第106話 嵐のタヌキ寝入りと、オカン流・特売ダッシュ
古都の片隅にある小さな寺が、数万の関白軍に完全に包囲されてから、すでに三日が経過しとった。
寺の周囲には何重にも陣幕が張られ、松明の火が夜も昼も絶えることなく燃えとる。アリ一匹逃げられへん、完璧な「詰み」の状況や。
「……静江さん。敵はまったく退く気配がありませんよ。むしろ、こちらの絶望を待って楽しんでいるようです」
本堂の隙間から外を警戒していたアレンが、ため息をつきながら戻ってきた。
だが、うちはそんな張り詰めた空気を完全に無視して、本堂の真ん中で七輪に火を起こし、お餅を焼いとった。
「ええねん、ええねん。焦ったら負けや。……ほら、リリルちゃん、お餅ええ感じに膨らんできたで。醤油つけるか?」
「うんっ! おばちゃん、お醤油とお砂糖の甘いのがいい!」
リリルが目を輝かせてお餅を受け取る。
アレンが「こんな時に餅ですか!?」とずっこけるが、うちはニヤリと笑って、手元の小箱をトントンと叩いた。
「アレン、敵さん、うちらがただの『田舎モンの三人組』やと思て、完全にナメ腐っとるやろ? 昨日、うちが書いた『降伏の手紙』、敵の将軍もえらい喜んで受け取ったらしいからな」
「あんな『うちら田舎モンやから許して〜、明日には大人しく降伏しまぁす』なんて、みっともない手紙……。あんなものを信じるとは思えませんが」
「信じるんやわ、これが。エリート気取りの奴らはな、自分らが圧倒的に有利やと思うと、相手の情けない姿を疑わんようになるんや」
それに加えて、うちはこの三日間、以前カイルに作ってもらった『音を増幅・再生する魔道具』を使って、夜な夜な寺の中から「ドハハハ! 飲め飲めぇ!」という架空のドンチャン騒ぎの音を外に響かせとった。
敵からすれば、「たった三人で絶望して、ヤケ酒飲んで暴れとるわ」としか見えへん。
徹底的な「タヌキ寝入り(偽装工作)」。これが、おばちゃん流の特大の罠の仕込みや。
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そして、運命の三日目の夜。
大和郷の空は真っ黒な雲に覆われ、バケツをひっくり返したような豪雨と、木々をなぎ倒すような強風が吹き荒れ始めた。
「……おばちゃん。お外、すっごく雨が降ってる。風が、怒ってるよ」
リリルが、雷の音に怯えてうちのポンチョの裾にしがみつく。
「よっしゃ。絶好の『タイムセール』の天気やな」
うちは立ち上がり、アイテムボックスから愛用の特大ゴミ拾いトングを取り出した。
アレンがハッとして剣を握る。
「静江さん、まさか……この嵐の中を、三人だけで突破するつもりですか!?」
「アホか、三人で数万に勝てるわけないやろ。……心配しなはんな。うちらが堺を出る時、黒戸と半月の二人の軍師に『書き置き』を残してきとんねん」
「書き置き、ですか?」
「せや。『もし三日経ってもうちらが戻らんかったら、何か厄介なトラブルに巻き込まれた証拠や。その時は、こっそり古都の裏まで軍を率いて待機しとき』ってな。……そろそろ、敵の包囲網の裏側に、佐吉たちが率いる薩摩の本軍が到着してるはずやで」
「なるほど……! しかし、外の薩摩軍に、どうやって突撃のタイミングを伝えるんです?」
「合図は、この嵐や。……黒戸の兄ちゃんの計算なら、今日あたり天気が崩れることくらい、お見通しのはずやからな」
うちは不敵に笑い、書き置きに記したトンデモない指示の続きをアレンに明かした。
「ええか。うちが黒戸たちに残した指示はもう一つある。……『突っ込む時は、重たい甲冑なんて全部脱ぎ捨てなはれ! 動きやすい軽装(ジャージ感覚)でええ! それと、敵の首なんか拾ってる暇あったら、ひたすら前走らんかい! タイムセール(夜襲)はスピードが命や!』……これだけや」
「よ、鎧を脱ぐ!? それに、武士の誉れである敵の首を無視しろと!?」
アレンが目を丸くする。武士の常識からすれば、完全に狂った戦法や。
「せや! この大雨の中、重たい鎧着て泥だらけの地面走ったら、足取られてマトになるだけやろ! 軽装で、敵が刀を抜く前に懐に潜り込むんが一番安全なんや! ……さぁ、アレン。あんたも身軽になりなはれ。うちらも内側から、特売ダッシュ(夜襲)に混ざるで!」
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その頃、寺を囲む関白軍の陣地。
数万の兵士たちは、激しい嵐に打たれ、完全に油断しきって陣幕の中で雨宿りをしとった。
「チッ、ひどい雨だ。……しかし、あの寺の田舎モンども、明日には降伏するんだったな」
「ああ。ヤケ酒でも飲んで、今頃高いびきだろうぜ」
見張りの兵士が欠伸をした、その瞬間やった。
――ザシャァァッ!!
