第108話 前進退却と、オカンが率いる殿(しんがり)部隊
タヌキ親父の無傷の数万の大軍に完全に包囲された、関白の本城。
城壁の上から見下ろすと、東から南にかけて、タヌキ軍の旗印が隙間なくひしめき、太陽の光を反射する無数の槍の穂先が、まるで銀色の海のようにうねっとった。
対するうちらは、激しい城攻めを終えたばかりで疲労困憊の薩摩軍数千のみ。城の備蓄も少なく、このまま籠城したところで、十日も経たずに干上がるのは目に見えとる。
普通なら、ここで絶望して腹を切るか、無様な白旗を揚げるしかない「詰み」の盤面や。
城内の空気が重く沈み、薩摩の武将たちの中にも悲壮な死の覚悟が漂い始めたその時。
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、タヌキ軍の最も分厚い本陣の方角へとビシッと突きつけ、前代未聞の号令をかけた。
「ええか、あんたら! 後ろ向いて逃げても、追いつかれて背中切られるだけや! 敵の本陣のド真ん中を一直線にぶち抜いて、佐吉たちが待つ北の『金ヶ崎の港』まで、特大の退却ダッシュをかますで!!」
その言葉に、静まり返っていた城内の空気が一変した。
「前へ……? まさか、あの無傷の数万の敵のド真ん中を突っ切るというのか!?」
常識外れの「前進退却」。普通なら自殺行為でしかないその作戦に、しかし、薩摩の武将たちの瞳には、絶望ではなく、狂気じみた歓喜の炎が次々と灯っていった。
「おおぉぉっ! 退いて死ぬより、進んで死地を切り裂く! それこそが我ら薩摩の誉れ!」
「前進退却! 血路を開けぇぇッ! チェストォォォォォォッ!!」
薩摩武士たちの凄まじい咆哮が、城を揺るがす。
若き当主・久義を先頭にした薩摩の主力部隊が、城門を内側からぶち破り、包囲していたタヌキ軍の陣形が薄い箇所へと猛烈な突撃を開始しようと陣形を組み始める。
だが、数万の敵の中を強行突破するには、どうしても背後からの追撃を食い止める『殿』が必要不可欠やった。
「静江殿! ここは我らが残ります!」
「我が命を囮とし、追手の足を止めますゆえ、どうか先へ!」
血気盛んな若武者たちが、次々と死を前提とした決死の足止め役を志願してくる。薩摩特有の、命を捨てることを美しいとする狂気の精神や。
やけど、うちは容赦なくアイテムボックスからハリセンを取り出し、そいつらの頭を片っ端からスパーン! と叩き飛ばした。
「アホか! 若いもんが命捨ててどないすんねん! 死ぬ気で守るんやのうて、生き延びて明日美味い飯食うために戦うんやろが!」
説教を食らい、目を白黒させる若武者たちを尻目に、うちは足元でガタガタと震え、泣きじゃくっているリリルを抱き上げた。
「……お、おばちゃん……。怖いよ……みんな、死んじゃうの……?」
「死なへんよ。おばちゃんが、絶対にみんなを北の港まで帰したるわ」
うちはリリルの金色の髪を優しく撫でると、先頭を走る準備を整えていた久義の腕の中に、彼女を強引に押し付けた。
「久義! あんたが先頭走って、この子のための道切り拓きなはれ! このリリルちゃんに、指一本でも傷つけたら、おばちゃんが承知せえへんで!」
「……承知した! 我が命に代えても、この子を北の港まで無事に送り届けてみせる!」
久義が、リリルをしっかりと抱き抱えながら力強く頷く。
「よし! ほな、殿(最後尾)はうちとアレンが引き受けるわ!」
「静江さん、僕も残ります! あなた一人をこんな危険な目に遭わせるわけにはいかない!」
アレンが西の大陸で打たれた長剣を抜き放ち、うちの隣にピタリと寄り添う。
その時、「お待ちくだされ!」と、火縄銃を抱えた四人の薩摩兵が進み出てきた。
歴戦の凄みを感じさせる、日に焼けた顔の男たちや。
「我ら四人、鉄砲の腕には自信があります! おばちゃんたちの盾にはなれずとも、遠くからタヌキの追手の足を正確に撃ち抜いてみせましょう!」
彼らの目は、先ほどの若武者たちのような「死を覚悟した暗さ」やない。「生き延びて、役目を果たす」という、極めて合理的な強さを持っとった。
「……よっしゃ、採用や! あんたら四人、うちとアレンと一緒に残りなはれ。ただし、条件があるで。絶対に死ぬな! 撃ったら下がる、撃ったら下がるの
『タイムセール撤退戦』や! スピードと身軽さが命やで!」
「応ッ!!」
===========
ドゴォォォォンッ!!
久義たちが巻き起こした凄まじい土煙と咆哮とともに、薩摩の本隊が城門を飛び出し、タヌキ軍の包囲網の薄い箇所へと強行突破していく。
突然の「前進してくる退却」にタヌキ軍は一瞬虚を突かれたが、すぐに体勢を立て直し、獲物を取り逃がすまいと、精鋭部隊が怒涛の勢いで追撃を開始した。
うちは、退路となる細い一本道……両側が険しい斜面になっていて、大軍が横に広がれない絶好の地形のド真ん中に立ち止まった。
そして、アイテムボックスから取り出した折りたたみ式の『パイプ椅子』を、ガシャンと大きな音を立てて広げ、そこにどっかと腰を下ろした。
「アレン、前衛頼むで。あんたの神速なら、この細い道なら絶対に抜かれへん。鉄砲隊の四人は、うちの後ろに隠れて狙い撃ちや」
「はい! 弾込め完了しています!」
「静江さん、僕が必ず止めてみせます!」
四人の銃兵がパイプ椅子の後ろで片膝をつき、銃口をぴたりと前方へ向ける。アレンは椅子の斜め前で、静かに剣を正眼に構えた。
地鳴りのような足音と、もうもうと立ち込める土煙が、一本道の向こうから猛烈なスピードで迫ってくる。
やがて、土煙を切り裂いて姿を現した追撃の先頭集団は、ただの兵卒やなかった。
全身を真っ赤な鎧で包み、まるで血に飢えた狂犬のような恐ろしい殺気を放つ猛将。
そしてその隣には、鹿の角をあしらった巨大な兜を被り、身の丈ほどもある巨大な槍を軽々と振り回す、生涯無傷と謳われる伝説の豪傑。
タヌキ親父が最も信頼を置く、最強の二大巨頭が揃ってうちらの前に迫り来とったんや。
「……ほう。たった六人で、我ら数万の追撃を止める気か! 狂ったか、薩摩の残党ども!」
赤備えの猛将が、馬上で血走った目を細め、獲物を見つけた獣のように口元を歪める。
その圧倒的な圧力と殺気を前にしても、うちはパイプ椅子から一歩も動かず、足を組んだまま、手元のタロットカードをバシッ、バシッとシャッフルした。
そして、特大のサングラス越しに不敵な笑みを浮かべ、彼らに向かって言い放った。
「……あんたら、ええ歳してタヌキのパシリやらされて、血圧上がってへんか? ちょっとそこ座って、おばちゃんの出張鑑定受けていきなはれ!」
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
みなさんの応援が、次回更新の原動力になります。
引き続きよろしくお願いします!




