
「しゃあない。言葉で分からんなら、おばちゃんの『物理・天罰スマッシュ』、食らいたいんか!」
うちは空を見上げて念じた。
(浮け!)
シュンッ!
うちの念動力に応え、ボーリングの球ほどもあるずっしりと重い水晶玉が、猛将たちの頭上数メートルの高さまでフワリと浮き上がった。
「な、なんだあれは!? 水晶が、空を飛んでいる!?」
「妖術だ! 妖女が、空から石を降らそうとしているぞ!」
タヌキの精鋭たちが、頭上をブンブンと飛び回る特大の水晶玉を見て、悲鳴を上げて後ずさる。
うちは水晶玉を、猛将たちの目の前の地面にドスンッ! と凄まじい音を立てて落下させ、再び浮かせるという「威嚇のドリブル」を繰り返した。
「ほら、これ以上進むなら、この特大水晶玉が脳天に直撃するで! サメの頭蓋骨でもカチ割る威力やからな!」
空飛ぶ大質量の水晶玉という未知の脅威。そして、アレンの神速の剣。
この絶対的な防衛線を前に、数万の追撃部隊は完全に歩みを止めるしかなかった。
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「……さてと。これでようやく、お話しできる環境になったな」
うちは浮遊する水晶玉を頭上で待機させたまま、血を流す猛将と、腰を庇っている豪傑に向かって歩み寄った。
「あんた、さっきからギャーギャー喚いて、血圧上がりっぱなしやないか。肩も撃たれてるのに、タヌキのパシリで最前線走らされて、ストレス溜め込みすぎやで! 血管切れる前にこれ食べ!」
うちはアイテムボックスから、精神を落ち着かせる「オレンジ味」の飴ちゃんを取り出し、肩を抑えて息巻いている赤備えの猛将の口めがけて指で弾き飛ばした。
パクッ。
怒りのあまり口を開けていた猛将は、見事に飴を飲み込んでしもうた。
「がっ……! き、貴様……私に毒を……」
猛将の目が血走り、槍を振り上げようとするが、オレンジ味の強烈なリラックス効果が彼の脳を直撃する。
張り詰めていた狂犬の殺気と、戦場の異常な興奮状態が、まるで春の陽気にあてられたようにポワワ〜ンと緩んでいく。
「……ふぅ。……なんだか、急に……怒りが引いていく……。私は、なぜこれほどまでにムキになっていたのだ……」
赤備えの猛将が、フラフラと膝をつき、戦意を喪失してしもうた。
「そして、あんたもや! 無傷のフリすな!」
うちはもう一粒、今度は怪我と打撲を癒す黄色の「レモン味」の飴ちゃんを、呆然としている豪傑の口に強引に放り込んだ。
強烈な酸味と甘みが弾け、豪傑が必死に隠していた腰の打撲痛が、嘘のようにスッと引いていく。
「……な、なんだこの甘露は。……痛みが……消えた……?」
豪傑が腰に手を当て、毒気を抜かれたように大人しくなる。
「……よし。これで治療(お説教)はおしまい。十分時間も稼いだし、追ってくる気力もなくなったやろ」
うちは空中の水晶玉を手元に引き寄せ、アイテムボックスへ放り込んだ。
たった六人で、数万の大軍の足止めを完全に成功させたんや。
「アレン、鉄砲隊のみんな! 仕事終わりや! うちらも北の港(金ヶ崎)へ向けて、特売ダッシュかますで!」
「はい! 見事な鑑定でした、静江さん!」
アレンたちがニカッと笑い、うちらは毒気を抜かれて呆然としている二大猛将と数万のタヌキ軍を尻目に、北へと向かって風のように駆け出していった。
大和郷の歴史に残る、最もふざけていて、最も鮮やかな「敵中突破の退却戦」が、今ここに完了したんや。
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