寺の門が内側から吹き飛び、雨の壁を切り裂いて、銀色の閃光が飛び出してきた。
重い防具を脱ぎ捨て、身軽になったアレンの『神速の突撃』や。
「なっ……!? 敵襲! 寺の中から敵襲だぁっ!」
関白軍が慌てて重い槍や刀を構えようとするが、雨でぬかるんだ泥に足を取られ、もたついてしまう。
アレンの剣は、敵を殺すのではなく、松明を叩き斬り、陣幕の支柱を次々とへし折って、視界と陣形を徹底的に破壊していく。
そして、関白軍が内側の混乱に気を取られた、まさにその時。
「――チェストォォォォォォッ!!」
数万の包囲網の背後、真っ暗な嵐の闇の中から、地鳴りのような咆哮が轟いた。
黒戸と半月の天才軍師コンビが、完璧なタイミングで放った薩摩の本軍や。
だが、その突撃してきた兵士たちの姿を見て、関白軍の将は自分の目を疑った。
「な、なんだあいつらは!? 鎧を着ていないぞ! 軽装だ!」
佐吉や久義をはじめとする薩摩の若武者たちは、おばちゃんの指示通り、重たい甲冑をすべて脱ぎ捨て、動きやすい軽装で、泥の海を猛スピードで滑るように突っ込んできとったんや。
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「遅ぇよ、エリートども! タイムセールはスピードが命なんだよ!」
佐吉が泥を蹴り上げ、重い鎧を着て立ち上がれない関白軍の武将の顎に、容赦ない蹴りを叩き込む。
通常、夜襲とはいえ鎧を着ていなければ弓矢でハチの巣にされる。だが、この大嵐の中では火縄銃は使えず、弓の弦も水を吸って使い物にならへん。
身軽すぎる薩摩の『特売ダッシュ軍団』は、泥濘の中で完全に無敵の機動力を誇っとった。
「首など要らん! ひたすら前へ走れ! 敵の陣形を貫き通せ!」
久義が狂ったように笑いながら、敵陣を一直線に駆け抜ける。
一方の関白軍は、降伏すると信じきっていた油断、嵐の悪天候、そして前と後ろからの同時奇襲によって、完全に恐慌状態に陥った。
「ひぃぃっ! どこから敵が来ているんだ!」
「前だ! いや、後ろからも! ぎゃああっ、味方を斬るな!」
真っ暗闇の中、重い鎧で身動きが取れなくなった数万の大軍は、軽装の少数の敵に掻き回され、あろうことか恐怖で同士討ちを始めよったんや。
……夜が明けた。
嵐が過ぎ去った古都の郊外には、数万の関白軍の姿は影も形もあらへんかった。
残されているのは、彼らが逃げるために脱ぎ捨てた泥だらけの重い甲冑と、ひっくり返った陣幕の残骸だけや。
「……お見事でした、静江さん。まさか、防具を脱ぎ捨て、首を獲らないという『常識外れの突撃』が、これほどまでに敵を崩壊させるとは」
泥だらけになったアレンの元に、外から突入してきた佐吉や、黒戸、半月の両軍師が合流する。
天才軍師の半月でさえ、このあまりにも理にかなった「オカンの特売ダッシュ理論」に、深い感嘆の息を漏らしとった。
「せやろ? 重たいプライドや常識なんて、いざっちゅう時にはただの『枷』にしかならへんねん。身軽な奴が、一番ええもんをかっさらうんや!」
うちは、特大のトングを肩に担ぎ、晴れ渡った古都の空を見上げてガハハと笑った。
帝のスカウトによる大義名分。そして、数万の包囲網の完全突破。
おばちゃんの出張鑑定はいよいよ、大和郷の中央……関白の本陣へと向けて、最後の総仕上げの段階へと突入しようとしとったんや。
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